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スパイン年代記  作者: 名もなき歴史小説好き
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レイモン編 1

 私は、歴史が好きである。

 そして、その歴史から想像の翼を広げ、語られていない影の歴史、記されることのなかった事実を活写する歴史作家たちの作品は、さらに好きな人種である。

 そして、私は様々な歴史作家たちの執筆した小説を見てきて、私自身、少し歴史小説を書きたい、という気持ちと相成った。

 そうした理由で、私はここに、一万年前、ルセリナ島に起こった騒乱を題材にした、拙い歴史小説を載せようと思う。

 文字を生業として小説を書く作家たちには遠く及ばないが、それでも、この拙い作品を手にとってくださった方々の、いくばくかの無聊の慰めになれることを祈る――




 ……その年、冥暦724年7月。ヴィオレーヌ=カミュは、500人前後の山賊団を相手に総勢2000の軍を展開させていた。

 ヴィオレーヌ=カミュといえば、スパイン王国の軍司令官として、西方のマリナス教国や南方の旧ルセリナ貴族連合国にすらその名を知られた重鎮である。

 たかが500前後の山賊団を相手に、ルセリナ島の一地方に覇を唱えたる者の側近中の側近が、直々に出征したその理由を問われれば、

「うちは未だ寡兵なのに、軍司令の私が兵士の後ろでさぼっている余裕はない」

 と、軍司令官本人は涼しげに主張するところである。が、その主張に

「大嘘つくな!」

 と、声高に反論した者が存在する。

「どうせ、私に内政へ従事させるのが目的だろ。私が陣頭に立てば、それだけ兵士たちに示しがつくっての! お前が何と言っても、私が指揮を執るからな! で、お前が留守番!」

 ――ちなみに今回、ヴィオレーヌが山賊討伐の軍を陣頭指揮するにあたり、最後まで強行に大声でそう言い張った人物の名はジュリエット=ブランシャールといい、現在、スパイン王国内にて至尊の冠を頭に戴いている。

 ジュリエット=ブランシャールといえば、昨年の10月に旧ルセリナ王国の大貴族・クレランボー侯爵から独立したことで当侯爵の反感を買い、この年4月の春先に差し向けられた討伐軍2万を、わずか3千の寡兵で撃退した。そしてその戦果の大半は、ジュリエットとあともう1人の並桁外れた武勇により敵将のことごとくを討ち取ったことに起因する。そのことで、一躍ルセリナ島全土にその武勇を鳴り響かせた優雌である。

 敵味方問わず、その名を聞けば畏怖や敬意こそ抱こうが、口答えするなど及びも付かぬ。まして、その執政や王としての有りように諫言するなど蛮勇という他はない。

 だが、スパイン王ジュリエットより“ヴィオ”の愛称で呼ばれる、この漆黒の長髪も色艶やかな、眉目秀麗な少女。ジュリエットとは幼い頃に楽音を通じて知り合い、以来17の年より今日この日まで、ジュリエット=ブランシャールの側にあってその覇道を支えた無二の忠臣。前述した春先の戦においても、ジュリエットと共に驚倒ものの武勲を立てた片割れでもあるこのヴィオレーヌだけは、その破天荒な王に諫言できる、ほぼ唯一の例外だった。

 文武の両道において、2人は傑出した才能の持ち主であり、そんな互いの才能に共鳴し合うかのように、2人は友情を育んでいったのである。そのため、彼女だけはジュリエットに忌憚ない意見を言うことができた。

 そして、その権限――という言い方をすると、ジュリエットは露骨に顔をしかめたが――を、ヴィオレーヌは何度も遠慮なく行使してきた。それというのも、ジュリエットの方には王として明らかな欠点があったためである。

 その欠点とは、山っ気が強く、危険をほとんど恐れない点である。

 一介の武人であればそれでも良かろうが、いまや一地方の王となった者がそれでは困る。今回も、事務処理が主な国元の内政充実より、手に剣を持って山賊どもと戦闘したがっている様子を見え見えの演技で隠しつつ、自分が行くと言って聞かぬジュリエットをほとんど詐欺同然に言いくるめてどうにか巻いてきたのだ。

 ジュリアにはもっと、人の上に立つ者としての自覚を持ってもらわないと困る――出征前、自分が行く、お前が残れと、もはや駄々っ子同然に言い募る主の姿を思い起こし、美貌の将軍はやれやれとため息を付いた。

「あの、ヴィオレーヌ司令。ちょっと……」

 物思いに耽っていたそんなヴィオレーヌに、近従の者が声を掛けてきた。意識を一瞬で現実へと引き戻し、ヴィオレーヌは何事か、とその近従の者に視線を向ける。

「なんだ、フルル?」

「あの、後列の……あそこにおられる御仁。ジュリエット陛下ではありませんか?」

「え゛。」

 言われて、近従の者が指さすところを見てみれば、確かにヴィオレーヌがよくよく見知った、黄金のセミロングをティアラでまとめ、靡かせたスパイン国の主だった。本人は至って融け込んでいるつもりなのか、涼しい顔をして「自分は一兵卒でござい」という顔で整列している。だが知らぬは本人ばかりなり、ジュリエット本人は自分の容姿に無頓着、いたって普通かそれ以下の水準と考えているのだろうが、彼女の容姿はそのおおらかで剛胆な性格に反比例した繊細で可憐なもので、直接の見知りではない隣国の諸侯でも絵画で知っている水準のものだ。まして自国の兵士が知らぬ、などということはありえない。お陰で周囲の兵士たちは「抜き打ちで見張られている」とでもかんがえているかのように、全身を緊張で強ばらせている。

