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KARINA  作者: 和砂
本編
28/51

転機4

 

警戒心露わな猫が懐く瞬間というのか、ようやっと手を取ってくれた侍女に口約束だけでも取付け様とした最中、強い殺気を感じて虎へと転身していた一の上帝は、そのまま殺気の主を待ち受けようとして、当てが外れた。上空から物凄いスピードで降って来た黒い塊は、一の上帝でなく、どこにでもいそうな侍女目掛けて飛び掛かったのだ。黒い塊から感じた殺気は、馴染み深い異形のモノで、奴らは一般人よりも上帝に襲い掛かるという特性があるのだが、それがなかった。その時の驚きといったらない。こちらは迎撃のために黒い塊に一撃入れているが、そんなことを構う素振りすらなく、それは一直線に侍女の許へと飛んでいた。

 ―――侍女殿!!

 注意喚起を叫んだが遅く、疲れて動けなくなっていた侍女はあっさりと足爪に捕えられる。大きな翼に尻尾、後姿だけでも以前見た縞模様の竜に似ているが、こちらは真っ黒で、直前までその存在に気づかなかった。この巨体ならばと風を放ったものの、鉤爪のある翼を一度羽ばたかせただけで竜は上空へ飛び、曇りの夜空に紛れて確認し辛くなる。

 ―――――――――カアァァァァァァァッ!

 久しぶりに本音で悪態をついて、一の上帝はまだ身に纏っていた服を引き裂いた。途端に押し込められていた毛が感情によってふくらみ、逆巻く風に煽られて靡く。風で体が冷えそうなものだが、怒りが頭に突き抜けている今、冷静になれそうにもなかった。

 侍女の言う事はまだよくわからない事も多いが、この世界に降臨した存在である事は間違いない。ずっと同じ孤独を持つ者を探していた一の上帝にとって、長年願っていた存在がやっと目の前に現れたこの瞬間に邪魔されるのだけはいただけなかった。瞬間的に殺意を持って空を駆ける。保護色のように空に紛れるものの、動いていればすぐに目で捉えられた。

 ―――――――ぐわぁうっ!!

 短く吠えて、黒い竜の背に飛び掛かれば、鉤爪を持った巨大な翼で振り払われる。だが風を扱う一の上帝にとって空は独壇場である。振り払われた勢いのまま、すぐに風を逆に吹かせて体勢を立て直した。そうして彼は奇妙な事に気が付く。気配は異形である黒い竜だが、それの周囲には薄っすらと風の魔の法がかかっており、それを行使しているのもまた、異形である黒い竜なのである。意外すぎる事に、ぴくりと一の上帝の判断が遅れた。

 ―――――――ぎゃんっ

 すぅっと黒い竜が息を吸ったかと思うと、カッと黒い霧の塊を吐きだす。それはよく見ていれば避けられる速度だったにも関わらず、変則的にカーブして一の上帝の前肩に当たって爆破した。強い痛みと衝撃に一瞬気をやられた彼は落下するも、また硬い何かにぶつかって目が覚めた。

 ―――――――――カカカカカカカ…

 声が聞こえて、彼はそれが何かに気が付く。黒光りする装甲を持つ、二の上帝、その本性が自身を受け止めていた。初めて見た二の上帝の本性だが、とにかく大きい。体をうねらせて立つ彼女は、山一つ分あるのではと思うほどで、その巨体が存外早く動くものだから、生理的な嫌悪に身震いした。虫は苦手ではなかったと思ったが、この大きさは無理だ。

 ―――――――カロカロカロカロ…

 身体で足場になってくれた二の上帝であったが、受け止めたその後は特に関心なく、むしろ上空の方を複眼で伺っていた。ガチガチと武者震いの様に顎を鳴らして、彼女は一等高く身体を持ち上げる。追い囲むように身体を動かし、その内部に黒い竜を捉えた。











「旅人、…さん?」

 同じ声、だが、呼ぶ名を知らない彼女は、何と呼んで良いものかあまり考える暇もなく返事をした。先ほどまで泣き叫んでいた疲労からか、もはや脳内はこの状況把握に努めることなく、目の前の事象にのみ反応するようになったらしい。さっき、死んだと聞いたばかりなのに、どうして声がするのか、本人なのか、確かめる為に彼女は、金の目を持つ黒い竜を見つめた。

