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KARINA  作者: 和砂
本編
6/51

一の大陸の上帝2

 東部の街から数日、中規模の集落近くは特に何の伝承も予言もない居たって普通の、国の一辺境である。ここ半年の間に怪異の街道として一種の観光名所になったその集落周辺に着くまで、上帝一行は、早馬を乗り潰して実に一月半もの時間がかかった。特に、虎に化身出来る上帝は下手な馬より早く走れるため、途中、師団長二名が脱走を警戒しながらの旅となる。上帝の不機嫌も師団長らの精神的苦痛も限界突破する直前に到着出来て良かったと、お互いに感慨深く息を吐いた。怪異の街道とされる石畳の道の上で馬を引いたまま歩く上帝は、思った以上に人通りがないことに驚く。田舎などこんなものだが上帝は帝都の聖地生まれ、不思議そうに首を傾げた。

「”異形”の気配はするか」

 人通りが少ない事に、上帝が第五師団長に確認するも彼は首を振る。

「良き森です。まだ若い事もありますが、”異形”の気配はありませんな」

 少し高級な装備を纏った上帝は、同じく中級冒険者の装備を着た第五師団長の言葉に「そうか」と頷く。もう一人の同行者である第二師団長は、出身が傭兵で実に冒険者の装備が似合っており、その悪人面を撫でながら東を見た。

「いくら東の街が辺境にあるとはいえ、紛争もない時分、これほどの大きな街道は必要なかったかもしれませんな。田舎の流通など、この様なものです」

 帝都を中心として主要な街への街道を整備したのは、今代の王だ。東の街は山辺の発展地のため、特に帝都から遠く、各都市との軋轢とならないよう同じ規模で整備したのが、逆に閑散とした印象を抱かせるのだろう。いざという時軍隊が通れる規模であるため、普段人の行き来では大仰すぎる。

「そのようなもの、か。俺はやはり、お前らについていって見聞を広める必要があるな」

 他の大陸の上帝らは降臨してからの日が長いためか、各大陸の様々な場所へと足を向け、その全てを掌握しているという。若い上帝である一の上帝は、未だ帝都周辺の視察程度で、戦争屋でもある第二、第五師団らの移動範囲には及ばず、それが軽いコンプレックスでもあるのだ。それに第五師団長は困ったような苦笑いを、第二師団長は軽快に笑い、次のように言った。

「お止めください、上帝。せめて、俺が師団長を辞めてからお願いします」

「何だとっ」

 面倒なのはごめんだとはっきり告げる第二師団長に、上帝も呆れ顔して返す。それだけの価値がある存在だと自他共に自覚があるのだが、こうもはっきり言われると傷つくものがある。そんな上帝を置いて、二人の師団長は顔を寄せた。

「如何だ、第五師団長殿。俺には魔の法はわからんが、血の匂いも薄く、俺は居心地が悪い」

「やぁ、それも当然かもしれませんな。魔の法も荒れてはおらず、平定そのものです。所詮噂とは申し上げたくありませんが、無駄足だったかもしれません」

「ふむ。念のため、近くの集落に足を運びたいところだが……我らには”坊ちゃま”が居られるからな」

「ふふっ…笑わせてくれますな。上帝に聞かれると、後々恐ろしいですぞ」

「聞こえておるわっ」

 微かに苦言を呈する第五師団長の言葉の後、上帝の憮然とした声が続いた。第二師団長は悪びれせずに肩をすくめただけだったが、上帝にも自身が浮いた存在なのを自覚している。大人しく彼らの指示に従いたいところだが、同じ上帝という存在に会ったことがない彼は、この件にどんな真実があるのか気になるのだ。異形であれば滅ぼすだけで良し、他の上帝であれば(お互い国境に縛られない尊い存在であるため)何かしらの話が出来るのではないかという願望、その他は、謀る存在であれば神聖視する民らや同伴している師団長らが許すはずもないだろう。人でありながら神の使いである、上帝。親父殿や尊ぶ民らに囲まれているが、どこか孤独感が付きまとう。幸せなのは間違いないが、どこか欠けていると感じる我が身に、上帝は何か探しているような焦燥感を感じていた。遠く何か探すように帝都の方角を見れば、そこにひょいっと冗談のような身軽さで、森から何か出てくる。師団長らは気がついておらず、いかにして集落に行くかの相談中だ。上帝の目に映ったそれは、虎。ここいらの地域には絶対に生息していない種であり、これが間違って上帝と呼ばれているのではと彼は即座に眉根を寄せた。

