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KARINA  作者: 和砂
本編
32/51

ゆりかごの城


 寒い。寝返りをうった途端、頬や耳が温かい物に触れて、痛みを伴う温もりが移ってくる。自覚するとさらに寒くなって両腕で自身を抱きしめた。

 指先もだが、つま先も酷い冷たさだ。霜焼けになっていないのは、申し分程度に自身にかかる灰色の犬毛の、巨大な尻尾のお陰だろう。なるべく縮こまるように丸まるのだが、彼の毛皮は布団ではないので大きく肌蹴てしまう。温もりを求めて頬を犬の腹に押しつけると、尻尾が囲むように動いてくれた。

「寒い…」

「だろうな。お前は人のままだ」

 「姿は変わらぬか」と不思議そうに呟かれた後、何とか暖を取ろうとする彼女を見て、くぅんと、彼が鳴いた。すると牢屋内で同じ様な声が返ってくる。それから彼女が寝ている横に誰か腰かけた気配があった後、それがゆっくり覆いかぶさってきた。さらに、小さいもこもこ達が圧し掛かるようにして殺到してくる。その拍子に鼻に毛が触れて盛大にくしゃみする彼女だが、まだ眠気が強いせいか、薄らとしか目が開かなかった。その視界の中ではもはや人型を取っている姿は少なく、皆が毛皮に覆われ、尖った鼻先をすりつけてきている。

「皆、貴方と同じ様な姿ね」

「同じ獣人種となったからな。異形となりし者の中でも素早く行動でき、一の大陸や二の大陸にある異形狩りから逃げ出せる可能性が高いのだ」

「そう…。ありがとう、温かい…」

 ぎゅっと胸のふくらみがある人物から抱き寄せられ、さらに腕に抱きつく様にしてくれる小さいもこもこ達に、ようやっと体が温もり、再び眠気が襲ってくる前に、彼女は巨大な犬の言葉を遮ってそう言った。巨大な犬は一瞬言葉を失い、僅かに瞠目してみせる。随分と久しぶりに礼などを言われたものだ。それは彼女の体に群がるもこもこ達もそうなのか、一番に協力してくれている女性が、彼女の頭をひと撫でした。さらに顔に近い子犬がぺろっと彼女の顔を舐める。一瞬顔を顰めるも眠気が勝ったか、目は閉じたままの彼女。直後、天井付近の、腕が入るぐらいの大きさしかない小さな窓から声がかかった。

 ―――――――――御方。

 それは昨日から別行動中のギョウの声で、眠気で返事が出来ない彼女に代わり、初めて聞いたらしい巨大な犬は警戒に唸り声を上げた。するりと鉄格子の天窓から影が伸びてくる。やっと朝が来たらしく、その光を受けた竜が作る影の様に、背に被膜を象った形でだった。警戒する犬達は反対側へと身を寄せ、喉を低く鳴らしたが、その一部広がった空間に降りた影は、そうっと真っ黒な人型へと変化する。

「何者だ」

 ―――――――――その御方の侍従である。

 巨大な灰色の犬が唸る。と、彼女に近寄ろうとした影に、彼は大きく吠えた。何だか不味い雰囲気だなと片手を動かして彼女は目を擦る。「すみません」と一言声をかけて、顔をギョウの方へと向けた。

「ここで一晩温めてくれた方々です。旅人さん、そこで待っていただけますか」

 ―――――――――御方。どうぞ、ギョウと。

「はい、ちょっと温まるまで待っていてください。寒いんです」

 夢現で頭が働いていない事は自覚したが、彼女は諦めたように嘆息する声を無視して再び目を閉じる。それからしばらく経っただろうか。顔面に当たる日の光に彼女は目を覚ました。頭上から「もう昼だぞ」の声がかかり、彼女は同じ様にして眠る小さいもこもこ達を見た。彼らも暇を持て余して眠気が来たらしい。

「ギョウさん、いらっしゃいますか」

 ―――――――――お傍に、御方。お早うございます。

 ずっといるとは思っておらず、確認のために声をかければ、恐らく外から声がする。彼女が起きたのを感じて一人二人と獣人種の女性や子供が離れ、それに礼を言って彼女は天井付近の窓の下に歩いた。すると、すぐに影が伸びて真っ黒な人型を取り、膝をつく。

「すみません、お待たせして。お聞きしたいのですが、あの白い人はどうしました」

「三の上帝ならば、今朝方、城から召喚があったとの事でそちらに参られました。三の上帝が戻るまでの間は、御方のお好きに過ごして構わないとの事で、私もここへ参った次第です」

 ギョウの言葉に彼女は「私の、好きに…?」とやや眉を寄せた。すぐにギョウは鍵を差し出す。

「証拠にこの部屋、この屋敷の部屋の鍵を預かっています」

 確かにギョウの手には、昨日この牢を開ける時に使われた、覚えのある鍵があった。鍵束になったそれは他にも何本か鍵があり彼の言葉の正しさを告げているが、彼女は、昨日の白い男らしからぬ言葉を聞いている気分になる。

「有難いのですが、あの白い人が勝手を許すと思えないのですけれど」

「証文として、手紙も預かっております。予め中を拝見し、相違ない事を申し上げます」

「………そうですか」

 どうもあの白い人が自分をどう思っているのか掴めないと彼女は首を捻り、証文云々から、恐らく彼女と同じく思っているギョウがそう言うのならばと鍵を受け取った。昨夜から何も食べていないと気が付き、強烈な空腹を感じたが、それよりも昨日の事を思い出し、よくよく思い出そうと繰り返すと腹が立ってきて、彼女は鍵を持って巨大な犬を振り返る。

