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KARINA  作者: 和砂
本編
33/51

ゆりかごの城2


 白い男が屋敷から居なくなって数日。鬼の居ぬ間に何とやら、獣人種の牢屋があったのだから他のもあるのかと鍵束片手に散策を初めてすぐに、今度は艶やかな鱗を持った蜥蜴種の人達も発見した。さらに尖塔部の屋根裏からは鳥人種、屋敷から出て少し歩いた小屋には角人種も居り、兎に角人手が欲しいとその全てを屋敷に招いて生活の役割を分担する事になった。

 元旅籠屋のお嬢さんと角人の料理人、蜥蜴種の料理人見習いが台所を、他騎士の小姓として働いていたという鳥人種や蜥蜴種の数人が屋敷の使用人よろしく働いてくれている。そしてこの屋敷での責任者が、鍵束を持つ彼女を筆頭に、彼女の従者であるギョウ、さらに獣人種の完成体である巨大な犬―――センという名らしい―――の三人という図が出来ていた。とはいえ、彼女は単に鍵束を預かるだけであるので、実質采配は全て元騎士のギョウと、どうやら学位の権威らしいセンとで行っている。そうなると彼女はあまりに暇だったので、何か手伝う事はないかと周囲に尋ねて回るも、鍵束を持っている、つまり上帝の側近のように思われているらしく、全てに恐縮されて断られた。仕方なく彼女は集団で集まれる広間を締め切り、子供と一緒に暖を取っている。

「昔々ある処におじいさんとおばあさんが…」

 区切らず棒読みになってしまうが、昔聞かせてもらったり本で読んだ童話を、つっかえつっかえ話すのが最近の仕事となっていた。それで誤魔化されてくれるのはほんの小さい子ばかりで、小学生高学年ぐらいの年齢の子達は早々に飽いて、いや、彼らの矜持に触れて―――そもそもその年の子は働くのが普通らしい―――狩りなど、屋敷の中で出来ない事を率先して行いに出た。だが、獣人種はともかく、変温動物である爬虫類の姿をしている蜥蜴種の子供達は短時間で凍えそうになって帰って来てしまった。今は獣人種と角人種が持ち帰った薪の管理や、藁のような植物での靴の制作を行っている。また、少女らの中には、どこからか織り機も引っ張り出して布を織る者もいた。

 続きをせがんでいるのか、体で遊ばれているのか。時々手やら頭やらをかじられながらも、彼女はそうした子達を見ながら、過去、彼らぐらいの年の自身はどうだったかを考える。

 上手ではないが編み物やら手芸も一通り経験があり、無地の布ならば織り機の加勢も出来るのではと考えたが、彼女ら程美しく、売り物として素晴らしい出来になるかと言われるとそうでない。ならば料理はどうだと思っても、大量に食べるのは得意だが、店を開く程の腕前はない。皿洗いも、洗剤もなく、藁を束ねたような物で水で洗う状態では、やれない事はないが、すぐに手があかぎれて血が出て使い物にならなかった。本当に、どういう仕事をして自分は自分を養ってきたのだろうと、呆然とした。

 施術の技術は持っていると思っていたが、この世界ではそう長生きする者も少なく、医学の技術も発達していない現状、障害回復への手助けする機会は少なかった。元の世界でだって、完全に独立するのではなく、やはり誰かの手を借りての生活に戻る人の方が、圧倒的に多かったのだ。そこで無力感を感じていて、ここで感じないわけはなかった。

 自分は、どうやってお金を稼ぐのか、知らないのである。この絶望感ったらなかった。よく空想小説では、地位の高い者に保護されてやっていく主人公が描かれていたが、そもそも人付きあいも苦手、腹芸など皆無な自身では不可能だと、さらに落ち込む。

 その無力感の代わりに、少ない自分の知識の中で、彼女は小学校の算数・理科の知識を子供らに教えたり、こうして昔話をしたり、自分がやった遊びを教えて、なるべく大人達の邪魔にならないようにするしかなかった。そういう事をギョウへ相談すると、「そのような事をされる必要はございません」としきりに恐縮される。この人にとっても自分はお荷物なんだなと、そうして再び感じさせられた。

「捗っているか」

「センさん」

 巨大な犬の姿では何もできないからと、屋敷内の巡回を終えた彼はこうして子供部屋へと戻ってくる。頭に登られたり、肩に噛みつかれたりしてボロボロになっている彼女を苦笑すると、一声吠えて子供達を怯えさせた。叱る際は女性より、男性の方が迫力がある。けれども、どうしても我慢できない際は、彼女も手を出して子供を泣かせているので、そこまで心配されることでもないのだが、彼なりの親切なのだろう。

 これがギョウだと、子供であろうと叩き落そうとするので、こっちがハラハラする事がしばしある。そういう点は、初対面の彼の乱暴な印象と何ら変わりがなかった。彼の中で神格化されると、異様な程に敬われる反動かもしれない。

 彼女の体をアスレチックにしていた子供は素直に下り、センは彼女の近くに体を横たえた。

「普通、計算などは金のやり取りで覚えていくが、お前のサンスウとやらは面白い」

「私の故郷では、子供時から教育が大切だとされ、義務として学問を修めるようにされていたのです。とはいえ、不真面目な生徒でしたので、覚えている内容など少ないものですが」

