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KARINA  作者: 和砂
本編
30/51

黒い竜と白い男2

 一応の礼儀としてか、返事を待ってからするりと入ってきた男は、白い長い髪にオパールのような目、白い装束を来た奇妙な男であった。それは二の大陸にやってきてから、もっと言えばシーナと会って以降から身を包む夢のような、幻のような中でも見た姿だった。外が寒いせいか、それとも生来のものであるのか、血の気が失せたような白い肌は、唇さえも沈着したベージュ色を呈している。それを見た瞬間、彼女は身が固く強張ったのを自覚した。あの白い唇から紡がれるのは悪意ある言葉だと、何処か緊張しているのだろう。存外柔らかい自分の心を叱咤するように息を吸い、殊更背筋を伸ばして彼女は男と向かい合った。

「お初にお目にかかる、新しき上帝よ。ワシは三の上帝、“ナナシ”」

 白い男はそう言って軽く小首を傾げて見せた。そういう挨拶なのか、この世界の文化に疎い彼女は動きを止めるしかないが、男性にしては艶めかしい肌をした腕を差し出されて、咄嗟に握ってしまっていたのは、長年の習慣のせいだろうか。一度軽く握られると、やはり男性の手の方が大きいとわかる。

「うん」

 三の上帝だという男は手の感触を確かめた後、そう言ってにやりと笑った。ニコリではなかった。悪意があるとも違ったが、意味の分からない不気味さを感じて手を引こうとする。けれども、次にはぐっと押さえつけられるように握りしめられ、彼女はびくりと白い男を見た。

「何を怯える、新しき上帝よ。同じ上帝同士、仲良くしようではないか」

 彼女は引き抜きたい、男は抑え込んでいるで、互いに力を入れたまま、顔だけはこれ以上ない満面の笑みで言った男にさらに気味の悪さを感じて彼女は焦る。なぜうっかり手を握ってしまったのかと顔を歪めると、不意に彼はぱっと下に振り払うように手を離した。力の差と不意を突いた事もあり、少しよろめく彼女を、男は「ふん」と鼻で笑う。先ほどから黙ってされるがままの彼女に笑みを向けたり、ちょっとした悪意を向けたり、この男には一貫性がない。ただ、こういう動作から彼が彼女をあまり良く思っていないのは、十分に感じられた。

「私は、上帝ではありません」

 やっとの思いで彼女が小さく口を開くと、男は試すような顔をして、「ふぅん?」と声を出した。

「貴方がたのような、不思議な能力もありませんし、自らの意志で変容できる存在ではありません。普通の、ただの小娘です。私に興味があるというのなら、何かの間違いです」

「っは、興味! 興味、ねぇ…」

 どこか吐き捨てるように声を出し、身体を二つに折った男は、そう言ってまたニタニタと彼女を眺めた。顔を眺めていたそれは、足元へ落ち、また戻ってくる。

「似合わないな、その服」

 唐突に言われた事に、また彼女は困惑した。先ほどから会話がお互いに一方通行で気まずいのに、この状況を打開できる明るい話題や話術は彼女にない。不安になってちらりと窓を見れば、上下する黒い鱗と白い景色が見える。黒い竜に何も声をかけられないという事は、何でもない場面だという事だろうか。すると彼女の視線を追った白い男も「あぁ」と明るい声を出して、振り返った彼女に笑みを向けた。

「あの“異形”が気になられるか、新しき上帝。貴女が連れてきたのだろう?」

「“異形”?」

 一の大陸であったあの嫌な感じのするモノを指す言葉に、彼女は困惑して白い男を見た。てっきり彼が竜となった旅人に言ってこちらに連れてきたのだと思っていたのだが、今の言動では、彼女自らが黒い竜を使ってここへやってきたと言わんばかりである。

「そう、人に害を成す、だろうと思われているモノ共。しかし安心されるが良い。貴女のペットは、この三の大陸ではワシの許可がない限り、殺されはしない」

 男の言葉に異様なほどドキリとし、彼女は窓と男とを見た。一の大陸でも二の大陸でも、異形は滅ぼす対象であった。三の大陸に何を思って竜が連れて来たのかはわからないが、ここでも討伐の対象だと白い男は言ったのである。

「どういう、事ですか。貴方が私を連れてくるよう言ったのでは?」

「アレをワシが使役できる? ワシは幻影の上帝。そのような芸当は出来ぬよ」

 そう言って白い男はぐっと彼女と距離を詰め、がしっと彼女の頭を掴んでオパールの目を寄せた。

「ただ、ワシは他の上帝と違い、害を成さぬモノには寛大である。異形と成り果てた者共にとっては、三の大陸は最後の楽園と言ってもいいかもしれぬな」

「あ…」

 力任せに押さえつけられ、眼球が付く程に寄せられた顔は、この上もなく恐怖を呼んだ。どこか常軌を逸したような行動に彼女が抑え込まれ様としていた所、背後から低い男の声が割入る。

「ご寛容痛み入ります、三の上帝よ」

 途端、ぱっと頭を放され、そのままふらりと彼女は座り込んだ。それを気にもせずに白い男は、彼女の先、影として出てきた男に視線を向ける。

「やぁやぁ、貴様の言った通り、新しき上帝を接待している所だ。何か、不足はないか、新しき上帝よ」

 ご機嫌にステップを踏むかのような軽やかな足取りで、座り込む彼女の周囲を歩いた白い男は、後半そう言って彼女の方に笑顔を向ける。放心したように座りこんでいた彼女は、それに顔を引き攣らせた。

