活動について話し合う ~9~
「春夏の担当声優は『森田軍曹』ね」
三石はそう言うと一枚のメモを俺に渡してきた。そこには声優・森田軍曹のブログのタイトルとURLが書いてあった。
森田軍曹? 軍曹って名前なの? 変わった名前だな……芸名か? 聞いた事ない名前だぞ。それもそうか。だって今俺達が話していたのは「選りすぐりの売れてない声優」の条件についてだ。その条件に該当して選ばれたこの声優は、聞いた事なくて当然か。
でもあまりにも知らない声優なので、ちょっとでも情報を得ようと三石に森田軍曹について聞いてみる。
「この声優のブログを見る事は分かったが、初めて聞く名前で全くこの人の情報がないんだけど。この人ってどんな作品に出てるの? 森田軍曹について情報貰えるかな?」
「そんなの自分で調べなさいよ。声優の担当を決めてもらっただけじゃなく、何情報まで貰おうとしてるのよ。図々しい奴ね!」
「ず、図々しって、そもそも俺が声優を決めたくても、今日中に決めろとか無理言って決めさせてくれないのはそっちだろ! それで図々しいって……」
「あぁ! 何か文句あるの!」
「な、ないです……」
俺の言っている事は間違ってないと思うのだが、三石に睨まれると言い返せない。
「ふざけた神経してるなバカ春夏は。そんなんだから髪型まで気持ち悪いんだよ!」
「髪型関係ないだろ髪型は!」
真野にまた髪型批判される。今の話の流れで何故俺の髪型批判につながるのだ?
「グチグチ文句言ってないで今日からしっかり森田のブログ見て、ちゃんと交流できるようにたくさんコメントするのよ」
「わ、分かったよ。頑張ります……」
結局なんの情報も得られなかったな。家に帰ってネットで調べるか。
次は三石と真野の担当声優の発表だな。俺の担当声優同様、二人の声優も無名な声優なのだろう。でもひょっとしたら知っている声優かもしれないぞ。俺は少しドキドキしながら二人の担当声優の発表を待つ。だが三石の口から出た言葉は、
「では今後の活動についても話したし、今日はこれで解散!」
そう言うと帰り支度を始める。まさかの展開に驚いた俺は慌てて三石を引き止める。
「ちょ、ちょっと! 何帰ろうとしてんだよ!」
「何よ。帰っちゃ悪いの?」
「悪いって、俺はまだ二人の担当声優聞いてないぞ!」
「えっ? 言わないとまずいの?」
「まずいだろ! なんで俺のだけ言って二人のは言わないんだよ! おかしいだろ!」
「え――――、面倒臭いな」
俺の文句に三石はうっとしそうに答える。
「さぁ、早く二人の担当声優を教えてくれよ」
「ヤダ!」
三石に催促すると、真野が話に割って入ってきた。
「ヤダってなんでだよ。俺にも知る権利があるはずだろ!」
「なんでお前に知る権利があるんだよ!」
「だって俺も二人と同じ同好会の一員だろ。だから知る権利が……」
「確かに一員だけどバカ春夏は僕達の奴隷で下僕なんだよ! だからお前にはなんの権利もないんだよバカ!」
「ど、奴隷に下僕って……」
真野に酷い言葉を浴びせられ呆然としていると、三石から衝撃的な一言を聞かされる。
「言っとくけど、ちゃんと声優と仲良くなれなかったら罰ゲームだから」
「ば、罰ゲーム! なんだよそれ!」
「楽しみにしててね、罰げ~む。うふっ」
ウインクして微笑む三石に俺は背筋が凍りつく。だってこいつの考える罰ゲームなんて間違いなく最低最悪なものだろう。これはしっかりやらねば恐ろしい目に合うぞ。
「夕実ちゃん今からクレープ食べに行かない? 駅前に美味しいお店見つけたんだ」
「ホント! 行く行く! クレープなんて久しぶりだよ」
「く、クレープなんてどうでもいいわ! 罰ゲームについて教えろよ! あと二人の担当声優も教えろって!」
「じゃあ春夏、部室の鍵返却しといてね」
「ち、ちょっと待ってて! お、お――――――――い!」
俺の話など一切聞かず、二人はクレープ話で盛り上がりながら帰って行った。
結局あいつ等の担当声優や罰ゲームの中身は何も聞けなかった。二人が本当に声優のブログを見るのかかなり疑わしいけど、今の俺は与えられた声優と仲良くなって罰ゲームを回避するのが先だ。
自分のやる事をやった上でもし三石達が何もしていなかったら、その時はとことん責めまくってやる。だがあいつ等が何もしていないと分かったところで、俺が何を言っても返り討ちに合うだけのような気がしないでもないが…………。
釈然としない思いを抱きつつも、俺は自分のバッグを持つと部室をあとにした。
その日の夜……。
俺はさっそく三石に教えられた森田軍曹のブログにアクセスする。
森田軍曹のブログを見てみると、本人のプロフィール欄に写真が載っていた。 年齢は二十四歳と書いてある。
「おっ、これか……。確かにちょっとイケメンかも」
三石が探してきただけあって、外見は「選りすぐりの売れてない声優」の条件と一致している。外見は一応分かったので、あとはこの人がどんな人か知らないとな。そして本当に声優なのかを確認しないと。
俺は森田軍曹のブログを最新更新分からチェックしていく。読んでいくと森田軍曹はパンダ好きで甘党の涙もろい性格ってのは分かったが、肝心の声優に関する内容が一切ない。
「こいつ、本当に声優か? 三石の奴、声優じゃない奴を教えたんじゃないか?」
と疑いを持った時だった。一か月ほど前のブログのタイトルに、「CDドラマ出演!」と言う文字を発見!
