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三石夕実 ~6~

 もうここ数十秒のやり取りで完全に三石と古坂の立場は入れ替わり、今は三石が古坂を圧倒している。一方古坂はイライラが止まらないようだ。そしてついにイライラが頂点に達したのか、古坂が編集部の人間として言ってはいけない一言を放つ!


『色々おっしゃいますが、そもそも弟さんの漫画って上手いんですか? 賞取れるレベルなんですか? もしそうなら何回も電話してくるのも分かりますが、まだまだ未熟なんでしょ? 下手なんでしょ? そもそも魅力ある作品ならこんな紛失騒動みたいな事起こらないしね。こうゆう風になるって事は、今回の作品は賞に縁がなかったんですよ。つまり運命なんですよ。だから今回の件は諦めてもらって、次の作品頑張って下さいよ。あとね、俺達もこの件だけをずっとやってられないんですよ。他にもやる事が山ほどあって忙しいんで。だからこれ以上探せとどんだけ言われても無理ですから!』


 な、な、なんちゅー事を言いやがるのだ、この野郎は!

 あまりの無責任発言にドン引きしてしまった。真野も古坂の発言に言葉を失っている。

 このふざけた事を言う愚か者に文句を言おうと、電話に向かって叫ぼうとした時だった。


「……んつったコラ……」

『はい? なんですか?』

「今なんて言ったか聞いてるんだよ! この野郎ぉぉぉぉっ――――――――!」


 電話に向かってありったけの声で怒鳴る三石。その声と迫力にたじろぐ俺と真野。


「お前それでも漫画雑誌の編集者かぁっ! 子供に夢や希望を与えている漫画雑誌を作っている人間なのかよ!」

『な、なんですか! いきなり怒鳴って……ビックリするじゃないですか!』

「そりゃ~お前から見たら毎日たくさん送られてくる原稿の一つかもしれないけどな、送る方にしたら大切で大事なたった一つの作品なんだよ!」

『わ、分かってますよ、そんな事貴女に言われなくても十分に理解してますよ!』

「分かってないだろ! 本当に分かってたらそんな無神経な発言できないだろ! 他にやる事があって忙しいだと。ふざけるな! そうゆう仕事に自分が好きで就いたんだろ。好きで続けてるんだろ! だったら忙しかろうがなんだろうがしっかりこなせよボケ!」

『うっ……』


 おお! 三石の指摘に古坂は言葉がでない。確かに三石の言うとおりだ。編集部の仕事は俺が想像する以上に忙しくて大変なものだろう。でもそれは古坂が望んで選んだ仕事。

 だからどんなに忙しくても、仕事をしなくていい理由にはならない。今回の原稿紛失の件も、どんなに忙しくても当然やらなければいけない仕事だろう。だからしっかりこなしてくれと言う三石の言葉は、誰が聞いても間違ってはいないだろう。


「あとお前、下手だったら原稿なくなっても仕方ないような事言ったよな?」

『え、いや、そうゆう意味ではなくて……』

「もろそうゆう意味だろうが! ならお前に聞くけどな、今の漫画家全員が絵上手いのか? 話面白いのか? 違うだろ! 下手な奴もたくさんいるだろうが! 下手でも面白くなくても、描いてる本人は自分の作品に自信持って必死で描いてるんだよ! そうやって頑張っていればいつか自分の波長に合う雑誌や編集者と出会えるかもしれない。そう思って、信じて毎日頑張ってるんだよ! なのにそうゆう奴等を受け止める側のお前等がそんな心構えでどうすんだよ! お前等の雑誌に送るって事はな、『この雑誌に自分の作品を載せたい。この雑誌の編集部に自分の作品を見てもらいたい』って夢や希望込めて送ってんの! そうゆう思いもしっかり受け止める覚悟と気持ちがないのなら、原稿募集なんてしてんじゃね~よ!」


 あ、熱い! 三石の言葉一つ一つが熱いぜ!

