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KARINA  作者: 和砂
本編
40/51

三の上帝4


 昨日出来たたんこぶが痛い。温かな図書館で植物図鑑らしいモノを眺めながら、彼女は昨夜の出来事は一体何だったのかと、ある毎に思い出してはため息を吐いていた。白い男を追い出してから四苦八苦して拾い集めたクッションも、今朝方やってきたカンに「どうしたんだ」と変な目で見られるし、白い男からは「言うな」と言われているしで、適当なところを誤魔化して、彼のご機嫌に触れたのだというだけが精いっぱい。彼女の前だと異常な三の上帝も、王城の者にはそうでもないのか、カンになおさら変な目で見られたりした。あの白い男は一種精神を病んでいるのか、二重人格的な性格なのだろうかとさえ思う。暴力沙汰とはいえない程度の暴走だったから良かったとはいえ、アレが本気で殴りかかってきたら彼女はどうする事も出来ないだろう。やはりギョウについてきてもらうべきだったかと、軽い思考を止めて彼女はさらにページをめくる。白いバラの挿絵が書かれており、少し和んだ。

「ふぁっ」

 ぼうっとしながら読んでいてかれこれ数時間は経っただろうか。昼食後に来たので次第に眠くなり欠伸をする。何だか軽い頭痛もするからと図鑑を閉じ、彼女は元の棚へ返却した。そうして、カンに言われた謎の禁書についても思い出し、以前の場所を周って帰る事にする。あの赤い本はそれほど奥まった所にあったわけでも、薄暗い場所にあったわけでもなく、今来た列のように、適度に床の反射に照らされた場所にあって、赤い色で目立っただけだったのだ。こう、簡単に手を伸ばして届く高さの棚に。

 指を伸ばした姿勢で彼女ははっとする。指先に本のぐらつく感覚があって、焦って爪先立ちすると、額にバンっと本が落ちてきた。一斉に雪崩が来るかと身構えた彼女だけれども、落ちて来たのはその本だけで、痛む額を摩りながらそれを拾う。その本を認識して、ぞっとした。

「―――え?」

 赤い背表紙、そして親指と人差し指でつまめる程度の厚さしかない本。カンと一緒に探した際にはなかった、あの本である。どうしてこの本に手を伸ばしていたのか、自分の行動が思い出せず、薄気味悪さを感じながらも彼女は、カンに言われていて気になっていたからだと自分を誤魔化した。ともかく、これの中身を見ずにカンに渡せたらいいのである。司書も居ないこの部屋から赤い本を持って出、彼女は廊下を歩いた。

 彼女の部屋に戻るには、図書館から真っ直ぐ出て突き当りを左に、さらに真っ直ぐ突き当ってから右、すぐの階段を上がるだけである。元々方向感覚の良い自分、迷うはずがない。けれど。

「――――――何で?」

 はっと彼女が足を止めると、何故か屋内でなく屋外にいる。それも、雪深い庭の目の前には西の棟があるのだ。最初、寒いなと思って立ち止った時、何の冗談かと彼女は思った。何故か彼女は屋外に出て、何故か足が西の棟に向かっているのだ。あんまりぼうっとしていたにしても、酷い間違いだ。彼女は急に恐ろしくなったが、まだ見える範囲に東の棟の渡り廊下があると、そちらに歩いて行った。廊下について一息。また同じ様に真っ直ぐ歩いてつきあたりを右に、の所で渡り廊下に戻っている事に気付いて目を見張る。

 この本かと、彼女は手に持つ絵本に視線を落とした。図書館から持ち出し禁止の魔の法でもかかっているのだろう。もう一つの可能性が浮かび、少しほっとして彼女は図書館に足を向けた。つまり本を戻して、またカンを呼んで来れば良いのだ。とにかく、自分の部屋に戻りたい。渡り廊下の先は図書館なのですぐに着くと思っていた彼女は、三度雪の積もる庭に出て今度こそ赤い本をまじまじと見た。不気味に光っているわけでもないし、ガタガタ動くわけでもない、勝手にページが開くわけでもないし、大人しいものだ。なのに、彼女は部屋に戻る事ができないでいた。最後の手段と、本を雪の上に置いて彼女は歩き出す。が、今度は10歩も歩かないうちに本の前に戻っていた。叫ぼうか、と彼女は考える。もう十分怖いのだが、まだ日のある時間帯である。人も見える。叫べばこのまやかしが消えるのではないかと考え、しかし、声が届かなかったら大声で叫び出しそうだとぐっとこらえた。

 さく、さく、と雪の上を歩き、置いた本を拾う。この本はどうしても自分を西の棟へ連れて行こうとしている気がして、彼女は庭の冷たい石に腰かけた。西の棟は内部がどうなっているかわからないので行きたくない。あとは本を読んでいる自分の姿を見て、カンが慌ててやってくるのを待とうと決めた。そして彼女はページをめくる。

 本の内容が変わっているかと思ったが、そうではないようだ。前と同じように最初の上帝が降り、彼女が泣いている。あの文字もまったく同じだった。恐る恐る彼女は次をめくる。彼女の膝の上には、小さな子。おかっぱみたいな短い髪の子だ。男か女かもわからないその子と最初の上帝が向かい合っている。あ、これは親子かなと彼女は思った。確か前に見た夢で子供がいるとかそういう話が出てきたような気がするのだ。

