三石夕実 ~5~
三石も俺と同じように感じたのか、目元がぴくぴくしている。
「分かりました。ではお話を続けますね。多分山手さんから事情は聞いていると思いますが、郵便局がしっかりとそちらに送ったと言う証拠もこちらにはあります。なので再度原稿を探して頂けませんか?」
三石の問いに若干間を空けた古坂は残念そうな口調で、
『私どもは各賞ごとに応募者のリストを作っております。編集部に届いた原稿はこのリストに漏れなく記入され管理されます。そのリストをチェックすれば、届いたかどうかの確認は取れます。日笠様にご連絡を頂いてから何度も何度もチェックしましたが、こちらに届いたと言う記録がありません。ですから残念ながらこちらには届いていないかと、はい』
「記録漏れって事はないのですか?」
『私どもはこの記録作業は全て社員で行っており、しかも二人以上での作業が基本です。記入漏れを防ぐ為に複数であたっております。ですから記録漏れは考えにくいかと。それに念の為に全ての雑誌のリストも確認しましたが、弟さんのお名前はありませんでした。ですのでこちらには届いてないと申し上げるしかないかと……はい』
本人的には申し訳なさそうに話しているつもりだろうが、必要以上に大袈裟な口調で話すもんだからどう聞いても芝居っぽい。こいつ絶対残念とか思ってないぞ。
だが仮にも世間的に名の通った一流出版社だ。ここまで断言されると本当に届いてないのかもしれない。郵便局だって完璧じゃない。山手が言ったとおり今までにも配達の不祥事はあった。そう考えると俺の原稿が配達途中になくなった可能性もゼロではない。だからこれ以上食い下がっても無駄なのかもしれないな……。
俺の中で諦めムードが出始めたが三石は違った。客観的に見てももう難しい局面なのにも関わらず更に食いつく。
「では貴方も郵便局が嘘を言っていると?」
『そんな事は申しておりません。ですが私どもには届いていないのは事実ですので、それだけはご理解いただきたいのですが、はい』
「分かりました。では郵便局にもう一度問い合わせしてみます。簡易書留の履歴をお伝えしても届いてないと言い張っていると。しかも郵便局が届けてないのに届けたと、嘘言ってるんじゃないかとまで言ってきたと伝えてみます」
三石は山手の時と同じように脅迫まがいの行為に出る。山手の時はこれで優位に立てたが古坂は違った。
『郵便局さんにお問い合わせするのはご自由ですので。それに私どもが郵便局さんを嘘つき呼ばわりしているかのような発言をしていますが、その事も言っていただいて構いません。郵便局さんからお問い合わせあれば、こちらの言い分もご説明させて頂きますので、はい』
古坂は平然と受けて立つ。編集部員として幾多の修羅場をくぐってきたのだろう。時には三石のようなクレーマーにも似た輩とも渡り合ってきた結果、このように動じない対応ができるようになったのだろうな。山手とは完全に違い手強い相手だ。
さすがの三石も古坂の態度は予想外だったのか、何も言えずに無言になる。
敵ながらあの三石を黙らせるなんて、大人ってすげぇ~としみじみ感心してしまった。
『では私どもも仕事がありますので、これで失礼致します』
三石から返答もないので古坂は電話を切ろうとした。
「最後に一つ聞いてもいいですか?」
『なんでしょう?』
「古坂さん、編集部の皆さんにとって投稿原稿ってなんですか?」
三石の質問がどうゆう意味なのか分からない。どうゆう意図でこの質問を古坂にぶつけたのだ? 古坂も三石の意図が読めないのかしばし沈黙する。
『……もちろん宝物です。皆様が投稿して頂けるからこそ我々の仕事も成り立つわけで、原稿を送って下さる皆さんがいなかったら我々なんて存在できないです、はい』
「では投稿してくる人達は古坂さん達にとってなんでしょうか?」
『投稿者の皆さんですか? それは原稿を送ってくれる皆様は我々にとって宝物をくれる神様と同じです、はい!』
古坂の言葉を聞いた瞬間、三石の目が「待ってました」とばかりに輝き、「ケラケラ」と小声だが今まで聞いた事のない声で気持ち悪く笑い出した。
ここから三石の反撃が怒涛のごとく、そりゃ~見事に始まった。
「神様ですか? 宝物ですか? 本当にそう思ってます? 本当に思っているならその神様が送った宝物がなくなっているのに、もの凄くあっさりした対応ですね」
『こちらも一生懸命探しましたし、決してあっさりした対応ではございません、はい』
再び捲くし立てる三石に、古坂は少し驚きつつも依然余裕の口調だ。
