三石夕実 ~4~
こうゆう態度を取るのは山手個人の性格なのだろうか? それとも会社全体の方針なのだろうか?
今までの態度との違いに、山手に対する不信感が募る。
俺ですら若干イラついているので三石はもっとイライラしているのかと思いきや、依然丁寧な口調で山手に探してくれるように頼む。
「お忙しいのは分かりますが弟が一生懸命描いた漫画なんです。なのでもう一度探してもらえますか? お願いします」
普段の三石からは想像もできないぐらいの低姿勢ぶりに正直驚く。俺の為になんでここまでしてくれるのだろうか? と不思議がっていた時だった。
『お気持ちも分かりますけどね、こんだけ探してないんだから何回探してもないですよ。って言うか本当に郵便局が届けてるんですかね? これだけ探してもないんだから郵便局が届けてないんじゃないですか? 郵便局が嘘ついてる可能性もあるので、もう一度郵便局にお問い合わせした方がいいのではないですか?』
山手のまさかの発言に衝撃を受ける。俺達の相手が面倒臭いからと言って、郵便局を嘘つき呼ばわりするとは……。呆れ果てて何も言えない。
「……今なんて言いました……」
『えっ? なんですか?』
「今貴女がなんと言ったのか聞いているのです」
三石は口調が若干きつくなる。いままで丁寧な態度だった三石もさすがに今の発言には怒ったんだなと思い三石の顔を見てみると、不敵な笑みを浮かべている。雰囲気は完全に怒っているのだが、なんとも言えない笑みを浮かべている……。
なんで笑ってんだ? と不思議に思っていると真野が急に慌て出し、俺を絞めていた腕を離すと三石から少し離れる。そして三石を怯えながら見つめている。
『郵便局が届けたと言う嘘を言ったのではないかと……』
悪びれた様子もなく当然のように答える山手に、三石は突然早口で捲くし立てる。
「それでは山手さんは民営化になった郵便局が郵便の配達を適当にやり出したと言いたいわけですね。そして届けてもいない郵便物を己の保身の為に届けたと嘘を言っていると!」
『い、いや、誰もそこまで言ってませんよ! 私はそうゆう可能性もあると言う話をしたまでで。だって今までも郵便配達員の不祥事がニュースになったりしてるじゃないですか! 配達物を捨てたり盗んだりした事あるじゃないですか。だから届けていないのに届けたって嘘も言っても不思議ではないですよね!』
三石の指摘に山手は必死に取り繕う。本人的には何気ない一言だったのだろうが、さすがに郵便局を嘘つき呼ばわりはマズいと自覚したのであろうか。だが三石の口撃は止まらない。
「確かに今までそんな不祥事もありました。でもだからと言って一流雑誌の編集部の人が気安くそんな事を言っていいのでしょうか? 週刊ドムドムの編集部として電話に出ている今の貴女の発言は一個人の発言ではなく、週刊ドムドム編集部としての発言になるのですよ。よって今貴女は週刊ドムドムとして郵便局を非難した事になるのです。これは出るとこ出たら大変な問題になりますよ!」
『わ、私は、そ、そんなつもりで言ったわけでは……』
「貴女がどう思っていても現実的に、客観的に、論理的に見てそう判断されても仕方ないと思います。私じゃなくてもそう判断すると思いますし……なんなら今から郵便局に聞いてみましょうか? 郵便局はどう判断するでしょうね……」
えっ? 何このねちっこい感じ。鬼のように怒鳴りまくる三石も怖くて嫌だが、今の三石は理論攻めと言うか、人の揚げ足取りをしまくるようでこれはこれで嫌すぎる。ってかこれって普通に脅しているようにも見えるのだが気のせいだろうか? いや、気のせいだと思いたい……。
「あ、相変わらずこのバージョンの夕実ちゃんは怖いな……」
真野が震えながら呟いた。真野が怯えている理由がやっと分かった。
『そんなつもり……わ、私には……』
