異形の王 後編
ご要望に沿っていると良いなぁと思いながら、番外編完結です。
他にもリクエストございましたら、是非感想板、活報、メールでお願いします。
異形混じりは、同族とは何とか意思疎通が図れるものの、多種族だと魔の法が使える者が通訳する必要がある。そういう理由で巨大狼であるセンは引っ張りだこだったのだが、彼は暇があればセンの傍に侍り、センのする面白い話を聞くのが日課になっていた。すると自然と、リンという同族とも話しをするようになった。最初こそ警戒していた彼女だったが、話してみると気立て良く、境遇も似ていたか、お互いに好感が持てる程には交流を持つようになる。時折センが微笑ましそうに眺めてくるのをやや苦い思いで流しつつ、彼は愛用の弓を肩にかけた。海が近くなったとはいえまだ海岸線には出ておらず、あと少しとなった目的地を前に、皆が只人や異形を警戒している。
「ヴァウッ」
異形混じりとなってから格段に良くなった聴覚と嗅覚を使い、先に何もないと合図すれば、慣れない鳥人がぎょっとしつつも頷いて、セン達に合図を送る。あと少し、目の前の丘を越えれば、海だ。鼻が痛くなる潮風を感じてくしゃみした彼は、一瞬気を抜いた。
「ワンッ」
くしゃみの余韻で顔を顰めていた彼は、高い声に呼ばれて苦笑しながら振り返る。一番に駆けてきたのはリンで、彼の様子を見ると甲斐甲斐しく手ぬぐいを渡してきた。有難く頂こう、渡そうと手を出し合った彼らだったが、低い地響きを感じて不安気に周囲を見回す。
「ヴヴゥ…」
不安そうなリンの傍に立ち、彼は低く唸った。雪崩にしてはここは山から遠く、それ以外には何が起こっているのか、彼らは思い浮かばない。センだけが大地と空とを見上げて前足で大地を蹴る仕草をした。途端、足元が大きく揺れ、彼らは驚愕に各自叫ぶ。鳥人は近くの枝から飛び立った。蜥蜴人や子供の中には大地に伏せる者も出てくる。咄嗟にリンを抱き寄せた彼もまた立っていられず、二人してしゃがみこんだ。ぎゅっとリンがこちらの服を握り込む感覚を感じながら、彼は何故か数を数えていた。それが丁度90を超える辺りで揺れの間隔が空くようになり、次第に感じなくなり、消えていく。
まだ揺れを感じるような気がするが、おさまった頃合いを見てリンの肩を取って引きはがした彼は大丈夫かと声をかけ、彼女からは頷きが返った。それを確認し、彼は、大急ぎで木の上の鳥人を呼ぶように吠えるが、上から鳥人のギャーギャー騒ぐ声が聞こえるだけである。
「ゥワンッ」
そんな折、一声、センが鳴いた。獣人にも単なる吠え声にしか聞こえなかったそれは、一喝だったのだろう。その場に大きく響き、シンと静まり、とりあえずは皆落ち着いた。緊張しているのか、角人は立ち上がって足を踏み鳴らし、蜥蜴人は舌をちょろちょろ出すものの、鳥人も落ち着いて地面へと降りてくる。
「落ちつけ、皆の衆。鳥人の皆は周囲を見てきてもらえるか」
堂々とした灰色の巨大狼がそう人語で話せば、返事は出来なくとも理解出来る鳥人の若長が頷き、数名連れて空へ飛び立つ。しばらくすると、若長だけ舞い降り、センへ何事か耳打ちした。不安気に彼らを見る他の異形混じり。しばらくするとセンは「うむ」と頷いて周囲を見渡した。
「三大陸の中心の海に、島があるらしい。あの方が行くように言われたのが、この島ではないかと思われる」
それを聞いて、一団は大地の揺れに怯えながらも先へと進んだ。しかしてそこには、海上に、それまで見た事もない影があり、彼にはそれが陸地に見える。大地の揺れの後、海の中心に新しい大陸が出来たのだと、そうして彼らは理解した。
その時彼は、センと以前話した事を思い出していた。新しい大陸が世界に生まれ、あの場所には、新しき上帝が居るのだろうかと。急に現実味が湧いて来たその話に、彼もまた興奮してきたのを自覚する。それは彼だけでなく他の者もそうであったようで、早速角人が森へ走り、在り合わせの船を作るために木を切った。全員分の船が出来るまでは随分と時間がかかったが、小器用な角人と腕力のある蜥蜴人の共同作業により二日とはかからない。船に乗り込み、海上に見えた影に近づいてみてやっと、ねじくれた彼の頭でも、新しい上帝が現れたのだと感じる事が出来た。まだ海から競り上がったばかりの、濡れた表面が光る。そんな時、ふと子供が空を指した。蜥蜴人だったので何を言ったのか、意味は分からなかったが、つられて視線を上げると、黒い竜が二頭、空を横切り、旋回するのが見える。
