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KARINA  作者: 和砂
本編
47/51

KARINA3


 建物ごと突き上げる強い振動を感じながらリキに押し倒されたインとリチョウは目を白黒させたが、部屋中の備品が落ちてきてそれどころではなく、はっとする。リキも予想できていたのか、すぐに気付いて彼らの頭を抱え込み、すかさずインも、三人の周囲に風の防護を呼び込んだ。風の力で多少の衝撃を和らげる魔の法だ。それからどうなったのか、揺れが収まってくるのを待ってリキの下から這い出したインとリチョウは、首や背で落下物を支えているリキに代わり、彼の上に圧し掛かっていたタンスやらを退かした。四つ這いの状態から立ち上がりながら、リキ。

「ご無事ですか、若」

「あぁ、大事ない。お前こそ、どうだ、リキ」

「まぁ、何とかと言ったところですな。して、如何なさいます」

 パンパンと手を叩いて埃を払うリキが周囲を見渡せば、周囲は滅茶苦茶。まだ細かい揺れも続いているという状況で、彼は冷静に逃走路を探すように眉根を寄せる。変わってインは「大地が揺れるだなんて…」と動揺を隠せず、落ちつきなく自身の槍杖を取りにいった。リチョウも無意識に風の流れを読み、東棟の内部はこの部屋同様になっていると知り、ため息を吐く。

「とにかく、一旦外へ出よう」

 再び揺れが来れば、今より酷い状況になりかねない。リチョウの言に、リキは歪んでしまった部屋の扉を力任せに蹴り開け、扉前で倒れていた銅像を退かす。それをひょいっと飛び越えたインは、階下へ続く階段が無事なのにほっとした。辺りでは使用人たちが互いに協力し合って救助を行っているのが見て取れ、客人である三人の様子に注意を払うどころではない。

「これは…良い機会かもしれませんな」

 リキがぼそりと周囲を見て言った。彼が言うのは、警備が厳重な西の棟へ行けるのではといった事だ。それにインも軽くにやりとしながら「不謹慎ですが、私もそう思いますよ」と返す。

「よし、では」

 三人は軽く頷き合うと、そのまま階下へと走り下りた。風で読んだ通りの荒れ様の中、適当な所から東の棟を出て、インとリキが周囲を警戒しながら、一旦外へ。続けて飛び出したリチョウは、真っ直ぐ西の棟を仰ぎ見る。東棟に隠れるように佇む小さな西の棟の影を目に捕え、その下へと視線を動かすと、同じ方角から支え合うようにして歩いてくる黒髪の人物を見つけ、ぴたりと止まった。一人は真っ黒な装束の男、そして。

「――――っ、侍女殿!!」

 いっぱいに開かれた目で彼女の姿を見、リチョウは頬を上気させた。弾けるような誰何の声に、ふらふらと歩いていた人物の片割れが顔を上げる。黒の直毛に異国風の顔立ち。こちら三人の姿を交互に見て、軽く目を細めて見せる彼女。間違いなく、リチョウの探していた二の大陸の侍女であった。

 彼女が黒い竜の異形に攫われた時、咄嗟に風で追ったものの、三の大陸に入った辺りから、全てを惑わす三の上帝の強い力に遮られて上手く居場所がわからなかった故に、ひょんなことで会えた事が嘘ではないかと思ってしまう。一刻も早く幻でないと確信したくて走りだそうとしたリチョウだったが、遠目にも侍女が困ったような顔をするのを感じて困惑に足を止めた。さらに、彼女の隣、同じく黒い直毛の男が恭しく彼女に触れて支えているのを見て、小さな苛立ちが湧く。何処か見覚えがあるような気がするが、二の大陸にあの様な直毛はいなかったし、三の民の様にも見えない。すると、リチョウの声に振り返ったリキとインはピンと来たらしく、「まさか」と声を揃えた。まるで幽霊でも見たかのような二人の顔色に、リチョウの方が困惑する。戸惑う主人を余所に、リキは剣を、インは槍杖を手に、彼の前に出た。

「侍女殿、こちらへ」

 無心を心がけているのか、酷く淡々とした声を発したのはリキ。隠す様に伏せた鋭い視線は、侍女の隣の男へと向けられている。

「攫われたとあって、心配していたのですよ」

 リキと対照的に朗らかな声を出したのはイン。けれど、彼も緊張しているのか、手を差し出しつつも、威圧的な槍杖から手を離そうとしない。まるで敵と相対しているような緊張感で、リチョウは「どうした」とも言えずに黙りこむ。すると、彼女を支えて歩いていた黒い甲冑の男はイン達の雰囲気を察したか、軽く眉根を寄せて、「御方」と彼女を庇うように後ろに下がらせた。素直に従う彼女の様子も気になるが、瞬間、リチョウもその声を思い出していた。