 そう言えば、なんであんな夢を見たんだ。シーナの夢はきっと自分の願望が混ざったものだと思えたが、あの映画館のような夢は一体…。いやいや、しかし見た事ない場所だと思っても実際は記憶の何処かに残っていてそれっぽく夢で出てくるとか何とか本に書いてあったし、子供の頃からそういう既視感はよくよくあった。だからあれはそれの一種だ、きっとそうだ。冷たい石の上なせいか、ぶるりと背筋が凍え、彼女は落ち着く様に二の腕を擦る。

 二人っきりの部屋の絵から、次に飛び込んできたのは通夜のような絵だった。中央の台座で最初の上帝が横になり、その子供らしき人が花を手向けている。子供の大きさは変わっていないので、その子が小さい時に亡くなったんだろう。何と言うか、絵本にしては最初からヘビーな内容だなと思って、気軽にページをめくって彼女は混乱した。竜の絵が一面に描かれている。それも、ギョウのような真っ黒い竜だ。絵本の簡略化された竜だったけれども、口からは真っ赤な火を吹き、爪と牙は鋭い。あまりに急な内容転機だったから、一瞬気分が悪くなる。これは、子供が大きくなって竜をやっつける話なのだろうかと怪訝の顔のまま次を見れば、円状の大陸がばすっと三つに分かれた絵が描かれていた。

「―――は?」

 多分、この円状の大陸を分けたのは竜だろうと予想がついたのだが、次をめくろうにもそこでページが終わっており、破いた後もないことから、どういうことだと彼女は首を捻った。文字が読めないと内容がさっぱりだなと思って、冒頭部の文字を追えば、所々あのセリフらしき文字があるが基本的には三の大陸の文字だとわかる。一体どういう本だったんだと、もう一度最初から見直した。天から降りてくる最初の上帝の姿。泣き暮らす彼女の姿。子供を膝にかかえて向きあう彼女、子供に看取られる彼女。そうして、次のページが竜。子供が成る理由もないし、これは無くなった彼女が変化でもしたのだろうか。

 あのエルフのような女性は、ドラゴン?

 けれど彼女のように白くなく真っ黒だなんて、何の冗談だ?

 ぱたんと混乱を鎮めるために本を閉じた彼女は、ふらりとこちらにやってくる白い人物を見つけて、無限ループの呪いが解けたと思ってほっとした。彼がこちらに気付いたということは、無限ループが解けたと思ったのだ。仮にも三の上帝、彼ならここから連れ出してくれると思ったのである。しかし、歩いてくる様子を見て、彼女は次第に嫌な予感がした。昨夜のアレと同じ、大人の体をしているのに子供の様なよたよたした歩き方をしている気がしたのである。もう一度、彼女は赤い本に目を落とした。確かに、ただの本の様に大人しい。けれど、もう一度やってくる上帝の姿を見る。彼の目が魚の目のように無情なのを確認すると、彼女は赤い本を持って走りだした。東の棟には入っても意味がない事がわかっていたから、心を決めて西の棟へ。

 この本は、ダメだと強く思う。幸いな事に白い男はよたよた歩きで、彼女に合わせて急に走りだしたりはしないようだ。けれど、西の棟へ入ったというのに、こちらに彼はやって来ている。ただ入るだけでは駄目なのかと、ホラーゲームの中に入ってしまった気分で舌打ちした。とにかく、彼にこの本を与えたらゲームオーバーな気がして、出鱈目に走った。決して早い方ではないので、完全に撒く事が出来ないのが腹立たしい。二階に上がり、息を切らしながら直線廊下をダッシュ。時折階下や階上、渡り廊下と行くのだが、途中の階段が辛くなってきて徐々に徐々に距離を詰められている気がする。

 怖い。この本もだが、意識のないようでしっかり着いてきている白い男が。やっと表情やどういう人隣りか測れるようになってきたこの人が、こんな無機物みたいな顔をして追ってくるのが。それも全部、この本のせいだろうか。それとも、昨夜、あの言葉を書いたせいか。

 走る、走る、走る。もう何度か同じ場所を行き、汗をかいて別の階へ。追ってくる足音を気にしながらどこの部屋にも逃げ込めず、ただ走る。と、もう何度目か廊下の色が変わった。少し青みがかった色で、そこに古ぼけた赤い絨毯が敷かれている。ずっと下ばかり見ていたと、少しずつ視界を上げていく。先はつきあたりになっていて、大きな扉があった。

 そうだ、とまた彼女は我に返った。これも夢で見た。青みがかった石畳の廊下、古ぼけた赤い絨毯、そして視界が切り替わって、細い白い手がこの扉を押すのである。ゆっくり、ゆっくり扉が開くのだ。中は誰かの個室の様で、調度品があって…。すっと、本を持たない方の手が伸びていく。まるで吸い込まれるように扉へと。

 ――――――あぁ、あぁ、失敗だった。

 ここになって彼女は気付いた。この本は白い男に渡してはいけないと同時に、ここにも持ってきてはいけないのだ。だって、この中で待っている白い子供は―――。

「誰か…っ」

 勝手に転がって行く体は、自分の自由にはならない。唯一動いた口に声を乗せれば、夜の風の匂い。昨夜、こうやって意地の張り合いをしただなんて、ずっと昔の事の様だ。

「―――っ!!」

 バンっと大きな音と共に、前に飛び出す男の姿。顔面蒼白でつり上がった眉は、彼の感情を強く押し出しているのだろう。目のあった一瞬は恐怖を感じて、反射的に心臓が早鐘を打つ。よく、似ている。すとんと彼女の中で何かが閃いた。理由などない、出鱈目なイメージ。だけれど―――。

「貴方が、”王様”」

 部屋の扉を背に、目の前に飛び出してきた金髪の直毛に青い目の守人は、微かに瞠目してから目を伏せた。


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