 それにしても、歩兵隊に紛れるとは……

 戦場の状況にもよるが、ほとんどの場合、生存率は騎馬兵の方が高い。まず敵の騎馬兵と同じ高さに並ぶことができる。戦闘においては、高所を押さえた方が基本、有利であることは理の当然である。同じ騎馬であれば踏み殺されることも圧倒的に少なくなる。いよいよ敗戦の色が濃くなったなら、馬の方が素早く戦場を離脱できるのも自明の理だ。状況が許すのであれば、騎乗して戦に赴く方が安全なのは当たり前すぎて論じる余地すらない事実だが、しかるにヴィオレーヌの主君様と来た日には、それらの利点をかなぐり捨てて歩兵隊に身を潜めている(つもりになっている)。

 大方、そちらの方が密かに同行していることを悟られにくいとでも考えたのであろうが、自身の目立つ容姿をまるで計算に入れていなかったことが、今回のジュリエットの敗因であったろう。

 それにしても、だ。

「一国の主たる者が、自身の無聊を慰めるため、国政そっちのけで戦に、しかも危険な歩兵隊員になりすまして参加してくるとは……」

 軽率にも程がある。もしこれが人目のない私的な場であったなら、大声で怒鳴りつけて拳骨の一発も食らわせているところであった。支配者と臣下の格差が著しかった時代にあって、二人の友情は奇跡のごとく対等な形で結ばれている。

 だがそれでも、兵士たちの耳目が集まるこんな公の場で、まさか一国の王を大っぴらに怒鳴ったり、ましてや殴りつけることなどできる筈もない。内向させるより他のない怒りに内心歯ぎしりしつつ、ヴィオレーヌはゆっくりとスパイン王国でもっとも高貴な筈の歩兵の側へ馬を進めた。

「陛下に置かれましては、ご機嫌が麗しいようでなによりです」

 ヴィオレーヌが近づいてきていることに、別の、正真正銘の歩兵と語り合っていることで気づかなかったジュリエットの心臓が、一瞬高鳴った。

「あ、あ、あれ~? どうして分かっちゃったのかな~?」

 ヴィオレーヌに振り返り、その場を取り繕うための力なき笑顔を浮かべた兵士姿のスパイン王国国王に、

「臣としましては、一兵卒の中に紛れ込めば潜伏がバレずに済む、などという認識でおられる、ご自身の名声の高さに無頓着極まりない陛下のありようこそが、疑問に値する事柄なのですが」

 と、ヴィオレーヌは冷厳とした表情と声とで主君に答えた。

 ことをなあなあで済ませるつもりは、ヴィオレーヌにはない。彼女の親友にして義姉、そして主君であるジュリエット=ブランシャールは、乱を好み危険を省みないこと、度が過ぎる。元より承知していたつもりであったが、国政を軽視して疎かにし、自らの危険を省みず国運に関わる訳でもない戦に、もっとも危険の高い部隊の中に潜伏して参加するというようでは、まだまだ認識が甘かったという他はない。

 ヴィオレーヌはむしろ、今回のことを良い契機として、徹底的にジュリエットを諫めてやろうと、脳裏に幾通りもの諫言のリストを羅列させ始めていた。

 しかし、付き合いが長いのはジュリエットとて同様である。ヴィオレーヌがいままさに、自分の行動を叱ろうと百万言を費やして諫言を練り上げ、内心で舌なめずりをしていることを敏感に察知した。そしてジュリエットは、迫りくる危機に指をこまねいて傍観しているだけの、愚鈍な女ではなかった。

「あ、山賊だ! よーし、せめてもの汚名挽回、一番槍は私がもらったぜー! ヴィオ、今回のことは山賊討伐の功績とで相殺なー!」

 そう言うと、ジュリエットは敵の砦があると分かっている方角へ一目散に駆けだした。その速度は、まさに脱兎のごとくと称するに相応しい。

「て、あ!? コラまてジュリ……じゃない、おまちください陛下! 1人では危険です、陛下ーっ!」

 そも、汚名は挽回ではなく返上するものだ――という台詞は、兵士たちの手前、王に恥を掻かせる訳にもいかないのでヴィオレーヌは飲み込んだ。

 とにもかくにも、主君を1人で山賊討伐に行かせる訳にはいかぬ。ヴィオレーヌは、愛馬エリザベスを駆ってジュリエットの追跡に入る。

 しかし、距離は追いつくどころかどんどん離されていった。

 先にも述べたように、ジュリエットは歩兵に化けていて、ヴィオレーヌは騎乗している。であるのに、山賊の根城の方角へとカッ飛んでいくスパイン国王に、その1の側近にして名人級の馬術を誇るスパイン国重鎮でも追いつけぬとはどうしたことか。

 さてはこんなところで高速度低空飛翔魔法を唱えたか。まだ敵と遭遇すらしていない(もちろん、ジュリエットが言った山賊とやらは、影すら見あたらない)状態で魔力を浪費してどうするのか――

 ヴィオレーヌは、途中でジュリエットを追いかけるのを止めた。このまま放っておけば、追いついて連れ戻すどころか、ジュリエットただ1人で山賊団と戦端――困ったことに、彼女の主はせいぜい命を賭けたケンカくらいの認識しかなかろうが――を開きかねない。ジュリエットを補佐するべく、ヴィオレーヌは軍団を指揮して彼女の後を追うより他にない。

「(私がそうするって分かってて、誤魔化しついでにやったな)」

 今や豆粒ほどの大きさに見えるまで遠ざかったジュリエットを見て、ヴィオレーヌは心労による頭痛を感じずにはいられない。

 とにもかくも、ヴィオレーヌはジュリエット追跡を切り上げ、自身が引き連れてきた歩兵1500――否、正確には、ジュリエットが抜けたために現在1499――と、騎兵500騎、併せて1999の手勢の元へと、指揮を取るために来た道を戻った。

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