「貴様、あの時の…っ」

 リチョウの脳裏に、二の大陸での事がぱっと浮かぶ。上空から降って来た、金の瞳の黒い竜。それが侍女を捕える直前、彼女にかけていた声と同じものを目の前の男から受け取り、リチョウは顔を険しくする。竜の異形だと思っていたが、人型にもなれるのかもしれない。言われてみれば黒い竜と近い印象を感じて、リチョウは虎の時のように歯を剥いた。すぐにも隣の侍女と引き離したかったが、怒気を纏うリチョウを見て、彼は一度悲しげな顔をしたかと思うと、一の大陸の騎士がするように礼を取ったので、思わずリチョウは呆気に取られる。

「猛々しき、一の上帝…」

 見慣れたそれに、リチョウがさらに違和感を感じて、彼の顔をよくよく見ると、二の大陸に渡るもっと以前に見た者だと気付き、片手で口を覆った。

「お前、死んだはず―――っ」

 なるほど、イン達が警戒するはずである。確かに看取り、墓を建てた人物の出現にリチョウも戦慄し、そしてしまったと思った。もしや異形として蘇ったのだとしたら、隣の侍女を危険にさらすことになると、顔色を失くしたリチョウだったが、彼の心配を余所に、黒い男は礼の姿から立ち上がると、「私達をどうかお通しください」と懇願してきた。予想外の行動に、再び困惑に塗れるリチョウ達。「私達?」と繰り返しながら侍女を見れば、彼女も困った顔で成り行きを見守っている事に気付く。

「どういうことなんだ。…いや、それよりも、侍女殿。こちらへ」

 どうやら異形らしき黒い男と話はできるようだとそれだけ考え、リチョウはもっと優先すべき事項を告げて、「共に行こう」と、二の大陸でした時のように手を差し出した。黒い男はリチョウの言が予想外だったか、びくりと体を緊張させて顔を険しくさせる。そちらも困惑顔になると、背後の侍女をちらりと振り返った。だが、それよりリチョウが気になるのは、二人の視線を受けた侍女が、さらに困った顔をした事だ。なかなか手を差し出さない彼女の様子に、嫌な予感を感じた彼は手が震えた。

「お気づかい、ありがとうございます。でも、私は、行かないといけません」

 「何」と尋ね返す声も震えていた。憎い敵であるはずの黒い男の方が、彼を慮って痛ましそうな顔をするのが見える。元々一の大陸の民である奴がこちらに敬意を向けているのも分かったが、侍女の言葉の衝撃に、彼は何も言えなかった。きっと、彼女は手を差し出したら取ってくれると思っていただけに、裏切られた気分に落とされる。そんな彼に、彼女は苦笑混じりに「貴方の言った通りになりました」と口を開いた。何の事かと尋ね返す事も出来ないリチョウに、彼女は二の大陸の時の会話をゆっくり思い出している。

「役目、なんて言いたくもないけれど、私を信じてくれる、頼ってくれる人のためにも、定められた土地に行かなければ。まだ、帰郷の夢は捨てきれないけれど、前向きに役目を考える程度には、成長出来たと思います」

 彼女を引き止めたくて言った言葉だと、彼は斬りつけられたように顔を歪めた。あの時彼女を傷つけた言葉が、今度は自分に返って来て斬りつける。違うと彼は言いたかった。彼女を自分から引き離すために言ったわけではない、彼女と共にあるために言った言葉だと。喉元がかっと熱を持った。また孤独だと嘆く事になるのかと叫びたかったが、反対に、やはり断られるのかという思いも脳内に浮かぶ。上帝は一つの大陸に一人きり。彼女もまた彼の同胞だとするならば、彼女のための場所があるはずなのだ。それが自分の傍だと思っていた。天が自分に与えてくれた対だと。完全な思い違いだったようだが。

 涙が出そうだと思ったその時、不意に天啓が降ってくる。黒髪の寂し気に微笑む彼女には”夜の王”の名と、また、彼女に付き従う黒い男には”異形の王”と。瞬間、彼は黒い男を討ち滅ぼすべき存在と認識し、肩を怒らせた。一方、ギョウもリチョウの変化に、というよりも天啓の気配に気付き、ある程度予測していたか彼女の肩をそっと引いた。険悪になる二人の雰囲気に、彼女は余計に焦った顔をする。

「やめて。やめてください、ギョウさん」

 引かれた肩をふりほどいて、彼女はリチョウとギョウの間へ出る。リチョウだけでなくイン達からも殺気を当てられているギョウは居心地悪そうに身じろぎしたが、鋭い牽制の視線を彼らに向けた後、「仰せのとおりに」と両手を下げた。彼の両腕には異形のような真っ黒な、けれど確かに魔の法とわかるものが纏わりついている。只の異形ではないのかとリチョウたちは困惑する中、さっとリチョウへと顔を向けた彼女は、「ここで争うことは、無意味です」と、険しい顔で訴えた。

「今、世界は動いている。………貴方は定められた一の大地の上帝。それが誇りだと言った、貴方の信念を忘れないでください」

 彼女がそう言うと、それまで霧がかかったように重かった頭が晴れた。再び天啓が起こり、彼は目を開けたまま、一の大陸の森という森から異形が溢れる幻を見る。それからぶわっと風が巻き起こり、それらは一瞬で他の大陸まで駆け、砂漠のオアシスを守るカフカの姿や、三の大陸の霧を動かすナナシの姿を見せた。

