最悪な出会い ~2~
それに俺の周りにはアニメや声優に興味ある友達が全くいない。もちろん友達も漫画雑誌を買う奴もいるしテレビアニメを見る奴もいる。だが深夜アニメについて熱く語る奴や、声優の名前をスラスラ言える奴、そして声優イベントに行きまくる奴は一人もいない。
ひょっとしたらいるかもしれないが、自分から「俺、アニメ・声優好きなんだけどお前も好き?」って周りに聞く度胸なんてない。だって聞いたところで、「えっ? 俺そうゆう趣味ないけど」って言われた日にはまさに自爆行為だ。オタクってバレて変な目で見られたり、避けられてしまうかもしれないし最悪いじめられる可能性だってある。
今の生活が壊れてしまうようなそんな危険な事、俺には絶対言えないし聞けない。
俺の考えすぎかもしれないが、少しでもそんな危険性がある以上オタクと言う事実は隠していた方が賢明だ。だから俺はオタクで夢が漫画家と言う事を誰にも言っていない。
でも本心は同じ趣味を持つ人とアニメや声優について熱く語りたいし、アニメショップやイベントにも一緒に行きたい。だからもしこの部が本当にあるのならばぜひ入部して、今までできなかったそれらの事を心ゆくまでとことんやってみたいのだ。
だが俺が入学してから今までに「声優と仲良くなれる部」があるなんて聞いた事がない。
毎年四月に新入生を対象とした部活や同好会の説明会が体育館で行われる。俺も去年説明会を聞いたが、その中にこの部活はなかった。もしあれば真っ先に入部していただろう。
「新しくできた部活なのだろうか……」
本当にあるのか確かめる為、そして何故このチラシを空き缶用のゴミ箱に大量に捨てたのかを聞く為、チラシに書いてある「声優と仲良くなれる部」の部室へ向かう事にした。
北校舎の二階にある第二視聴覚準備室。ここが「声優と仲良くなれる部」の部室らしい。
だがドアやその付近を見るがどこにもそれらしき案内はない。
普通なら誰が見ても分かるように、ドアに部活名を書いた紙などを貼ったりしていると思うのだが、そうゆう物が一切ない。
「本当にここなのか?」
疑問に思いながらもとりあえず中を確認する為にドアをノックし声をかけてみる。
「失礼します、誰かいますか?」
「はい、どうぞ」
すると中から綺麗で澄んだ女性の声がした。俺はゆっくりドアを開ける。
「お邪魔します」
中に入るとそこには、高そうな黒いソファーに腰掛けて本を読んでいる女性がいた。
その女性は綺麗で艶のある黒髪をなびかせて、スタイルもモデル並みの体型でスラッとしている。でも出るところは出ているナイスバディ―の持ち主で、そしてもの凄く美人だ。
そんな女の子を目の前にして固まる俺。恥ずかしながら俺はあまり女の子と話すのが得意ではない、むしろ苦手の方だ。人見知りと言う理由もあるが、もう一つ別の理由がある。
俺には女友達がいない。小学校の頃には多少は女友達がいたが、中二の時の忌まわしき出来事のせいで今では一人も女友達がいない。
その日は夏の日差しが容赦なく照りつけ、暑さが半端なかった。俺は朝からいつも以上に水分を取ってしまった為、授業中に急にお腹が痛くなってしまった。今もそうだが学校で大きい方のトイレには恥ずかしくて行きづらい。授業中に手を挙げて、「先生トイレ行きたいです」なんて言った日には周りから、「クソ行ったの? 大便行ったのかよ?」とか色々言われて面倒臭くなる。
だがその時は放課まで待てず、仕方なく授業中にトイレに行ってしまった。でもかなり我慢していた為、トイレに行く前に何度かオナラをしてしまった。経験がある人なら分かると思うが、お腹が痛い時のオナラなんて基本臭い。その時の俺のオナラもかなりのものだったらしく、トイレからスッキリして戻ってきた俺を待っていたのは、皆からの冷たい視線だった。
俺はその視線の意味が分からなかったが、放課になってから男子から女子から散々苦情を言われた。男子はすぐ笑い話にしてくれたが女子は毛嫌いが半端なく、俺が近くを通るだけで凄く嫌な顔をしてきて、まるで汚物を見るがごとく俺を避け続けた。無論会話なんてしてくれるわけもなく、そんな辛い状態が約一か月続いた。
そのせいで俺は軽い……もとい結構な女性不審というか女性恐怖症になってしまい、まともに女の子と話せなくなってしまったのだ。
今の学校でもクラスの女子と挨拶程度の会話ぐらいしかできない。
そんな俺がいきなりこんな美人とまともに会話なんてできるわけがない! 固まって当然なのだ!