「探したって言ってもリストを見ただけですよね? それで一生懸命って言えますか?」
『投稿原稿が編集部に届いたら、まず決められた場所に集められます。そしてその場でリストを作成します。よってリストに記入されていない原稿は、その場を離れないようなシステムになっております。なので我々はリストを信頼し、何度も何度もチェックするのです。もちろん編集部全体も探しました。それでも見つからなかったので、これはこちらに届いていないと言わざる終えないのです、はい』
「でも何かのミスで最初に集められる場所に行かない事もありますよね?」
『ふっ、それはありえませんね。郵便局及び配達業者が持ってきた原稿自体そこの場所で受け取りますから。よってそちらのおっしゃるミスなんて絶対にありえません、はい!』
古坂は軽く笑いながら三石の指摘を力強く否定した。古坂の中では三石が何を言っても跳ね返す自信があるのだろう。古坂からは余裕しか感じない。でも三石も不敵な笑みを浮かべている。三石にも余裕が感じられるが、この余裕はどこから来るのか全く分からない。
「凄い自信ですね。て言うかここまで自分達に自惚れている人達が作っている雑誌を、今まで楽しみに読んでいたなんて自分が恥ずかしいです、はい」
『そ、それってどうゆう意味ですか?』
「だってそうでしょ? 所詮人間がやっている事を、完璧にやってますなんて恥ずかしくて普通言えないでしょ。いや~言えないよね~。どんなに完璧だと思っていても人間なんだからたまにはミスするしね。それを絶対にしないなんて、貴方達は何様なの? 神様? 仏様? 勘違い野郎? 早漏野郎? これを自惚れと言わずなんと言うって感じです、はい!」
『ち、ちょっと! 原稿なくなって辛いのは分かりますが、いくらなんでも言い過ぎではありませんか!』
ん? 少しだけ古坂がイラついてきたぞ。三石に小馬鹿にされたのがムカついたのか?
確かに今の三石の話し方は人を小馬鹿にする感じではあるが、こんな簡単な挑発に乗ってきたのか?
「あら、ごめんなさ~い。でも言葉の意味すら分からない大人さんだから、てっきり勘違い野郎かなって思っちゃった、あはっ」
『こ、言葉の意味が分からないってどうゆう意味ですか!』
「だって、『一生懸命』って言うのは『命がけで物事をする事』『全力を挙げて何かをする事』なんですよ。それを自分達が作ったクソみたいなシステムを確認しただけで、一生懸命やったなんて凄い自惚れ早漏野郎ですわ。一生懸命って言葉を使うなら、社内くまなく探してから使ってほしいな。雑誌の編集って仕事する前に、もう一度日本語勉強した方がいいですよ。じゃないと恥かきますから……って今恥かいてるか、あははっ。多分私よりめっちゃ年上だと思うけど、年下の私に注意されてる事が恥ですもんね……はい!」
俺は忘れていた。三石は性格も最悪だが、口も最悪と言う事を!
もう三石は完全に上から目線で、古坂の語尾に、「はい」をつける口癖も真似てバカにしまくる。しかも下ネタも織り交ぜるなんて末恐ろしいわ……こいつ。
古坂の歳は知らないが多分俺らよりはかなり上だろう。古坂自身、三石の声とかで自分の方が年上だと感づいているだろう。そんな年下から上から目線でしかも言葉使いまで注意されたとあっては、今まで幾多の修羅場をくぐってきたであろう古坂でも平常心ではいられないようだ。
それ以前に軽い三石の挑発に乗るあたり、俺が思う以上に古坂は打たれ弱いのかもしれない。その証拠に今の古坂からはさっきまでの余裕は綺麗に消えていた。
『あ、あのお言葉ですが、私どもも世間では大手と呼ばれてしかも歴史ある出版社です。そんな会社が送られた原稿をなくすなんてあるわけないでしょ。何度も言いますが投稿原稿の管理はしっかりしています。よってこちらで確認できないって事はすなわち届いていないって事です。だからどんだけ探しても見つかるわけないんですよ、はい!』
「大手だろうが歴史あろうが全然この問題と関係ないんで。話すり変えないでもらえますか? あの現状がよく分かってないみたいなのでハッキリ言わせてもらいますね。郵便局が届けたっていう証拠がある以上そちらがなくしたと考えるのが当然だし間違いないんですよ。だから見つかるまで徹底的に探して下さい。投稿者の思いと努力がつまった原稿を必ず探して下さい。それができないなら宝物とか気安く言わないでもらえますか? はい」
古坂の開き直った発言に三石がガツンと返す。