「おおっ! これはいよいよ声優としての仕事内容か!」
この記事にこの人が演じたキャラもしくは作品の事が書いてあるかもしれない。やっとこいつが本当に声優かどうか確認できるぞ。俺は期待しながら記事を読む。
『いつも俺のブログを見てくれる心優しきファンの皆様へ……って俺にファンがいるのかどうか微妙ですが、一応いると信じてファンの皆様へご報告です!』
なんだこの出だし。最初から自虐ネタかよ。まぁ自分の現状を冷静に理解しての発言だと受け取っておこう。
森田軍曹の文面に独特の雰囲気を感じつつも続きを読む。
『ご報告の内容とは……なんとこの俺、ドラマCDに出演させて頂きました! 自身二度目のドラマCDのお仕事。チョイ役ながらも存在感たっぷりの演技ができました。ある意味完全に主役を食ってます! 俺の魅力満載の演技がつまったこのCD、買わなきゃプンプンしちゃうぞ。あはっ!』
なんかこいつ普通にウザいぞ。しかも男のくせにプンプン使うとは……、お前は一昔前のアイドルか!
イラッとするので今すぐ森田軍曹のブログを読むのを止めたいのだが、今止めたら罰ゲームを受けるはめになるので我慢する。ブログの文章といい、表現方法といい、「こいつはずっと売れない」とこの短時間で見切った俺である。
でもどんなドラマCDに出ているのだろう。内容を早く知りたいのだが森田軍曹は自分の気持ちばかり書いていて、なかなかドラマCDの内容について触れない。更にイライラしながらブログを読んでいると、ようやくドラマCDの内容に関する記述が出てきた。
『今回俺が出るのは、【僕の愛しき旦那様】ってタイトルの学園ドラマなんだ。完全オリジナルで俺は主人公の元彼役です! 二作目とは言え絡みは本当にドキドキしたよ。だって普段しない事だから、そっち系のDVD借りたり他のドラマCD聞いてめっちゃ勉強したよ。その結果、あのシーンはかなりの完成度だ! 頑張った俺の頭をなでなでして~!』
…………ん? ちょっと待てよ。何? 絡みって? そっち系のDVDにあのシーン?
なんかもの凄く嫌な予感がしてきたぞ。そもそも「僕の愛しき旦那様」って何? 僕って事は「男」だよな。で、旦那様って事はこっちも「男」だよな。えっ! ま、まさか!
『俺、森田軍曹の記念すべきBLドラマCD第二弾の【僕の愛しき旦那様】を、是非是非買って下さいませ~!』
「BLかよっ! お前の出ているドラマCDってBLかよ!」
あまりの衝撃ゆえ、大声でつっこんでしまった!
まさかBLドラマCDに出ている声優だったとは……衝撃的展開!
別にBLをとやかく言うつもりはないし、BL文化も素晴らしいと思う。けど男の俺が関わるような世界じゃないと思うし、興味とかも全くない。
急いで他の内容も見たが、声優関係の内容はBLドラマCDの事だけだ。と言う事は現時点で森田軍曹はBL声優(そんなジャンルがあるかは知らないが)と言っても過言ではない! そんなBL声優・森田と何を話せばいいのだ?
もし俺がこいつのブログにコメントしたら、「どこで俺を知ったの?」みたいな質問がくるかもしれない。そこで「BLドラマで知りました」みたいな返事をしたら、「俺の演技どうでしたか?」みたいな事を聞かれるかもしれない。と言う事はそれに答えるにはガチでBLドラマCDを聞かなきゃいけないじゃないか! なんで俺が男同士のあんな声やこんな声、そしてピーしている時の声や音を聞かねばならんのじゃ! 演技と分かっていてもめちゃくちゃ気持ちが悪いぞ!
考えただけで全身鳥肌もんです。それにしても何故三石はよりによってBLにしか出ていない声優を選んだのだ! もっと他にもいるだろうが!
三石に対する憎しみで心と頭がいっぱいになる。が、そこで俺はある事に気がつく。
「ひょっとして三石の奴、ワザと俺にBL声優を振ったのではないか? そして困る俺を見て二人して笑い者にする気じゃないか? ある! あの二人なら絶対にある!」
怒りが沸々と込み上げてくる。俺の勝手な想像かもしれないが、でも可能性はゼロではない。これは確かめなければならん! そしてもし俺の思うとおりの結果なら、絶対に担当声優を変えてもらうぞ! いや、三石が知らなくても絶対に変えてもらう!
三石達と出会ってまだ数日しか経っていないが、その間に色々な苦痛を体験させられてきた。しかし今回はよりによってBLと言う爆弾を投下してくるとは……。
未知なる世界、その名はBL。
その世界とこんな形で接点を持つとは思いもしなかった。
だができる事なら一生未知の存在でいて欲しいです…………マジで。