しかしこんな綺麗な子がこの学校にいたなんて驚きだ。俺が入学して一年経つが一度も会った事がない。もし会った事があればこんな美人、絶対に忘れないのに。
俺と学年一緒かな? いや先輩? それとも新入生かな? ひょっとして転校生?
そんな事を考えていたら、
「あの、何か用ですか?」
透きとおった綺麗な瞳で、俺を真っすぐ見つめながら尋ねてくる女の子。
「えっ? あ、あぁ、ここって『声優と仲良くなれる部』ですか?」
「そうですけど……何か?」
緊張のあまりガチガチな俺の質問に不思議そうに答える女の子。どうやらここで間違いないようだ。
俺はゴミ箱で拾ったクシャクシャのチラシを取り出す。
「こ、これ、自転車置き場の自販機のゴミ箱にたくさん捨ててあったんですけど……」
「ああ、それ私が捨てましたよ」
女の子は無表情であっさりと捨てた事を認めた。しかもまったく悪い事をしたと思ってないようだ。
その態度に少しイラっとした俺は緊張しながらも、
「す、捨てたってあそこは空き缶用のゴミ箱だよ。紙捨てるなら可燃用のゴミ箱か資源用のゴミ箱に捨てないとダメでしょ」
「え? 説教しにわざわざ来たんですか? 君、暇なんですね。それは悪かったです。はい、すいませんでした。以後気をつけま~す」
そう言うと手に持っていた本を読み出す女の子。
…………ない! 反省の色が全くない!
そればかりか注意した俺を半笑いで、「暇人呼ばわり」しやがった!
なんか中学時代のトラウマが蘇る。俺を冷たい目で見ていた女子達と一緒の臭いがこの女からプンプンする。
本当なら今すぐにでもこの場から逃げ出したい。だが悪い事をしているのにも関わらず全く謝る素振りすら見せないこいつを見ていると、トラウマよりも怒りの方が勝ってきた。
どうせこいつは今まで可愛い! 綺麗! ってチヤホヤされてきたから何やっても注意されたり怒られる事が全くなく、自由奔放に生きてきたのだろう!
だがそれも今日までだ! 俺に出会ってしまった事が貴様の命取りだ!
俺がこの場でゴミの分別のいろはを叩き込んでやる! そして二度とこんなふざけた事ができないようにしてやるぜ!
今日を境に今までの考え方を悔い改め、しっかりまっとうな人間として生活しろよ!
では行くぞ! 俺のとびっきりの説教をくらわしてやる!
……可愛い相手にも容赦ないのが俺、日笠春夏だ!
…………い、今から言うぞ……。ビ、ビシッと言ってやるんだ。
………………お、お、怖気づいたわけじゃないぞ……ガ、ガ、ガツンと言ってやるのだ。
「あの~、まだ何か用があるんですか?」
「へっ? あ、あの、こ、ここって声優と本当に仲良くな、なれるの?」
言えなかった……。ガツンととびっきりハードな説教を食らわすどころか、何も言えないヘタれな俺。しかも急に声掛けられたもんだから、凄く焦ってしまってめっちゃどもりながら説教じゃなく質問してしまったぞ。情けなさすぎて涙が出そうです。
ヘコんでいる俺にいきなり女の子が話しかけてきた。
「え? ひょっとして興味あるの?」
さっきまで人を小馬鹿にした人物とは思えないぐらい、眩しい笑顔になっている女の子。
「きょ、興味あるって言うか俺アニメや声優好きだから、もし本当に声優と仲良くなれるなら凄いって言うか、うらやましいかなって……」
「そうなんだ。私もすごく声優さん大好きなの!」
満面の笑みで話す女の子。その笑顔、まさに人を瞬殺できるぐらいの破壊力を持つ可愛さだ。こんな素敵で輝いている笑顔を見てしまったら、今までムカついていた気分なんて綺麗さっぱり吹き飛んでしまう。




