秋茜 耳を劈く 虫の声
こんにちはこんばんは。
桜雫あもる です。
今回は冬の童話祭、二度目の参加になります。
前回は『ユールの祭日』という作品で参加させていただいたのですが、モチーフをケルト神話に定めた辺りからどうも凝りすぎてしまい、物語性の希薄な、設定と描写と時間だけが濃密な童話を書いてしまいました。
そのため、今回はモチーフを決めず、思いついたものをそのまま書こうと思っています。
この物語は連載ですが短く、三、四部程度で終焉を迎える予定です。
年内には書き上げ、投稿する予定です。
皆様に目を通していただいて、そしてあわよくば評価や感想を頂ければ僥倖です。
それでは、目眩く図書の世界をご堪能あれ。
木々が生き生きとした深緑を失って、次第に華やかな赤みを帯びて映え出す季節。
涼しい風が色づいた山々の谷間を流れ、気紛れな空の下で、田畑には実りの輝きが満ち満ちます。
そんな時季、──〝秋〟をその名に持つ少女は、積もった紅葉の絨毯の上で翻って、だれかの喉笛をかっ裂きました。
足元の紅葉が作り出すのとはまた違った、鮮やかな赤が、少女の指先を、頬を、身体を、そして絨毯を汚しました。
秋はその白く細い指先を彩った赤を舌で舐めとると、その場をあとにします。
さっきまで秋の目の前で動いていたものは、もう動きません。
動きません。
──やがて、冷たい落ち葉が、動かなくなっただれかを静かに覆い隠しました。
秋が本当はだれなのか、だれも知りません。
秋がどこの国籍で、どこの出身で、あるいは本当に少女であるかすらも、知っている人はほとんどいないでしょう。
彼女について知った人は、知ってしまった人は、その多くがもうこの世にはいません。
ただ一つ、みんなが知っていること。
それは、──秋が人に〝秋〟をもたらす狩人──だということでした。
もちろん、秋だってそれを知っています。
秋だって、自分がみんなになんと呼ばれているか、自分がなにを望まれているのかを、きちんとわかっています。
それでも秋は、自分のしていることが悪いこととは、大して思ってもいませんでした。
小さな子どもが蟻の巣にバケツで水を注ぐような残酷を、笑顔でとは言いませんが、それでも日々淡々と、行っていました。
秋は悪びれず、今日もどこかでだれかに〝秋〟を言い渡しているのです。
けれどそれは、秋が残酷な人間だからとか、情緒を介さない機械だからとか、そういう端的な理屈ではありません。
秋を少なからず知る数少ない人物の一人は、彼女をこう評します。
「あの子はいつだって一心に、純真に優しい女の子だよ。これだけは誓って言える」
「ただあの子が異端だとか非道だとか言われるのは、螺子が一つ飛んじゃってるからじゃないかね」
「みんなが忌避する過度な正義を、あの子は実行できてしまう。それだけの気概を、あの子はあの小さな身体に持ち併せてしまっているんだ」
「それが秋っていうもんの、正体だ」
ただしこれは、秋への評論の一つに過ぎません。
秋はこんなことを言われてもなんとも思いませんし、これを述べた彼も、秋が彼の言葉一つで改心するなどとは思っていませんでした。
秋は揺るぎない芯をもっています。
誰にどんなことを言われても、秋は自分のなかの大事にしたい気持ちを、きちんと忘れずにいるのです。
そんなこんなで、秋はこれまでに数千余人から様々な依頼を受けて、それを取捨選択し、見事に仕事を熟してみせました。
時には秋を評論した人物を仲買に、仕事を引き受けたこともありました。
それが秋という在り方でした。
〝紅い狩人〟とか、〝紅葉色の影〟とか、そんな風に呼ばれる不確定な秋という少女は今日も、雑木林のなかで仕事を終えて、霞がかった家路に就くのでした。