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KARINA  作者: 和砂
本編
3/51

一の大陸の上帝

 東部の街から数日、中規模の集落近くは特に何の伝承も予言もない居たって普通の、国の一辺境である。ここ半年の間に怪異の街道として一種の観光名所になったその集落周辺で、再び奇妙な噂が流行った。曰く、森の奥に魔女やら毛むくじゃらの怪物が棲んでいる。曰く、穏やかで豊かな森の奥には、帝都にご在住の上帝が行幸なさる。曰く、元騎士の何某が頻繁に森へと足を運んでいる、等々。何分田舎の噂であるもので、それが帝都に伝わるのはそれから数カ月もの月日がかかるのだが、”上帝”のご尊顔が相成ったと、その噂の一つである何某から正式に友人の騎士当てへと手紙が届けば、それは瞬時に調査の対象となった。何せ、上帝は今も執務室で、うんざりした顔のまま政務を行っている王の傍らで静かに過ごされているからだ。

 田舎の両親の体調が芳しくなく、都会に呼ぶも、生まれ育った土地から離れたくないという彼らの希望に負けて騎士を辞めた友人からの手紙である。性格は熱血漢で仕事も大真面目、酒も博打も大好きな、粗暴だが憎めない、そうして親しい人間には誠実である男である。疑うわけではないが、この三つの大陸を納める”上帝”は人から神の使いへと姿を変えられる、各大陸に神が遣わせたとても特別な存在であり、彼らは代替わりの時以外、この世界に現れるはずがないのだ。一の大陸の上帝は、猛々しき虎。二の大陸の上帝は、堅牢なる甲虫。三の大陸の上帝は、麗しき幻影。彼らは確かに人であるが同時に神の使いへと成り、その誕生さえも、各帝都の城の祭壇へと降り立つ、というものである。例外はない。

 それなのに、”上帝”への過剰信仰する男の手紙には、新参の旅人が上帝の御名を名乗り、そうして巨大な虎の姿となったと書いてある。恐ろしい事にこの友人は、御名を騙ったと逆上し、その虎に成る前の旅人に暴行している。謝罪のため自殺するつもりだった彼がなぜ生きているかというと、その上帝らしき虎が風を呼び、彼らの武器を尽く破壊し、彼らの贖罪を拒否したからだとも。大変慈悲深いと彼は感激し、一度田舎の両親へ謝罪の手紙を書いて、姿を森へと隠した上帝らしき虎を追っていると締めくくってあった。

 元騎士の友人もまた下級騎士であったが、手紙の内容が内容だけに、すぐさま上帝へと上告された。一の大陸も含め、上帝は王とは違う。同じ人であるゆえ、上帝が人との間に子孫を残す事も可能であり、彼らは神聖視されて貴族などの位につくが、国を治めるのは”王”。ただし、上帝は寿命が長く、何代もの王を支える役目を負い、また人が対処できない存在”異形”を滅ぼす役目を負っている。光があれば闇があるように、生があれば死もまた隣にあり、上帝は人を守護する力をその存在だけで賄っているのだ。

 報告を受け取った王と上帝は、その手紙を見て、まず”異形”の存在を疑った。一の大陸の上帝は、実はまだ降臨されて日が短く、若い部類に入る。代替わりの気配は全くないし、聖地で神に窺いを立てた王もまた、その時期ではないと確信していた。なればこその、”異形”の疑い。けれど違和感を感じるのが、虎へと成った旅人は、どうも防衛本能から行動し、必要最低限の抵抗をして、死人もない。”異形”であれば、酒場どころか集落全てを血に染めるだろうと思われるのに、不思議な事だ。困惑顔で首をひねる王に代わり、上帝は愉快そうに笑みを浮かべた。まだ若い彼は、人間の若者のように退屈を嫌う。いい加減、父親程の年齢の王の、苦労した顔ばかり見て過ごしてきた彼は、”異形”討伐という名の退屈しのぎをしたかったところなのだ。面白くもない政務の報告書を読むのも飽きたとばかりに、王へと告げる。

「俺が見に行った方が、一番手っ取り早いだろう。一時空けるが、優秀な宰相がいる。親父殿よ、構わないか」

「この量を見て、そんな無慈悲な事を言うとは、恩知らずの愚息よ」

「なぁに、親父殿の可愛い息子を呼べばいい。俺が帰った時には、息子殿とも話をしたいものだからな」

 「調子の良いことを」と王は呟いたが、息子と同じ頃に降臨し、王子と一緒に育てた上帝の性格は分かっているので、渋々ながら頷いた。上帝ともに育った王子は、上帝にとっても弟のような存在である。そして王と同じく、真面目で優秀な王子であった。今は隣国へ外交のために不在だが、そろそろ帰国する予定でもあったのだ。

「愚息よ。貴様は多少、思慮を忘れて行動する悪癖がある。十分に用心し、無事に戻れ」

「あい分かった、親父殿。十分に用心するとしよう」

 あっさりと承諾を貰い、真面目な顔で頷きながら旅支度を始める上帝へ、王は「さらに」と付け加えた。不思議に顔をあげた上帝へ、王は一言。

「第二師団の団長と、第五師団の団長を同伴するのが条件だ」

 第二師団は、礼節と確かな武力で近衛兵を務める第一師団とは違い、前線に立つのを目的とした戦闘に特化した師団である。また、第五師団は上帝程ではないが、”異形”に敏感でそれを滅ぼす術、魔の法を扱う、これまた戦闘に特化した師団である。特殊師団といえば、この二団が挙げられるだろう、その団長二名を指定された。

 上帝とは、三大陸にたった三人しかいない、尊い存在である。まだ若い一の大陸の上帝はその理解が多少欠けている部分があるが、身軽を好む一の上帝を慮って二名に絞った王の心遣いを無碍にできないと思うほどには、上帝としての自覚があった。唯一心配があるとすれば、その凶悪な師団長二名を帝都から不在にすることだろうか。

「俺の不在時、”異形”が来たらどうするつもりだ、親父殿」

「なぁに、ワシの可愛い王子がすぐに帰る。それに帝都に祭りが始まれば、どこぞの愚息が駆け戻ってくるだろうよ」

 「嫌な親父殿だ」と上帝が呟くが、親子同然に育ったもの、大変似た王と上帝であった。


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