表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

泡雪の 終い愛宕に 鐘は鳴るA

(アキ)ちゃん。俺んところに、あんた宛ての依頼が入ってるよ」


 知り合いの男から仕事の電話がきたのは、クリスマス・イヴの朝でした。


 (アキ)は早起きです。

 いつも小鳥が鳴き始めるのと同時にベッドから出て、ものの数分後には、外へ出かける仕度(したく)を済ませてしまいます。

 もっとも最近は寒いので、小鳥よりも(アキ)のほうが少しばかり早起きでした。

 赤い寝間着を着た(アキ)は寝ぼけまなこで受話器を取ると、素っ気ない様子で、その内容を伝えるように言いました。

「それなんだがね、ちょいと変なんだよ」

 電話の声が勿体ぶるように言うので、(アキ)はなにがおかしいのかと尋ねました。


「いやね、こないだ(アキ)ちゃんが狩るのをやめた男の子いるでしょ。あのときの依頼人とおんなじ人から、また依頼が来てるのよ」

 それを聞いた(アキ)は、たしかにおかしいな、へんだな、と思いましたが、だからといってそれは依頼を受けない理由にはなりません。

 (アキ)は、それでも依頼を受ける旨をはじめに伝えて、それから依頼の内容を改めて問い質しました。


「ん。ちょいと急だけど、今日の夜にやってほしいそうだ。場所は─────、──の───の、公園だよ」

「わかった」


 それだけ伝えて、(アキ)は受話器を戻しました。

 今朝は雲が太陽のまえに薄くかかっている程度ですが、お昼過ぎから次第に天気は悪くなり、夜にははらはらと雪が降るそうです。


「………」

 一週間前に別れてからというもの、一度も顔を見せない白い少年──(ユキ)の所在を心の端で思いながら、(アキ)は今晩の仕事にむけて、黙々と準備を始めました。



 * * * * *



 〽やさしい心は いつ消えたんだっけ

 いまはただ、機械のように動くだけ

 降り積む雪に 呑まれるだけの

 そんな儚い願いが クリスマスの夜には叶うかな


 鳴り続ける 高らかな鐘の音は

 わたしの胸を 癒して

 鳴り続ける やさしげな鐘の音は

 ……


 大通りには流行りのクリスマス・ソングが、どこからともなく流れています。

 相変わらず赤い毛糸の帽子にマフラー、手袋に橙のコートを纏う(アキ)は、にぎやかな繁華街の道の隅を、一人で歩いていました。

 まだ夕方ですが、辺りはすでに薄暗くなりつつあります。

 東の端からは夕焼けのオレンジをこえて紺色の夜が、空全体を覆うように広がり始めていました。

 雪を抱えた大きな雲のすき間から、ちらちらと冬の星座が覗いています。


 (アキ)がふと目を上に向けました。

 歩く(アキ)のすぐそば、街路樹のあいだに立っている街灯に、明かりがついたのです。

 (アキ)が眺めているうちに、その一つ向こうの街灯が、そしてまた一つ向こうの街灯が、順にオレンジ色の光を灯します。

 真っ白な雪の粒が、(アキ)の頭の上で淡いオレンジ色に照らされて、また白に戻って道路に降り積もっていきます。


 通りにはたくさんの、本当にたくさんの人がいて、それぞれが思い思いに会話をしたり、店のショーウィンドウを眺めたり、その店へと入ったりしていました。

 (アキ)の小さな体はそんなクリスマスの人たちに紛れて、まっすぐ大通りを北へ歩きます。


 通りにあふれる人たちが、(アキ)には輝いているように見えました。

 (アキ)のすぐ横を通り過ぎる彼らのだれ一人、(アキ)の素性を知っている人はいません。

 彼らのほとんどは、今日という特別な日を楽しむために、特別な人といっしょに歩いているのでしょう。

 (アキ)の目に、ある親子が映りました。


 (アキ)と同じくらいの年ごろの女の子が、まだ若い両親のあいだで楽しそうに駄々をこねていました。

 その子の笑顔を、(アキ)は知っています。

 (アキ)も、かつてはそんな顔をしていたのですから。



 * * * * *



 〽鳴り続ける 高らかな鐘の音は

 わたしの胸を (さら)って

 鳴り続ける はかなげな鐘の音よ

 わたしと 君を つないで…

 ……


 雪降りの灰色の空の下。

 やっと大通りを抜けようとしていた(アキ)の耳に、ずっと流れていたクリスマス・ソングの最後の歌詞が、滑りこんできます。


 (アキ)はふと、振り返ってみることにしました。

 足を止めて、首を回して、通り抜けたクリスマスの喧騒を、端から見てみることにしました。

 そして、それを実際に行ってみます。


「……………ん」

 世界は、輝いていました。


 そこには、(アキ)の失ったものがあるような気がしました。

 いつだったか、それが大切なものだとは気づかないまま、幼い(アキ)の手から滑り落ちてしまったものすべてが、クリスマスの人集(ひとだか)りに、クリスマスの輝きに、クリスマスに降る雪に、見つけられそうな気がしました。


 と、(アキ)は自分の目から、涙がこぼれそうになるのを感じました。

 一瞬、(アキ)はそれでもいいかな、と思いましたが、すぐに思い直して、クリスマスの明るい街に背を向けます。

 なにが(アキ)をそうさせたのかは、(アキ)にだってわかりません。


 それでも(アキ)(かたく)なに前を向いて、その小さな足で、冷たいアスファルトを踏みしめました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