「クゥン…」
呆然とする周囲。固まってしまったその時間を共有して、彼は胸が詰まるような、寂しさに身を震わせるような、そんな気分になった。そこで、隣で同じく空を眺めたリンの声が聞こえ、彼ははっとして目から流れた涙を拭う。本当に居たとの思いと、彼と同じく異形混じりの姿に何故か泣きたくなったのだ。それまで人から隠れるようにして過ごしてきた不幸を、これからは無くなるのだと、理由も分からず強く実感した。そろそろ陸地に着くと言ったところで、彼はセンへ口を開いた。
「爺さん、信じるよ。天啓は俺達に下りた」
「やっと信じ……今、しゃべったか?」
普段なら吠え声になる彼の声はすべらかに流れ、普段通りに返事をしようとしたセンもぎょっとして振り返る。彼は信じられぬ思いで喉元を押さえ、だが、恐る恐る声を出してそれが人であった時のモノだと認識すると大きく吠えた。そんな彼の様子を窺っていた他の種族やリンもまた、恐る恐る声を出し、そうして種族間を越えて皆が皆、人であった時の声を取り戻したと気付くと、途端に大騒ぎし、隣に居た者と肩を叩き合い、間もなく皆が涙に暮れた。
☆ ☆ ☆
声を取り戻した異形混じりは、その島の調査として海岸線をぐるりと巡る旅に出た。それまでセンに非協力的だった者たちも目に希望を宿して一団に加わり、北側から回り始める。初め、見渡す限り岩山か下草の生えた所しかなかったその土地が、翌日には腰ほどの高さの低木が茂るようになっており、早朝飛び起きる人間が続出。三日後には背を越える樹木の存在を確認し、鳥人によるとそれの範囲が一気に広がっているようだとの事で、流石のセンも摩訶不思議な状況に首を捻るばかりだった。
鳥人の若頭は、持久力を持った長く飛行できる人間を選ぶと、早速調査の為に方々へと遣り、その原因が東の一の大陸から来る異形達にあると知った。そんな馬鹿なと笑い飛ばす事が出来ないのは、ここが新しき上帝の住む大陸だと皆が知っているからだろう。
見てきた者の話によると、東から小~中くらいの大きさの異形が島に上陸すると途端に水を弾くようにして身を震わせ、体に纏った黒いグニグニしたものを吹き飛ばすらしい。それが全て飛んでしまうと、中には見た事があるような、若干姿が変わっているような、動物の姿があり、それが島の中心に向かって駆けて行き、通った後に草や木が生えて急成長するのだと言う。では、飛び散った黒いぐにぐにはというと、宙に霧散してしまうらしい。やはり神秘の島なのだと皆で頷き、そのまま旅は続いた。
だが、簡単に島を回れないと気付いたのは、二週間を行動に費やした所だっただろうか。初めはまっさらな土地だったのが、今では樹齢何十年、何百年も経っているような巨木が行く手を遮っている。また、異形から変化したらしい動物も、ウサギのような小型ならともかく、熊の様な大型の、それも猛獣を目にし始めてから、彼らは元来た道を戻る選択をした。どこか腰を落ちつけられる場所を拠点にしようとの考えに傾いた一団は、始めに辿り着いた海岸へ戻り、そこが予想以上に広い土地を持ち、少し奥に進むと川があると知って、村を造ることになる。
奇しくも、その場所からほど近い海岸線には、この島を治める上帝やその従者である竜の異形の男が居るとの話が出た。周囲を散歩と称して遠出したセンが、魔の法の気配を辿って出会ったと言う。その話を聞き、一番に、どんな人物であろうかと興味が湧くのは人として当然だ。地熱の残っている森の手前の土地を蜥蜴人が、森の手前を角人が、その対面側の森を鳥人が、海岸線前を獣人が集落として家を建て、上帝たちの住処の境、村はずれをセンとリンそして彼も住む家を建てて、落ち着いた頃だったというのもあるだろう。
当日、センとも知り合いだと言ったその方に会えるのを密かな楽しみにしていた彼が会ったのは、黒髪のふくよかな女性と、その横に立つ、威圧感満載の騎士だった。最初は、その騎士然とした男こそが上帝だと思えるほどに、強く本能に、強者に従えと訴えてくる存在感だった。だが、その日の夜、彼は思い知るのである。