 俺の思っている事……いや、それ以上の事を言ってくれた。三石の言葉を聞いて胸がめちゃくちゃスッとした。


 でも凄く嬉しくてありがたいのだが、息を切らせてまで怒鳴る三石を見て、「なんでそこまで言ってくれるんだろう?」と疑問に思う。すると真野が三石を見つめながら呟いた。


「夕実ちゃんらしいな」

「え? 何が『らしい』んだ?」

「自分の事でもないのにこう熱くなるのが夕実ちゃんらしいなって」


 熱くなる? 三石が俺の為に?

 思ってもみない真野の言葉に驚く。


「夕実ちゃんって自分の夢に向かって頑張ってる人の事は、もの凄く応援するんだ。何かに夢中で頑張ってる人が大好きなんだよ。だからそんな人を邪魔したり、不当な扱いをする奴は許せないんだよね」


 三石が俺を応援していると言うのか? てっきり三石は俺の漫画家になる夢をバカにしていると思っていた。現に真野に俺を紹介する時も俺の漫画を見てもいないくせに、「下手な漫画しか描けない」とか言ってバカにしてたし。でも本当はそう言いながらも俺の事を応援してくれてたのか……。そう思うとなんだか嬉しくなる。


 そんな話を真野としている間も、三石はずっと古坂を責め続けていた。


『わ、分かりました! さ、最優先で探しますので、もうしばらくお待ち下さい!』


 その結果、完璧に古坂を撃破したようだ。そしてもう一度探してくれる事になった。


「では見つかり次第必ず連絡して下さいね! よろしくお願いします!」


 そう言って三石は電話を切った。


「全くふざけた編集部ね。こんな奴等が作っている漫画を楽しみに読んでたなんて信じられないわ! 今後は二度と読まないようにしないと……」


 ブツブツ文句を言う三石を俺はジッと見つめる。

 俺の視線に気がついた三石は、興奮した状態で文句を言ってきた。


「何見てるのよ……キモいわよ!」

「いや、めっちゃ怒鳴ってたなって思ってさ」

「はぁ? 一体誰の為に怒っていたと思うの! まるで他人事ね」

「ありがと」

「えっ?」


 俺は少し照れながら三石に感謝の言葉を伝える。

 三石は俺がそんな事を言うとは思ってもみなかったようで、キョトンとしている。


「いや、俺だったらあそこまでガツンと言えなかったし、黙って相手の言葉聞いてただけで終わってたと思うからさ。だから三石さんが俺の代わりに色々言ってくれて凄く嬉しくて。だから……その、ありがと」

「は、はぁ? 誰が春夏の為に言うのよ! わ、私はただあの古坂があまりにもふざけてるから喝を入れただけよ! か、勘違いしないでよね!」

「そ、そうですか。すいません……」


 言ってる事がめちゃくちゃだな。俺の為に怒っていると言ったかと思えば、俺の為じゃないとも言うし、一体どっちなんだよ。


「も、もう今日は気分が悪いから帰るわ!」


 俺の感謝の言葉が更に三石の逆鱗に触れたのか、三石は自分のバッグを勢いよく持つと部室を出て行った。


「ま、待ってよ夕実ちゃん!」


 真野も三石のあとに続く。


「普通にお礼を言っただけなのにあんなに不機嫌になるなんて……。やっぱ三石は俺の事を応援してないよな、絶対に……」


 ヘコみながら俺も部室をあとにした。

 


 編集部に電話して三日後、古坂から原稿が見つかったと連絡があった。どうやら違う雑誌の編集部に間違って行ってしまったと事。古坂曰く、「たまたま投稿原稿を管理している社員が忙しくてバイトに任せたら、リストに書き込む前に日笠さんの原稿を違う場所に移動させてしまいました。その結果、審査する際にリストにない日笠さんの原稿は違う雑誌の投稿原稿と勘違いして、他の編集部に持って行った」との事。これは完全に人為的ミスであり、単純なミスであった。


 古坂はあれだけ言い切ったのに実際はバイトが担当していたり、他の編集部に間違って届いていたりと、自分が言った事と全く違う結果になってしまって半泣き状態で必死に謝ってきた。


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