「貴女の意思はこの際関係ありません。それでは今から郵便局に電話して聞いてみますね」
『ちょ、ちょっと待って下さい! そんなの困ります!』
山手は必死に三石を止める。もう声は涙声です。
「では今の貴女の発言は私で止めておきますので、再度弟の原稿を探して頂けますか?」
完全に優位な立場になった三石は再度こちらの要求を伝える。
『そ、それは……わ、私一人の意思では決められないので……』
「そうですか……では郵便局に電話しますね」
『ま、待って下さい! ちょ、ちょっと聞いてきますから!』
再び脅された山手は保留ボタンを押して逃げ出した。これ以上自分一人では三石に太刀打ちできないと感じて、他の人間に助けを求めに行ったのだろう。まぁあんだけネチネチ言われたら俺も逃げ出すけどね。
山手を撃破した三石を見てみるとニヤニヤしまくっている。これは完全に楽しんでやがったな。ジワジワいたぶるかのように山手を追い詰めて楽しんでやがったな。
悪魔の笑みとは今の三石の表情を言うんだろうな……。やっぱこいつの性格は最悪だ。
山手が保留ボタン押してから数分、全くに電話に出る気配がない。多分このネチネチしたしつこいクレーマー三石をどう対処するか、部署内で作戦会議でもしているのだろう。
更に待つ事数分。電話に出た人は山手ではなかった。
『お待たせ致しました。ドムドム編集部の古坂と申します』
山手に代わって電話に出たのは男性だった。声の感じからいくと三十代ぐらいだろうか。
古坂と名乗る男性の口調は柔らかな感じで優しそうな印象。多分山手よりは立場が上の人間だろう。
待たされた三石は若干イライラしつつも、初めて話す古坂に丁寧な口調で質問をする。
「あの、古坂さんは山手さんの上司の方ですか?」
『はい。でも正確には言えば山手はアルバイトで、私は正社員と言う違いしかございません。ですが立場的には私の方が一応上でございます、はい』
山手バイトかよ! バイトとは言えしっかり仕事はしているのだろうけど、こっちは正社員と思っていたから騙された感が半端ない。(まぁ俺が勝手に思っていただけですが)
でも原稿紛失問題とかって結構大きな問題じゃないの? それをずっとアルバイトに担当させているとは、一体どんな会社なんだよ! 更に編集部に対して不信感が募る。
「原稿をなくしているのに、バイトにずっと担当させるとはなんてふざけた会社だ! 夕実ちゃんそんな世の中舐めてる会社なんてボコボコにしちゃえ!」
さっきまで怯えていた真野だが、俺と同じように感じたのか怒りながら三石を煽りまくる。
「よ、余計な事を言うなよ! 三石さんが変な事言ったらどうするんだよ!」
慌てて真野を止める。すると真野は俺を睨みつける。
「お前は平気なのかよ! 原稿がなくなるという大事件をずっとバイトが担当してたんだぞ! そんなふざけた会社は夕実ちゃんにボコボコにてもらった方がいいんだよバカ!」
俺だって真野と同じように感じているし、ムカついてもいる。文句の一つも正直言ってやりたいが、今後も投稿するかもしれない編集部にそんな事が言えるわけもなく、悔しいけどここは穏便に済ませたいのが本音だ。
それに現実問題として、どんな事があっても投稿者は編集部には勝てないし逆らってはいけない。下手に逆らって業界内に変な噂でもたとうものなら、漫画家としての輝かしい未来なんて一生やって来ないのだから……。
そんな俺の複雑な心境など分かるはずもない三石は、真野の応援を聞いたせいか古坂に対して強気で話す。
「そうですか。できれば上司……役職ある方とお話ししたいのですが。また話がつまったり困った事があった時に、電話を変わられても迷惑ですからね」
『確かに役職はございませんが、新人賞の担当ですので十分私で対応できるかと思います、はい』
丁寧ながらも自信ありげな口調の古坂。まるで「俺にできない事なんてないぜ」みたいな嫌な感じがプンプンとしてくる。