「出られるそうですが、出ますか。一体何のために閉じ込められたのかもわかりませんが」

「………異形と成る者は、先に異形となった者の傍に居ると、同種と成る事が多い。昨夜入って来たのはお前だけだったので、同じく異形と成る者だと思ったのだが」

 そういう理由で、部屋でなく牢屋に閉じ込められる者も可哀そうだ。自身に至っては何が何だかさっぱりで単なる嫌がらせにしか思えないが、周囲を見ると出られるのかという期待を込めた目で見られている事に気付き、やはり好きでここに居る者はいないようだと、彼女は牢屋の鍵を開けた。

「ところで、奴は一体何者だ。影を使う異形など見た事もないぞ」

「元々は旅の戦士でしたっけ?」

 内側からだったので鍵を開けても、もたもたと腕を操作しながら彼女は肩越しに黒い影の人を振り返る。

「元騎士です、御方。私も学がないので、異形はともかく、異形と成りし者については存じませんでした。一の大陸にあって、貴女の後を追うと決めた折、三の大陸の民が接触を取って来たにすぎません」

 そこまで言って得心したか、巨大な犬は「お前達は、一の大陸の者か」と頷いた。話に聞けば、一の大陸と二の大陸、どちらも異形と異形と成りし者を同一視する体勢にあるらしい。よくギョウが殺されなかったと今更ながらに感じると、彼はこちらに顔を見やって「父母に会う以外は、隠れ住んでおりましたので」と漏らした。彼の話では、三の大陸の者は、その上帝の意思により異形と成りし者を呼び集めているらしい。

「言い訳に聞こえるかもしれませんが、あのような三の上帝の痴態を見たのは初めてです。何か上帝のお考えの事と思いますが、私にはとても醜悪に映りました。御方にこのような扱いをするとわかっていれば、お連れすることもなかったと思います」

 そこで言葉を切り、彼は彼女を見る。何が言いたいのか大凡分かっていたので、彼女も苦い顔をした。

「昨日黙って見ていたのは、そういう訳ですか。次はやめてください、怖かったんですから」

「申し訳ございません」

「次は、守ってくださいますか?」

「貴女に捧げた剣にかけて。連れて、逃げましょう」

 鍵と扉を開けて振り返れば、きちんとこちらを向き、何故か―――恐らく騎士としての礼か何かか―――右手を胸に当てた形で告げるギョウの姿がある。待ちきれなくなって足元を駆けていく四本足となった子供が見え、人前だと思いだした彼女は、セリフの恥ずかしさに苦笑したが、逆に安心してしまって彼を見上げた。

「お願いします、ギョウさん」

「では、私達は先に通させてもらおう」

 言うと、巨大な犬は一声「うぉん」と鳴いた。次の瞬間、丁寧に二列になった動物顔の者達が少しずつ出ていく。人ほどの大きさの犬や猫、イタチ等々、あの狭い牢屋から出てきた人物はどれもどれも様々な獣の姿を取っていた。だが、最後に出てきた人二人分の大きさの犬程に、完全に獣となっている者も居ないように思う。顔は完全に獣となっているが、手先は肉球や蹄があるもののどれも5本指で、立とうと思えばまだ二本足で立てるようなのだ。巨大な犬は、「上帝は、私のように完全な獣の姿が欲しかったようだがな」と苦々しく笑う。そのために長期間閉じ込められたままの人も多かったと言うのだ。やはり、どこか冷血な呈が見える上帝だなと、彼女は改めて思うが、それよりも目の前の問題としては、この屋敷に使用人が一人も居ない事だった。

「恐らく、上帝の登城に付き従ったのでしょう」

「では、私は台所を探しましょう。流石に皆の分まで調理できるとは思いませんので、別の方にも付いてきていただきたいのですが」

 すると、犬種の女性が顔の表情は変わらないまま、尻尾を振って彼女の傍に寄って来た。何だか覚えがあるなと見れば、どうやら今朝に体を温めてくれた彼女らしく、ほっと肩の荷が下りる。

「元は旅籠の娘だ。森で異形に襲われて成り、ここへ来ている」

「そうですか。私は料理はからきしで、保存食や干し肉をかじる生活だったもので、助かります」

 彼女がそういえば、犬種の女性はしばらく唸って口をもごもごさせていたが、言葉が出ないか、「ワンッ」と鳴いた。びっくりして巨大な犬を見れば、「何度か練習はしているが、この口では発音が難しくてな」と話す。彼もまた一年程かけて練習した結果だと言うので、一週間程度の彼女では難しいということなのだろう。

「ギョウさんは、竜でも話せましたよね?」

「私は魔の法で会話をしておりますので、特に竜の姿の場合、魔の法が使えない者には聞こえないかと」

「…あぁ、そうか」

 虎の姿の時、ギョウを追い返そうとして四苦八苦した時を思い出して彼女は唸った。そこでふと、自分も異形なのだろうかとの疑問が浮かぶが、一番最初に見た気持ち悪いドロドロになっている自分の姿が想像できない。それとも、少し念じればあの泥濘のようなモノに転じてしまうのだろうか。意味なく、じっと両手を眺めたが、ちっともゆらりと動かず、やはり自分は異形ではないような気がした。

 そして、白い男は彼女の事を”新しい上帝”だと言った事についても考えてみた。とはいえ、虎と成ったのも竜と成ったのも自分の意思でない上に、やった事と言えば、ギョウを異形から助け出した程度である。それに恩義を感じて付き従ってくれているギョウが居るものの、他の影響など皆無。居るだけで異形の誕生を抑え、それらの存在を感知し、時には討伐をするという上帝の感覚は彼女になかった。

 ――――――私は、一体、何なんだろうか。

 周囲にこれだけ人が居るのに、彼女は何だか一人きりでいるような、そんな感覚を味わっていた。


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