鴛鴦(をし)どもの 合わせる顔が 違(たが)ひけり
そうして色鮮やかな秋という季節が過ぎ去り、初冬に入り、少ししてぽつぽつと、灰色の空から雪が降るようになった冷えるある日頃のこと。
秋は今日も、だれかに頼まれた仕事を消化するために人気のない小道を歩いていました。
まだ昼ですが空からは小さな雪の粒が降り、赤くなった秋の頬を濡らします。
毛糸の帽子やマフラー、手袋を完備する秋には、それでも吹き荒ぶ風が寒く感じられました。
灰色の綿が広がる曇天の下。
秋以外の人影はまだ見当たりません。
秋は懐にしまってある匕首(古代中国から伝わる、鍔のない短刀です。暗殺に用いられます)に、そっと手を当てました。
服を内側から盛り上げる感触が、秋に一風変わった安心感を与えてくれます。
小さな身体をもこもこに着こんだ秋は、塀と塀に挟まれていたせまい路地裏を抜けて、すこし大きな道に出ました。
とはいっても、やはり人の姿はありません。
秋は丁字路のつきあたりで右を見て、左を見ると、それから迷わず左へ進みました。
一分少々歩いたあたりでしょうか。
秋の進む右手に、小さな森が現れました。
その奥には、古ぼけた神社の鳥居が見えます。
それを見つけた秋は道を外れてぐるりと回りこんで、生い茂る雑草のなかを分け入って、神社へと向かう斜面を、音を立てないように登りました。
このとき、秋にはほかにも選択肢がありました。
たとえば、視界の端にちらりと捉えた長い石階段を一段ずつ踏みしめたり。
たとえば、もう少し周囲の様子をうかがってから登ってみたり。
あるいは、ちょっとだけ別の方向から斜面を登るだけでもよかったのです。
ほんの少しでも、秋が隆起した小さな森の上にある神社へ着いたときの位置や時間が違っていれば、秋はそれに対して適切に、迅速に対応ができたのです。
そのはずでした。
それでも、結果として、不運にも、偶然にも。
図らずして、秋はそれと出会ってしまったのです。
「こんにちは、秋さんですよね。会えるのを楽しみにしてました!」
「…………あなた、誰」
斜面を登りきった秋の目の前で土遊びをしていたのは、秋と同じくらいの背丈の少年でした。
赤い色で全身を固める秋とは対象的に、全身を白で固めた少年。
戸惑い、三白眼で睨む秋に対して、白い少年は、笑顔で告げました。
「僕は雪。あなたに、狩られにやってきました!」
* * * * *
「ねえねえ、狩って? 狩って、秋さん、おねがい、一生のおねがい!」
「こないで。ちかよらないで。はなしかけないで」
その次の日。
うんざりとした様子の秋の隣には、昨日出会った少年、雪の姿がありました。
すたすたと歩く秋の周りを、雪がまとわりついているような形です。
二人の服装は昨日と同じなので、閑散とした田舎道、赤と白のコントラストが素敵でした。
「ねえったら。どうして狩ってくれないのさ?」
「どうしてって……。あなた、じぶんがなにを言ってるのかわかってるの?」
「わかってるよ」
「わたし、あなたの首をはねちゃうのよ」
「しってるよ」
「わたし、あなたの頭をつぶしちゃうのよ」
「わかってるったら。しつこいな」
あきれてしまって、秋は二の句が見つかりませんでした。言い負かされたような雰囲気は気に食いませんが、秋はそこで会話を打ち切ることにします。
こんなのは放っておいて、とっとと次の仕事をしなきゃ。
そう思って歩く速さを増す秋ですが、
「ねえ、ねえ。これからどこにいくの? もし人通りの少ないところならさ、そこでぼくを狩ってくれないかな?」
あいかわらず、弾んだ声でそんなことをのたまう雪は、秋の後ろをついてきました。
「どこでもいいでしょ。それに狩らないし。それより、つきまとわないで」
「えー、どうして? ぼくを狩ってくれるって、依頼をうけてくれたんでしょ?」
「………」
たしかに、秋は先日ある依頼を受けました。
後ろをひょこひょこついてくる少年を狩る、という内容の依頼を、秋は昨日まさに達成しようとしたのです。
しかし、昨日はそれを断念しました。
そんなことは、秋の経験上、はじめてのことでした。
秋本人も、どうしてそんなことをしたのか、よくわかりません。
とにかく、秋は躊躇したのです。ためらったのです。
自分から、是非にと頼みこんで狩られにくるような、それも同年代の少年雪を問答無用に狩るわけにはいきません。
いままでにたくさん、つらい仕事や苦しい仕事を乗り越えてきた秋ですが、さすがに今回ばかりはその匕首を懐から取り出すことができませんでした。
なんだか、胸がくさくさします。
「たしかに受けたけど、だけどあれは、あなたがわるいことをする大人だって聞いたから。だから引き受けたの。依頼内容にまちがいがあったんだから、あれはなし。無効。……狩らない」
「えー。そんなぁ」
きわめて残念そうに、雪はがっかりした声を出しました。
しかしあきらめたように見えたのは束の間、
「じゃあ、じゃあさ。ぼく、秋さんのお仕事をてつだうよ! それなら、そのあとで狩ってくれるよね? ねっ?」
「………もう、かってにして」
結局その日、雪は一日中秋の後ろをついて回りました。
秋は言葉にしづらい感覚を覚えながらも、その日も雪を狩ることはしませんでした。