 つい口が滑れば、一つ頷いてセンが指摘する。

「ふむ。一の大陸から来たと聞いたが、違うようだ。そんな楽園のような場所は聞いたことがない」

「私は、一の大陸の者ではありませんので」

 博識と呼ばれる彼なら何か知っているかと思い、膝の子供を下ろして彼女はそっと彼に近寄った。センは居住まいを正した彼女に、横ばいの格好から腹ばいになり、頭を上げる。

「私は、こことは別の世界から来ました。それまで混乱の中にいて思いつきませんでしたが、今は、故郷に帰る方法を、探しているのです」

「突拍子もない話だな」

 真剣な顔をして話すと、微かに目を細めたセンが返す。それに少しばかり傷ついたものの、すぐに何でもない事のように続けた。

「――――――そうでしょうね。何か、知りませんか」

「さて。天から降りてくるのは”上帝”と定まっているのは確かだが…」

 その一点だけはどの大陸でも同じらしい。ちらりと確かめるように視線を投げられ、彼女は一の大陸でのごたごたを思い出して不快そうに言った。

「……私は上帝ではありません」

「そうか」

 そもそも上帝のような魔の法を自在に操る気配が彼女にはないのを、センも感じ取っていた。さらに、上帝が降臨するのは、三大陸のどこかの上帝が欠けた時である。この世界にあって上帝が崩御したなど噂もなければ、崩御される理由もない現在、新しい上帝が来る時期ではないと彼もわかっていた。ただギョウの存在が、彼には不思議に思う。

「であるが、あの影の異形は、お前を”尊い者”だと言っている」

 その点について、追従は認めたものの、彼女も彼の心境がよく理解できていなかった。異形と成りし者の存在を知らなかった過去は、異形というイレギュラーになってしまったギョウが孤独を癒すために、同じくイレギュラーである彼女に依存したのだと思っていたからだ。

「それは………その、よくわかりませんが、一度だけ異形から彼を助けたのです」

 騎士であり思いこみが激しいギョウの事、その事に恩義を感じている可能性が強い。ふと、彼女はこの話にさらに疑問を持った。今はセンの様な、同じ世界の、元人間同士である者達が居るのだ。彼の人生の選択の幅が、お荷物でしかない彼女に付き従う以外に広がるはずである。

「ふむ。異形と対峙して生き残るなど、上帝や武芸に達者な者でなければできぬ事だ」

「その時、私は、虎の姿をしていたのです。何故かはわかりませんが。私は、この世界で異形なのでしょうか」

 センに言われて彼女は我に返り、しばし悩んだ後にそう言った。微かにセンが目を見張ったのも見えたが、それを静かに待っていると彼は唸った。

「異世界から来たというのは些か理解が難しい話だが、その質問には答えられそうだ。異形には独特の気配がある。それがお前からしたことはない。であれば、影の異形が言うように、上帝または同等の者を思われるのは仕方がないように思うが」

「それでも、私は私の思った通りに変身した事も、ギョウさんのように魔の法が使えるわけでもありません」

 「難しい話だな」と再度センは繰り返した。だが憂い顔をしたかと思うと、「一つ、似た話を思い出した」と続けた。身を低くした彼に合わせて屈めた彼女に、彼は耳打ちする。

「この三の大陸には、始まりの上帝というお伽噺がある。三大陸の内、三の大陸に最初の上帝は降臨されたのだ」

 その低い姿勢のまま、彼は「世界が出来た際、調和を意味する円の陸地が出来た」と話す。元は一つであった円状の大陸だから、最初の上帝は神が眠る北に一番近い、今の三の大陸の場所に降臨してきたのだと。けれど、

やがて人は争い、それを憂いた神が爪を閃かせ、今の大陸へと姿を変えたのだと彼は語った。

「そうして、上帝は三人になった?」

「と、言われている。最も、こんな古臭い昔話を知っているのは、奇特な学者か死にかけの老人ぐらいだがな」

 彼が前者と後者どちらに入るのか彼女はわからなかったが、思いの外、重要な話を聞けた気がする。それと同時に酷く身震いするほどの寒さが、体の中心を走った気がした。これまで、異世界の人間が来たとの話はあっても、帰ったという話が出てこないのが当たり前かもしれない。それでも、一つ気掛かりになり、彼女は口を開いた。

「センさん……すると、何か、天変地異でも起こるんですか?」

「何故? 始まりの上帝というのが、初めて公式に確認された異世界人かもしれないという話ではないか」

「思い過ごしならいいのですが、仮に私が上帝だとして、住む大陸がありません。では、どこか新しく大陸が切り離されるかもしれないって考えてしまって」

 神が爪を閃かせたというのが、きっと災害を神格化した話だろうと考えての事だが、昔話でも三大陸になったのは人が争った為とされているし、異邦人がきっかけではない。しかし彼女は、一の上帝の「各上帝が統べるべき大陸」の話を思い出してしまった。神の存在は未だ半信半疑ながら、異世界人がやってくるというのは、何かしら世界に干渉があったからではないかと思うのだ。それがきっかけに何か大きな災害が起きるのではと怯えた彼女に、彼は小さく笑う。

「上帝ではないと言ったのは、お前だ。だが、この世界の人間を想う程に、お前は優しいのだな」

 びくりと彼女は顔を上げた。何故か急に苦しくなって涙が浮かぶが、反射的にぎゅっと眉を吊り上げて耐えた。素直に言葉を受ければ良いのに、泣き顔を見せてはいけないとの強がる心と公平に自身を見る心が、次の言葉しか声に乗せてくれなかった。

「――――――小心者なだけです。私は」

「ふむ。そういうことにしておこう」

 そこまで言い、センは「さて」と体を起こして伸びをする。

「夕飯は三の大陸の伝統料理のようだ。ごろごろした野菜のスープは大丈夫か?」


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