最初は、風の音だと思っていた。それが女の悲鳴だと気付くと、彼はリンを心配して彼女の部屋の前にやって来ていた。ノックすると、彼女も耳としっぽを垂らせて怯えている。何とかなだめようとする彼の目に、センが家の外に出ていくのが見え、リンを伴って、彼もそれについて行くことにした。
ゆったりと先導するように歩くセンから距離を取って、そろそろと二人支え合って歩く。こちらが風下でセンには気付かれにくいのだが、彼の匂いに混じって、柔らかな女の肌の匂いもしてきて、さらにその方角が上帝の居る海岸線だと気付き、彼は顔を顰める。小高い丘になり、そこから海岸線を見下ろす場所へ登ったセンは、そこで足を止めて、彼らを振り返った。気付いていたのかと苦笑すると、困ったように顎で指す。
支えてきたリンを見れば、彼よりも余程困惑顔で早足にセンの傍へ駆け寄った。一言でも唸り声を上げられないような圧迫的な空気が風に乗ってやってくる。覚悟を決めてそろそろと丘の岩から顔を上げた二人が見たのは、月明かりに照らされて泣き叫ぶ、昼間会った女性だった。
喉よ裂けろとばかりに嘆き、首を掻き毟り、髪を振り乱し、砂地に倒れ込んだかと思うと、大地を殴りつけ、そうしてまだ足りぬと暴れまわり、七転八倒し。絶えず喉からは低く響き広がるような、想像できない声が溢れている。その様子は異様でもあるが、それよりもっと異常な事に気付き、彼はセンを振り返った。嘆く女の周囲に、薄い靄のような黒い影が集まっているのである。それは、異形と呼ばれるものだと彼も良く知っていた。だからこそ危険だとセンを振り返ったのだが、彼は首を横に振る。まだ見守っていろとの目に黙れば、その異形たちは彼女の周囲に集まりはするものの、それ以上動かず、彼女が嘆く度に体から黒い靄を飛ばし、薄く薄くなっていく。
「浄化であろう。彼女なりの」
恐らく彼女自身に浄化しているというつもりはないのだろうとセンは言う。彼女が強烈に郷愁に襲われるのは、こうして見えない異形たちが、この島に集まって来た異形混じり達が、この世界が、抱えている嘆きを半自動的に彼女が受け取ってしまうからもあると、魔の法の流れを見て推測したと言う。彼女が嘆きを共有し、共に嘆き悲しみ、苦しみ、しかしどうしても人を傷つけられない優しさが根底にあって、だからこそ、嘆きの浄化のために彼女が選ばれたのだろうとセンは悲し気に目を細めた。異形混じりがここに来て声を取り戻したのも、彼女のお陰だとわかり、彼は苦し気に顔を顰めた。まるで生贄だと歪む彼に気付いたか、不安気にみていたリンもまた同じ表情をしている。それは、彼らが知る、どの上帝の姿やイメージとも違っていた。
「特異な上帝よ。だからこそ、傍に侍る存在がいるのだろうな」
センが言った直後、ゴッと風が吹き、上空から黒い巨大な影が降りてくる。それは地上に近づくにつれて強風を吹き荒らして黒い靄を吹き飛ばし、人型へと成り、頭を抱えて絶叫する彼女の傍に舞い降りた。
『御方!!』
制止を吹くんだ強い声が響く。それにびくっと一等反応した女性は、しばらくその姿勢で固まっていたかと思うと、ゆるゆると顔を上げ、大泣きしていただろう赤い顔で笑みを作る。遠くからでもそれを見て、リンが悲鳴のように「キュウン」と声を殺した。大暴れしていた姿を見たせいもあるが、あまりに痛々しいそれ。彼はリンの肩を抱きしめながら、自分の動揺もまた抑えていた。
「帰ろう」
やっと言えた言葉はそれ。きっとこれは暴いてはいけない事なのだ。あれだけの苦しみを抱えながら、人の目があれば途端に無理をしてしまう黒髪の女性の姿を見、その矜持を傷つけてはいけないと彼は思った。それに同意なのかセンは二人をそっと家路に押す。どうするのだと振り返った彼に、センは微かに笑うと、「儂の毛皮はふかふかで、癒されるだろう?」と冗談まじりに言った。恐らく、黒髪の彼女の傍にいるつもりなのだろうと気付き、震えるリンを促して彼はそこを後にした。
ここは、世界の中心、新しき上帝の住まう場所。世界を癒す心優しい女性と、彼女を支える強き王の治める場所なのである。




