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三石夕実 ~1~

 翌日の放課後、部室に行くとすでに三石と真野がいた。


「昨日のクレープ美味しかったね、夕実ちゃん」

「ホント美味しかったね! またチョコバナナクレープ食べたいな」

「なら今日も行こうよ! 僕も他のクレープ食べたいしさ!」


 楽しそうに昨日の帰りに行ったであろうクレープ屋の話題で盛り上がっている二人。

 俺が来た事に気がついた真野はあからさまに嫌な顔をする。


「うわぁ、ウコンクレープが来た」

「だ、誰がウコンクレープだ! ってかウコンクレープってなんだよ!」


 突拍子もない真野の言葉に勢いよくつっこむ。


「何って昨日僕が作ったオリジナルクレープ。完成したのがバカ春夏にそっくりだったから、ウンコクレープって言ったんだ」

「あのお店って自分でも作れるんだよね。それにしてもあのウンコクレープはなかったね」

「不味かったよね。まさにバカ春夏そのものだった!」


 昨日の事を思い出して笑いながら語る二人。だがこちらとしてはウコンクレープ(そんなクレープ見た事ないからどんなのか分からないが)顔と言われて全然笑えない!


「誰が不味いんだよ! それにクレープに似るってどんな顔だよ俺は! あと途中からウンコクレープになってるから! ウコンじゃなくてウンコになってるからぁ~!」

「大声で叫んでどうしたの? いいから早く座れば」


 何この温度差?

 ウコン顔……もといウンコ顔と言われて声を荒げて文句を言う俺に、「何ムキになってるの?」的な冷めた感じの三石。こんな態度されたらムキになるのがバカみたいだ。


 納得いかないがしぶしぶ三石と真野の反対側のソファーに座る。すると二人は俺の顔を見ながらニヤニヤしている。


「な、なんだよ……」

「ねぇ見た? 森田軍曹のブログ見た?」

「どうだったバカ春夏? どんな作品に出てるか分かっただろ?」


 まるで子供が面白いおもちゃを見つけたかのごとく、瞳を輝かせながら聞いてくる二人。

 やっぱりこいつ等知っているな。森田軍曹がBLにしか出ていない声優と知っていて、ワザと俺の担当にしやがったな。

許せん! これはしっかり抗議して担当を変えてもらわねば! 無理と言われても今日は食い下がるぞ。


「やっぱり三石さん達は森田がBLしか出てない声優って知ってたんだな! なら話は早い! 俺は……」

「ダメ。絶対にダメ!」


 俺の話が終わる前に三石は言葉を被せてくる。


「な、何がダメなんだよ? まだ何も言ってないだろ!」

「どうせBLに出ている声優は嫌だから違う声優にしたいって言いたいんでしょ? 絶対にダメだから」

 

 完全に俺の心は読まれている。だが三石に何を言われても必ず声優を変更してやる!

 男同士の絡みなんて絶対に見たり聞いたりしたくないからな!


「俺の嫌がる理由まで知っていながら何故ダメなんだよ! ってかそもそもBLしか出てない声優を選ぶって事は、完全に俺に対する嫌がらせだろ!」

「春夏が男同士の絡みを嫌がるのは分かるわ。でもねBLも立派なジャンルであり、たくさんの人がBLを必要として楽しみにしているのよ。そんな素敵なBLに対して、ただ男同士の絡みを聞きたくないから嫌ってちょっと失礼過ぎないかしら?」

「し、失礼? な、なんでよ?」

「だってそうでしょ? まだ春夏が一度でもBLを見たり聞いたりした事があって、それで拒否するなら納得できるけど一度もないんでしょ? 考えてもみてよ。もし春夏の大好きなアニメや声優を、一度も見たり聞いたりした事ない人が批判してきたらどう思う? 腹立つでしょ? 失礼な事言うなって思うでしょ?」

「そ、そりゃ~……お、思うよ……」

「でしょ。なら自分が嫌だと感じる事は、他人にもしないように心掛けないとね。今回は勉強だと思ってBLに触れてみたら? 一度BLと触れてみてどうしても嫌だったら、その時にまた考えるから。ねっ?」

「あ、あぁ……そうしてみるよ……」

「うん。頑張ってね」


 俺の言葉に三石は優しい笑みを浮かべる。

 確かに三石の言うとおり俺も自分の好きな物を、見た事や聞いた事もない人達に批判されたりバカにされたら腹が立つ。俺が一度も触れずにBLを毛嫌いしていた事は、BL好きな人からしたらもの凄くムカつく行為だったに違いない。三石に言われるまで気がつかなかった自分が恥ずかしい。


 最初は三石達が面白がって俺にBLをぶつけただけだと思っていたが、ひょっとしたら俺に色々な世界があるって教えようとしていたのかもな。


 俺は心の底から反省し、抵抗はあるけど一度BLの世界に触れてみる事にした。


「アホだこいつ。まんまと夕実ちゃんの口車に乗せられているよ……くくくっ」


 真野が何か言っていたようだが、小声すぎて聞き取れなかった。

 必ず担当声優を変更させると意気込んではみたものの、結局三石の決めた声優でいく事になった。でも今回は強引に三石にねじ伏せられたわけじゃなく、あくまでも俺が納得した結果そうしたのだ。よってなんら恥じる事も情けない事もない!


「じゃあ今から買いに行きなさい春夏」

「えっ? な、何を?」

「森田が出ているBLドラマCDに決まってるでしょ! 今すぐ買いに行かないと、またいつ変更したいって言い出すか分からないしね」

「うぐぐ……」


 信用されてないな……。まぁ三石と出会ってから今日までの短時間では信用されるような出来事も理由も一切ないので、当然と言えば当然だが若干寂しい自分がいる。


 俺は間違いなくBLを見るし聞くよ。男として二言はないが、でも今から買いに行くのは心の準備がまだできていない。せめて明日とか明後日にしてもらえば、それまでになんとか覚悟を決められるのだが、いかんせん急すぎる。


「でも今からだと同好会あるし、明日行く……」

「大丈夫よ。今日は特別に早退を許可するから。だから安心して買いに行きなさい」


 どうしても三石は今日行かせたいらしい。しょうがないから今から行くか。


「分かったよ。今から行ってくるよ」

「ええ、気をつけてね」


 そう言うと三石は不気味な笑みを浮かべる。やっぱこいつ楽しんでるだけじゃないか?


「早く買いに行け! そしてこれを機にBLの神になってこい! バカ春夏」

だ、誰がBLの神になるか! 俺は真野の冷やかしに心の中でつっこんだ。

二人に見送られて部室を出ようとした時だった。


『トロントロン~トロロロン~』


 俺のスマホが鳴る。


「なんだこの音、ダサッ!」


 真野が俺の着信音をバカにしてくる。俺はスマホの着信音を最初に設定されている音から変更していない。本当は好きなアニメや声優の歌を使いたいのだが、誰かに聞かれたら恥ずかしいから我慢している。


「……うるさいな……」


 小声で真野に文句を言ってから電話に出る。真野から「あぁ! 何か言ったか!」と怒鳴られたが電話に出ると言う口実のもとシカトする。


「はい、もしもし」

『もしもし、私少年ドムドムの編集部の山手と申します。日笠さんですか?』

「そうです、日笠です」

『あの、以前問い合わせ頂いた件でお電話したのですが……』


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