「そのような真実など望んでおらぬわっ。こんな、こんな単純な話などっ」

 事の真相がわかった気がし、上帝は逆に怒りが湧いた。視線の先の虎はこちらに気がついたのか、餌がもらえるとわかりきった様子でトコトコと近づいてくる。上帝を神聖視するあまり、野生の虎が懐くほどに餌を与えるのかと、一種上帝信仰の弊害を見た上帝は、虎が近づいてくる分、半眼の表情になっていくのを感じた。

 と、先ほどまで真剣に相談していた師団長らも虎の存在に気がついたらしい。一瞬目を見開きお互いの顔を同時に見合わせ、怒りに震える上帝を見て、第五師団長は笑いをこらえるのに失敗して「ぶっ」と吹き出し、第二師団長は隠そうともせず大笑いを始めた。

「えぇいっ、笑うな」

 思わず上帝自身が彼らを振り返り、怒りと羞恥の赤い顔で諌める事となる。近づいてくる虎は、まだ子供のようなきょとんとした幼い表情をしていたが、彼らが大声で笑い出すとぴたりと足をとめた。後ろ足を石畳の上に下ろし、じっと思慮深い顔で彼らを眺める。森から出てきた虎にとって、彼らの反応は初めてらしくじっと窺っているようだ。

「ぐわぁう」

 一声、虎が鳴いた。良いタイミングだったのか、益々笑いの壺に入っていく師団長らとは違い、上帝だけがはっと虎を振り返る。虎の鳴き声に交じり、声が、聞こえた気がしたのだ。驚いた上帝の目と合わさった虎の視線は獣と違い、理性の光を宿している。思わず、上帝が震えた。崩れ落ちそうになる衝撃でもあった。この機会を逃してはいけないと、上帝の中の理性が強く訴える。後ろの二人を残し、上帝は、そろりと虎に手を伸ばした。瞬間、第二師団長が真剣な顔で上帝の手を止める。

「何を…」

「御身は尊き存在。噛まれでもしましたら、如何します」

「馬鹿者っ、この虎は―――…」

 上帝が言い終わらないうちに、虎はさっと立ちあがると一駆け、二駆けと森へ戻っていく。一度だけ、上帝を振り返った虎の目は、人間が誰かを侮蔑する目だった。

 ―――――――――冷やかしの、役立たずか。

 虎が咆哮する。まるで罵倒され、いや、確かに虎はこちらを罵倒してきたのだ。虎と成れるためか、何を言っているのか、その意思が感じられる。上帝は歓喜に震えた。さらに森へと悠然と帰っていく虎を追いたく、上掛けのボタンを引き千切る。

「な、何をなされます」

 第五師団長がぎょっとして上帝の肩を掴んだ。説明をするのももどかしい上帝は、それに虎の顔と変化途中の顔を向け、咆哮した。

 ―――――――――放せっ!!

 間近で上帝の声、魔の声を聞いた第五師団長は、思わず手を離す。強い魔の乱れにくらりとすれば、ただならぬ気配を感じた第二師団長が上帝の脱ぎかけの上着を掴んだ。だが、それを脱ぎ捨てた上帝は下半身の装備はそのまま、森へと駆ける。

「ちっ」

 第二師団長が舌打ちして、その上着を放りだした。第五師団長を置いて、自身も剣と邪魔な上着を捨てて上帝の後を追う。

「うぅ…う…」

 前後不覚になったとはいえ、第五師団長、すぐさま意識を取り戻し、上帝の上着、同僚の上着と剣を拾い、森と街道の境まで場所をずらした。まだ、上帝の発した魔の乱れが頭痛を引き起こす。

「全く……これからどうするというのですか…」

 とりあえず自分は後を追えないと、彼は荷物番と待機という名の休憩を取った。


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