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KARINA  作者: 和砂
本編
29/51

黒い竜と白い男


 急な覚醒を感じて飛び起きれば、見慣れぬ光景が目に入り、思考が停止する。自身は二の大陸の侍女服のまま、二人分はあると思われるベッドの上に居た。道理で心地が良いと思える、軽い羽毛布団が掛けてある。部屋の広さは十六畳ほどだろうか。大きめの部屋を二倍した印象で、家具は壁のはめ込み式で目につく物と言えば、ベッドサイドの水差しと洗面具ぐらいであった。ただ、残念なことに水差しも洗面具も武骨な金属製で、宮殿のような華美さはない。

 しかしながら、ここが初めての場所であるのは理解できた。黒い竜に捕まれて空を飛んだ事までは思い出してきて、一瞬だが死後の世界だろうかと馬鹿な事を考え、死んだらそれで終いだと首を振った。

「痛っ」

 体のどこそこに違和感があり、首なんか無理に振ったせいで筋を伸ばしてしまった。どこか筋肉痛のような痛みにゆっくりと片手で肩を摩る。外国のホテルなんかでよくある、ベッドサイドに呼び鈴があり、これを鳴らせば良いのかと手を伸ばしかけてやめた。ゆっくり身を起こしてベッド端に腰かければ、背中にも違和感があってうんざりする。床は木材でスリッパには見えない室内靴が置いてあった。壁付近には窓もある。

 ――――――お目覚めですか、御方。

 声が聞こえ、慌てて左右を見渡すが、影も形もない。すわ空耳かと微妙な気分になれば、窓のカーテン下から黒い影が伸びてきて人型となった。全身真っ黒の影みたいな人型だ。

『必要な物はお申しつけください。用意させます』

 黒いゲルが震えながらしゃべっているように感じて、まじまじ凝視する。あまりぽかんとしていたためか、再度彼から声がかかった。

『御方、如何なさいましたか』

「あぁ、いえ……竜、ではないんですね」

 あまり見つめるのも失礼かと、どうでも良い事を言って室内靴を履く。何だか肌寒いなと思って、ベッドの隅に上着があったのでありがたく拝借した。こちらの動作を待って黒い人型は窓を見る。

『体は外に居ります』

「身体?」

 変な事を言われたと思い顔を上げると、黒い人型はカーテンを開けた。外と気温差があるのか窓端は曇っていたが、外は見える。真っ暗だったのでまだ夜かと思えば、それは一定のリズムで揺れており、鱗肌が反射したのもあって飛び起きた。

「竜!? え、でも、こっちに…」

『これは、影です。私はまだ魔の法が上手く扱えません』

 飛び起きて窓枠に駆け寄ろうとして、何だか動きたくなくぼすっと再びベッドに腰掛ける。訳の分からない事ばかりだから、とりあえず思った事を尋ねた。

「影……貴方は、上帝ですか。三の、上帝?」

『いいえ、御方。私は言うなれば、貴女の下僕です。三の上帝は別に居ります。ご準備が出来ましたら、お会いする事も出来ますが、如何なさいますか』

「会える? どういう…ここは、三の大陸?」

『ご慧眼恐れ入ります』

 肯定された即座、彼女は今度こそ窓に駆け寄ってカーテンを乱暴に開けた。竜の黒が目一杯に広がっていたが、窓を開けてしまえばわかる。白い。白く、寒い。びゅっと風が吹き込んできて体が冷えた。そして景色に心も冷えた。真っ白な雪景色が続く山々と、凍った川、棘のような針葉樹の林は雪を被って丸みを帯びている。ふと窓枠から上を見れば、建物の端にできた氷柱が光を反射した。目を開いて、だが、ゆっくりと落ち着く様に窓を閉める。

「ここは、どこ」

『三の上帝の居城でございます』

「貴方は、一の大陸で会った旅人さんよね」

『どうぞ、“ギョウ”とお呼びください、“尊き方”』

確かめるように尋ねれば、一の大陸でのやり取りを思い出すような言葉を返される。

「貴方は、私に何の用があるの。復讐?」

『とんでもない事でございます。私は、貴女様にお仕えしたく、黄泉より舞い戻りました』

 死に至る怪我をした原因以外に彼と自身との接点はないと考えていた彼女に、彼は少し驚いたように答えた。彼女もまた、死を指す彼の言に慄いていた。

「貴方、どうしてそうなったの」

 険しい顔のまま尋ねれば、少し長くなると断った後、彼は話出した。

『人としての死の間際、片腕に宿った毒が異形であると知りました。通常であれば異形に取り込まれ、人を襲う化け物になるが必須。けれど、私は死んで異形になるだけだった所を、この様にして墓場から這い出ました』

 そういうと、彼は黒い人型から昔のような冒険者風の男の形態を取った。人相も体型も変わりがないが、潰れた片腕が真っ黒になってもう一方と同じ成形を取っているのと、金が混じった茶髪だった髪が真っ黒に染まっていた。

「どう、して…」

『わかりません。けれど、その時から魔の法を扱う事が出来、また竜の姿へと相成りました。貴女様の様に』

「私の、せいなの…?」

 声が震える彼女に彼は苦笑した。

『いいえ。私が願った事です、御方。貴女のお傍に、と』

「だって、こんな、こんなの…」

 笑顔で告げられた事に彼女は、ふらふらと傍へ寄った。真っ黒になった片腕に手を添える。もう一方にも触れ、黒い方だけが異様に冷たいのに気が付いた。手をまじまじと確かめた後は、顔を上げる。目が合った事で彼は微笑んだが、彼女は笑いを失敗した表情になり、彼の、真っ黒になった髪を凝視する。自分と同じ黒い髪に懐かしさを覚えずにはいられないが、彼をそうしてしまったのが自分の様な気になり眉根を下げる。

『父母にも会い、別れを済ませてきております。罪悪を感じるというのなら、どうぞ、お仕えさせてください、尊き方』

「わ、私はお給料も払えませんよ」

 柔らかな笑顔で脅し交じりに言われ、彼女は半泣きになりながらそう言う。即座に『構いません』と言われ、何故かわからないが涙が零れた。

『貴女にお仕え出来る事が、私の誇りとなりましょう』

 視界は多少潤んでいたが、人型を取った彼の笑顔は彼女の心を解した。片手を両手で包まれ、温かいのと冷たいのが同じ力で握りこまれる。弱くなく強くなく、しっかりと固めるように握られた手は彼の言葉をより本物に見せてくれた。それでなくとも、最初から彼は命をかけてくれていたのだから、その強さは安心出来る。嬉しいなという思いが生まれて、こっそり微笑をした彼女だったが、急にドアをノックされ、はっとした。彼もまたするりと手を放し、そうっと黒い影へと戻る。少し寂しく思うと、黒い影は軽く頷いた。見守られているようだ。

「はい。起きています」

 するりと、衣擦れの音がした。扉が開かれると同時に入って来たのは、肌も髪も目も服も全てが白い、男。

「あ、」

 白いシーナと印象が似た、あの白い男がにやにやと気持ち悪く笑みながらこちらを見ていた。


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