始まった同好会 ~5~
楽しそうに二人して俺をからかってくる。もはや同好会の名前なんてどうでもいい。俺のオネエと言う間違った情報を撤回させる方が重要だ!
高校生は何事にも敏感で、ちょっとした事が大きな事件にもなりかねない。俺がオネエという嘘が広まったら、アニメ・声優オタクとバレる以上に恐ろしい事になるだろう。
別に俺自身は同性愛者に対して毛嫌いはしていない。だが一般の高校生が同性愛者に対し、偏見の目で見ず理解する者が果たしてどれぐらいいるだろう? 残念ながら理解してくれる人は多くはないだろう。そして高校生とは言えまだ子供。面白半分でからかったり、いじめの対象にする者もいるかもしれない。
そう思うと怖くて怖くて仕方がない。だから俺は即訂正するようにと三石に訴える。
「今すぐ先生のところに行って、俺がオネエじゃないと言ってきてくれよ! じゃないといつどこでその嘘が広まるか分からないだろ!」
俺の言葉を聞いた三石はもの凄く面倒臭そうに、
「大丈夫だって、顧問の先生口固いから」
「そうゆう問題じゃね~よ! 俺の名誉に関わる問題なんだよ! だから今すぐ先生のところに行って訂正してこいよ!」
俺が激しく三石に詰め寄っているのを冷静に見ていた真野が一言。
「今日はどうせ無理だよ。だってその先生もう帰ったから」
「帰った? じゃあ、その先生の家に行って訂正すればいいだろ! 面倒なら俺が直接行くよ! で、その先生って一体誰?」
「草尾先生」
「く、く、草尾だとぉ~!」
俺の担任じゃね~かよ! よりによってなんでうちの担任に顧問頼んでるんだよ!
「そう言えば春夏のクラスの担任が草尾先生でしょ? なら今日慌てて言わなくても明日でいいんじゃない?」
三石は完全に他人事として淡々と話す。誰のせいでこんなに慌ててると思ってんだよ!
三石の態度に怒りを通り越して殺意すら覚えてしまう。
だが確かにあの先生なら生徒の秘密をペラペラ話すタイプじゃないだろう。だってさっきは意味がよく分からなかったが、あんなに俺を心配してくれたしな。だから焦らなくても明日誤解を解けばいいか……ってちょっと待てよ? さっき俺を心配してくれた理由って…………、
「この事かよ――――――――――――――――――――っ!」
ようやくさっきの草尾先生の態度の意味が分かったぞ!
草尾先生は同好会の顧問になった時点で、具体的な活動内容は分からなくとも女性の為の同好会だとは思っただろう。そうなるとメンバーの中に男の俺がいる事にかなりの違和感を覚えたはずだ。でも三石や真野から俺の事を「オネエ」だと聞かされて、「あっ! 私の仲間だ!」と思ってさっきはあんなに心配してくれたんだな……。
こ、このままじゃヤバいぞ。ノーマルな先生なら「俺がオネエ系ってのは嘘です」と言っても「そうか、分かった」で済むが、草尾の場合はそうはいかない。 なんせ自分もオネエだと言葉にはしてないが、俺に態度で示してきているのだ。それなのに今更嘘と言ったらどんな事が起こるか全く想像ができない。
「なんで草尾に頼んだんだよ! 他の先生いたろ! 女の先生とかさ!」
「なんでって去年から相談していた先生が草尾先生だから、流れで顧問をお願いしたのよ」
「な、流れって……あの先生こそ本物のオ、オ、オネエだぞ! そんな人にあんな嘘ついたら冗談で済まなくなるかもしれないだろ! 現に草尾先生から言葉にこそしてないけど、話し方とかで自分もオネエってこっちは告白されてんだよ! それなのに『あれは嘘でした』って言った日には一体何されるか分かんないだろ!」
「だから何? 草尾先生が本物ってとっくに知ってますけど。別にいいんじゃない? オネエでも。そんなの個人の自由なんだし。春夏がガタガタ言う問題でもないでしょ」
三石は俺の言葉など全く聞く耳を持たない。
「別に草尾がオネエでも俺はいいんだよ。でも問題はそこじゃないんだって。分かんないかな~。じゃあ一から説明するからよく聞けよ。俺が心配している点はだな……」
「うっさぁぁぁ――――――――――――――――――――いっ!」
三石の怒鳴り声と共に俺の腹部に鈍い音がし、そして激しい痛みが走った。
「あがぁぁ……な、殴らなくて……も……うぅ」
三石の強烈な拳を腹に受けた俺は、その場でうずくまりしばらく動けなくなる。
「まったく春夏は細かい事を気にする奴だね。色々考えなくても春夏が心配するような事は何も起きないから安心しなよ。仮にも教師よ、生徒の秘密をベラベラ話すなんてあるわけないでしょ、このバカ野郎が!」
三石は吐き捨てるように言う。確かに三石の言うとおり教師だから生徒の秘密を簡単には言わないだろう。でも内容が内容だけになんとしても今日中に解決したい。
だから俺はうずくまりながらも抗議を続ける。すると三石は俺を睨みながら、
「まだ私に逆らう気? 昨日の春夏のナル発言を皆にバラされたいわけ?」
そう言うと三石は自分のバッグからスマートフォンを取り出して何かのスイッチを押す。
『ナルシストってわけじゃない、ただ自分が好きなだけ……』
三石のスマホからは俺の恥ずかしい発言が流れてきた!
「き、昨日のあれを録音していたのか!」
「当たり前でしょ。こんな面白いもの録音しないなんてもったいないでしょ」
慌てふためく俺に三石は得意顔で答える。どうやら三石はスマホのボイスレコーダー機能を使って、俺のそれはそれは恥ずかしい発言を全て録音していたようだ。
「で、これを聞いた上でまだ文句あるのかしら?」
「……な、ないです」
録音されていたんじゃ三石の言う事を聞くしかない。逆らえない俺は唇を噛みしめながら、三石の言うとおりにするしかなかった。
「夕実ちゃん何それ? このバカの声がしたけど」
真野が不思議そうに三石に質問する。
「あ、これね。梓も聞く? このバカの恥ずかしい発言が録音してあるから」
「聞く聞く!」
俺の恥ずかしい発言をネタに盛り上がる二人。
「や、やめろ! 聞かせなくていいって!」
俺の悲痛な叫びなど二人に届くわけもなく、三石と真野は廊下へと消えていった。そして五分後――――。
「マ、マジかよ! こいつめちゃくちゃアホだ、アホ過ぎるあははっ!」
「あ、梓笑い過ぎだって……くくくっ」
大声で笑いながら戻ってきた二人。
真野は俺を指さしながら、「キモいキモいキモいよこいつ!」「この顔でナルとかってある意味世界遺産じゃん!」「死ぬ死ぬ! バカ春夏に笑い殺されるよ! あはは!」などと好き勝手言いまくる始末。そのあまりの恥ずかしさに俺は部室を飛び出して逃げた。泣きながら走る俺の背後からは、バカみたいに大声で笑いまくる二人の声が響いていた。
結局今日中には解決できなかったが、草尾先生には明日朝一で本当の事を言えばいいか。
草尾も教師だ。生徒の秘密(俺の場合は嘘の秘密だが)を言いふらす事はないだろうから焦らなくてもいいか。ただ俺がオネエじゃないと知った時の反応は少し怖いが……。
同好会に入って二日目。真野にも俺の秘密がバレるし勝手にオネエにされるしで、昨日以上に最悪な一日になってしまった。