「どうか、貴方は貴方の大地を守って」

 幻が消えると、目の前に黒い髪の、年上の女性が真っ直ぐこちらを見て言った。そこですとんっと気分が落ち着く気がした。今度こそ本当に、思春期との別れなのかもしれないとリチョウも思う。ここにとどまれない程身の内が暴れるようで、けれど、このまま死んでしまうのではないかと言うほど不安で、泣き叫びたくて、鬨の声を叫びたくて、そのどちらも出来なくて、涙が流れる。こちらを労わるような表情だが、決して手を差し出す事なく、彼女は彼を見守っていた。

「我は、リチョウ。一の風虎。―――侍女殿。最後、…最後だ。貴女の名を教えてほしい」

 目を乱暴に拭いながら、リチョウが言えば、少し考えた後、彼女も口を開いた。

「―――カリナです、リチョウ様」

「カリナ殿……」

 目尻は赤くなっているかもしれないが、完全に涙が止まってからリチョウは彼女を見た。それに微笑みを浮かべて「はい」と答える彼女を眩しく見て、小さな喪失感にリチョウは呻く。

「我は、在るべき地へ戻ろう。貴女と会えて、良かった」

 本心ではそれと真逆の言葉が渦巻いていたが、差しだした手を握られた時、それ全て昇華したような気分になって、彼は泣き笑いした。何か感じ取ったか、それとも戸惑っているのか、インとリキが静かだなとリチョウが振り返ると、二人とも死にそうな程顔色を悪くしている。呆れを通り越して悪態をつきたいかのような顔をしていたので驚いて目を開くと、インが溜息を吐きつつ傍に寄って来て「意気地がないですぞ」と言い、リキは「次にこの様な事があれば、俺は職を辞す」と言いきった。

「何なんだ、お前たちはっ!!」

 恐らく背後の彼女や黒い男には聞こえていないだろうが、リチョウは少しだけ調子を取り戻して声を荒げる。そして背後を振り返り、微笑ましそうにこちらを見守るカリナに微苦笑した。

「また、会おう。新しき、夜の女王」

「えぇ、また」

 別れの挨拶を交わすと、背後に控えていた黒い男が黒い魔の法を纏う片手を上げる。彼女は彼を振り返り、手に片手をそっと触れ合わせた。次の瞬間の事を理解できなくても、リチョウには天啓として当然の事とすとんと納得してしまう。目の前には、黒い竜が二頭立っていた。それは、どちらともなく轟音のような咆哮を上げると、被膜を羽ばたかせて飛び立った。

















 もう一頭の竜を気遣いながら、黒い竜が空を滑る。生まれたばかりのような不安定な飛び方をする竜は、強風を受けて飛び上がる行為自体にも好感を持って、伸びをした。それは、黒い髪の、異世界から来た女性が化身した姿。彼女が羽ばたく度に、その背には黒く重い影が纏わりついて体を重くするが、今、始まったばかりの時間はまだ軽い物であり、彼女は世界中から嘆きが集まってくるのを感じながら、恐らく人生最後の空の旅を楽しんでいた。

 彼女らが目指すのは、円状の大陸の中心、海から浮き上がった大きな島。各大陸の異常を起こした原因であるこの島は、彼女らが到着する頃には全貌を晒していた。海底火山の噴火により隆起したそこは、未だ熱を持つ、冷えかけの溶岩の大地である。着陸できる場所でなく、二頭の竜はその上空を旋回した。

 この時、彼女らにも、恐らく世界中のモノ達にも天啓が降っていた事だろう。一の大陸からは異形そのものが、二の大陸の砂漠からは異形となった生き物たちが、三の大陸からは異形の人々が、世界の中心に向かって雪崩れ込むように、大移動を始めていた。パニックを起こしたように我先にと衝突していくそれらを感じ、片方、鋭く飛ぶ黒い竜が大きく吠えると、暴れていた世界中の異形たちがびくりと、恐怖に固まる。そうしてもう一頭が吠えると、同調するように異形達が変化していった。

 二の大陸からやってきた大きな砂クジラのような異形は、鱗を持った様々な魚へとぱっと変化し、島の周囲をぐるりと泳ぎ出す。一の大陸からの異形たちは、その半数は見た事もない植物へと溶岩の大地を癒し、緑の大地へと変化させた。その半分は、麗しい緑の草原となったそこに着地すると、見た事もないような動物となって駆けていく。最後に、三の大陸から遅れてやってきた異形の人々は姿そのまま、”声”を取り戻して泣いた。

 その地は、荒ぶる魂を内包する”異形の王”の治める場所であり、世界の嘆きを抱き、癒す、異形たちの上帝の住まう場所。新しき上帝の御名は、カリナ。

 その日、世界に異形達の、新しき上帝が誕生した。


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