「貴方は、何なの…」

 それに応えず、笑みのままの白い男にようやく立ち上がって彼女は言った。

「きっと知っているんでしょう、私が、異世界から来た事を。だから、そんな風にするのね」

「ほぉ? 異世界。それまた、大層な場所からやってこられたようだな、新しき上帝よ」

 笑顔のまま、大仰に身振りする白い男に、彼女は鋭く「やめて!」と叫んだ。

「新しき上帝って、何なの!? 貴方、私がここに居る理由を知っているの!? だったら、教えてよ、私は一体何の為に、こんな所まで来たのか…っ!!!」

 一気に叫んでしまった彼女は、自分が泣いている事に、涙が頬を伝った時に気が付いた。親の仇のように白い男を睨んでいたが、彼は少しばかり目を見開いたぐらいで、それからすぐに先ほどの笑顔に戻り、再び彼女の手をとる。

「そうかそうか。知らずに此処に来たのなら、混乱するのも致し方ないな。今の無礼は許してくれよう」

 それが存外優しく手を引かれたので、心の中の激情が一時収まりかけた彼女だが、それから異様な力で腕を掴まれて悲鳴を上げた。男性の本気の力がこんなにもと知らなかった彼女は、再び白い男に恐怖が競り上がってくるのを感じる。と、背後の影が「“ナナシ”様」と声をかけた。

 刹那、掴まれた腕を放されると同時に身をどんっと背後に押される。倒れたと彼女が思った時に、背後から支える手の感触を受けてこれ程ほっとした事はなかった。

「おぞましい声で呼ぶでないよ。次には貴様の上帝に、何か悪さをしてしまうかもしれない」

「失礼いたしました」

 白い男と確執があるのは黒い竜となった旅人なのか。混乱するまま旅人を見上げるが、彼は白い男よりも彼女の方を熱心に見つめている。とにかく、この白い男にはよくよく注意しないといけない事は嫌でもわかり、彼女はここから早くも逃げ出したくなってきた。

「おっと、忘れる所だった。そなたは、何故ここに居るのかを知りたいと言ったな」

 苦手とインプットされた相手に声をかけられ、彼女はびっくりするほど肩を震わせた。オパールの目がにたりと細まるのを、瞬きも出来ずに見る。

「そんな所に座ってもわかるまいよ。こちらへ参られい」

 そんな事を言われてすぐに動けるはずもないし、動きたくもない。意味が分からない悪意をぶつけられてすっかり萎縮した心では、背中を支える旅人の黒い手から手を離す事などできそうになかった。すると、言い訳をする子供を見る目でこちらを見、白い男は大股でやってくると、彼女と旅人の手を引き離す。彼女はびくりと、旅人は抵抗しても無駄と思っているのか素直に離れ、白い男は難なく彼女の手を掴んで引っ張り立たせた。

「あぁ、重い。もっと痩せた方が美しくなるかもしれんぞ?」

 心底疲れたというような顔に平手打ち出来たら、どんなに気持ちが良いだろうか。一瞬想像するが、身体は動かず言われるまま立つ。片手は握られたまま、彼女は途方に暮れた。

「そうそう、今から行くのは、異形共の部屋よ。少しばかり悪さをしたので、牢へ入れて反省させておる」

 牢と言う言葉にぎょっとして彼女は白い男を見た。まさか、そんなところにつれて行くつもりだろうかというよりは、この男がそこに自分も押し込めるような気がして、だ。彼女の驚愕の視線の意味を正しく理解しているらしい白い男は、にやっとこちらを向いた後、その顔を隠すように笑顔となった。「ひっ」と彼女の口から息が漏れる。今のが自分の声だと自覚しないまま歩き出した男に逆らうように、彼女は腰を引いて、掴まれた手を抜こうとした。

「や、やだ…」

「何をしておるか。意味を知りたいのであろう? ワシの手を煩わせないでくれ」

 そんな無様な格好の彼女を笑顔で振り返る白い男は、彼女の抵抗も抵抗と思わず足を進める。掴まれた手が痛み、踵に体重を乗せて体を引こうとしていた彼女の足が床を擦って移動するのを、嘘みたいに思った。

「ぃや…」

 重いと言われた体重をかけているのに、白い男はびくともしない。手を抜こうと後ろに体を反ると、流石に歩きにくい様子でぐいっと腕を引かれた。

「きゃあぁっ!」

 何とも分からない恐怖の為だろうか。初めて女性らしい悲鳴が口から出て、彼女は床に倒れる。それに眼もくれず、白い男は先を進んだ。床を引きずられるようなそれに、さらに逃げようと彼女を身をよじるが、掴まれた腕の肘が痛くなるばかりで、手は離されない。部屋から出た。歩みの先に階段が見える。

「嘘、待って。立つから!!」

 一瞬、腕を引く白い男と目が合った気がした。その顔は、異様なほどに恍惚としていたのが、恐怖の対象として彼女の心に深く刻まれる事になる。


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