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三石夕実 ~3~

 口調が荒くなる三石だが、いつもとは違ってその怒鳴った言葉からは三石の「優しさ」が感じられた。でも今は三石の優しさを噛みしめる心のゆとりは全くなくて、俺を応援する中で使ったであろう、「なくなってもいいの」と言う言葉だけに過敏に反応してしまった。


「いいわけないだろ!」


 そして自分でも驚くぐらいの大声で叫んでしまった。

 叫んだ事で今まで我慢していた自分の気持ちが一気に溢れ出す。


「まだ俺なんて絵が下手で物語もつまらないのしか描けない未熟者だけど、漫画家になりたいって気持ちだけは嘘でも冗談でもなく真剣なんだ。だから独学でも一生懸命心込めて漫画を描いているつもりだ。だ、だから自分の作品のどれをとっても……な、な、なくなっていいなんて思える作品は一つもね~よ……一つも……」


 最後の方は言葉もつまって上手く喋れなかった。目からは自分の意思とは関係なく止めどもなく涙が流れてくるし。人前で泣くなんて高校生になって初めてだ。しかも女子の目の前で泣くなんて……最悪すぎる。


 声を押し殺して泣く俺を二人は黙って見つめていた。二人の表情は目が涙でかすんでよく分からなかったが、なんとなく悔しそうな表情だった気がする。

 その後しばらく泣いた俺は少しだが気持ちが落ち着いた。原稿をなくしたショックは当分引きずるだろうが、俺を心配してくれる三石と真野を目の前にしていつまでも落ち込んではいられない。


 それにしてもまさか二人が俺を心配してくれるなんて思いもしなかった。普段の関係からは想像もできない出来事だからな。でも心の底からありがたいと思う。

 俺は二人にこれ以上心配をかけまいと、今まで生きてきた中で最大級の作り笑顔を二人に向けた。すると、


「教えて」


 唇をかみ締めながら三石が聞いてくる。


「へっ? な、何を?」

「だから編集部の番号と、今電話かけてきた担当の名前教えて」

「な、なんで三石さんに教えないかんのだ」

「いいから早く!」


 完全にブチ切れモードの三石さん。何故こんなにも怒っているのだ? 

 あまりの剣幕に電話番号と担当編集者の名前を教えてしまった。すると三石は部室にある電話機から編集部に電話をかけ出した。


「な、何電話してんだよ。止めろ……」


 三石から受話器を取り上げようと腕を伸ばした瞬間、真野に腕を掴まれた。


「黙って見てなよ」

「ま、真野さん?」

「夕実ちゃんのやる事に間違いはないんだから。だから黙って見てろこのバカ春夏!」


 真野の意味不明な自信を聞かされても全く安心できない。俺は真野の腕を振り払って三石を止めようとするも、今度は後ろから羽交い絞めにされて阻止されてしまった。


「邪魔すんな!」

「あぐっ……いたひ……」


 腕を掴んだ時とは比べ物にならないぐらいの力で俺を締め上げる。そんな女子離れした力にも驚いたが、それ以上に見た目からは想像できないぐらいの大きめな胸が俺の背中に押し付けられドキドキしてしまった。こやつ着痩せするタイプだな。


 こんな状況でもそんな事を考えてドキドキしてしまう自分が情けない。で、でも女の子と付き合った事がない俺としては、この刺激だけでも十分に悩殺されてしまうわけで自然とドキドキしちゃうのです。


「許せないんだよ……夕実ちゃんは」


 一人赤面している俺の背後から、真野の怒ったような声が聞こえた。

 原稿をなくした編集部が許せないのか? もちろん俺も許せないけど、でも自分の事でもないのにここまで怒るなんて……。ひょっとして本当の三石は、俺が思うほど酷い性格の持ち主じゃないのかもしれない。


 編集部が電話に出るまで不気味な空気が部室を包む。

 三石は受話器を持ってジッと待つ。そんな三石を俺は真野に抑えつけられながら見つめる事しかできない。これからどうなるのか全く想像できない……。


「あ、もしもし。山手さんいますか?」


 どうやら編集部が電話に出たようだ。どうか変な事を三石が言いませんように……と俺は両手を合わせて祈る。だがそんな俺の祈りなど一瞬で吹き飛ばされた。


「……私ですか? 私はさっきまで山手さんと話していた日笠春夏の姉ですが、原稿の事でお伺いしたい事がありまして。……ええ、そうです。姉です。双子の姉です」


 え――――――――っ! 何いきなり嘘言ってんだよ! 誰が俺の姉だバカ! しかも双子て! 三石がムチャクチャな事を突然言い出すので冷や汗が止まりません!


「ちょ、ちょい三石さん! 何言ってんだよ……オイ!」


 再び三石を止めようとするも、ガッチリ真野に抑え込まれて身動きができない。そればかりか俺を更に締めつける。


「邪魔するなって言ってるだろ! これ以上騒ぐと『折る』よ」


 なんてお言葉をおっしゃるのですか真野さん! お、折るって首を折るって事ですか? 

 やりかねない、こいつならやっても不思議ではない。その証拠に俺の首を絞める腕の力がドンドン強くなっている。


「ギ、ギブです……もう、じゃ、じゃましないっ……づ」

「分かればいいんだよ、このバカ春夏が」


 そう言うと真野は力を緩める。

 俺達のやり取り中も三石は編集部と話を続けている。


「……山手さんですか。はい先ほどお電話して頂いた日笠の姉ですが、弟が投稿した原稿についてお聞きしたい事がありまして……そうですね。それは承知でが、あまりにも弟がショックを受けてまして……はい、そうですね」


 俺の姉として普通に話をしている三石。止めるのは真野がいるので諦めたが、一体編集部とどんな話をしているのか凄く気になる。そう思ったのは真野も同じ見たいで、


「何を話してるかこれじゃあ全然分からないな」


 そう言いながら電話機のオンフックボタンを押す。すると電話機から山手の声が聞こえてくる。これで俺達も三石と編集部の会話が分かるようになったぞ。

三石は受話器を机の上に置き電話機に向かって話を続ける。


『先ほども弟さんにはご説明致しましたが、色々探したのですが弟さんの原稿は見つかりませんでした。ですのでこちらには届いてないと思いますが……』

「ですが弟は簡易書留で送っていて、郵便局にもそちらに届いたと言う確認をもらっています。なのでもう一度探してもらえませんか?」

『そう言われましても……困りましたね。こちらも一生懸命探して見つからなかったので、それを更に探せと言われましてもどこをどう探せばいいのか……。それに私どもも新人賞関連の仕事ばかりやってるわけじゃないので、この件ばかりに時間割けないんですよね』


 口調が俺と話した時とは明らかに違い、面倒臭そうに話す山手。

 何度も電話をかけてくるのでしつこいと思ったのだろうか? 山手の口調は完全に探す気ゼロです。


 確かに何度も電話されたら迷惑かもしれないが、こっちは原稿がなくなっているのだ。

 今は三石が勝手に電話をかけているが、俺の性格がもっとねちっこくて諦めが悪い奴なら何度でも電話していただろう。でも今の山手を見ると、「一度探して見つからなかったらもうウチは知りません。だから何回も電話するなよな」みたいなオーラ全開の対応しか返ってこないだろうな。


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