 ――――――御方、どうぞ、“ギョウ”と。

 彼女が無理な体勢なのを気づかってか、ぐいっと首を寄せて、しかし口は一切動かさずに竜は話す。厳つい竜の顔が近づいてきたのと、いつまでも重力に逆らって顔を上げているのも疲れ、彼女は一度顔を下に向けた。しかしすぐにそれは失敗だったと思う。一度の圧迫だけでどうしてここまでといえる高さに居る事がわかり、彼女は視界にくらりとした。足元のぽつぽつした明かりと、一等明るい場所は二の上帝の宮とその城下である。

 もう一つ違和感があるとすれば、呼吸が苦しくない事だろうか。鷲掴みされている現状、圧迫による多少の苦しさはあるものの、強い風が吹いているはずの空の影響がないのはおかしい。再び左右を見れば、竜の周囲に薄っすらと黒い霧がかかっているのを知った。

「魔の、法?」

 ――――――御不快でしょうが、しばし、お許しを。風虎です。

 こちらの質問に答える気がないのか、そういう場合でないのか。黒い竜はやはり口を動かさずに、首だけ動かして後方を見る。風虎の単語に、彼女はびくりともがいた。突然どうしてこうなったかと思い始めたからだ。

「ま、待ってください。一体、私に何用で!?」

 ――――――それは後ほど。ご注意ください、舌を噛みます。

 しゃべらないも、人間臭く、一度彼女を見て黒い竜は羽ばたいた。再びかかる圧迫に肋骨が押され、苦しい。さらに、黒い霧での防風が困難になったか、次第に顔にかかる風が強く、呼吸できないと感じた彼女は必死に下を向いて風を避けた。右に左に、身体は腕ごと縛られたまま振り回される感覚に、吐き気と眩暈が強くなる。それどころではないはずなのだが、彼女は吐き気との戦いに突入した。矜持の問題など考える暇もなく、喉元に競り上がってくる吐き気を嚥下する。ふと、一瞬止まる時もあり、その際は口の中の酸味を逃がすよう、舌を出してえづいた。

 ―――――申し訳ありません。

 空中一回転で心臓がシェイクされた直後、やはり動きながらではあるが上からそんな声が降ってきた。こういう状況を選ばないで一方的に言う感じが、ますます冒険者風の男の存在を感じさせる。本当に本人なら、何故生きていて、何故竜の姿となっているのか。疑問は先ほどから山積みだが、誰も答えてくれようとする者はなく、先ほどから精神的にも物理的にも振り回されてばかりだ。はぁはぁと、吐き気を逃がしている彼女だったが、不意に黒い竜がゆるりとした動きで進路を変えた。滑空するような速さで左右に揺れているかと思ったら、自分の足元を黒茶色の硬そうなモノが過る。

「ひっ」

 随分長い、ぬらりとした硬質な線を追っていくと、鋭い口と複眼に当たった。途端に血の気が引くのが自分でもわかる。恐怖で息を漏らせば、巨大なムカデがこちらを見て体を起こし、ガチガチと口を鳴らしていた。

 ――――――甲虫です

「カ、カフカ様ですか!?」

 魔の法で言われると、意味も自然と頭に入るらしい。あの美女と目の前の毒虫の姿はイコールで結ばれる事はないのに、誰を指しているか自然とわかって驚きの声を上げる。自分が竜になった時や魔の法を使ったのと同じだと思いながらも、初めて見た二の上帝の本性にがたがたと歯が鳴った。本性を見ての恐怖も感じていたが、彼女はもう一つ、物凄く怒った二の上帝の顔を重ねて見ていた。

 ――――――――ギギャギャギャギャギャギャアァァァァァァァッ!!

 何と言っているのかわからないが、耳にキンと来る声は、間違いなく怒声である。二の上帝は普段は気さくな女性で頼れる姉御肌なのだが、一度不機嫌になると何をしても顔の表情が怖いままなのである。目つきが鋭く、話の前に悪態をついたり、それがないかと思えば、話しかけるなといった雰囲気を隠しもせずに人をうっとおしそうに見るのである。とにかく、怖いし、他人をゴミに見る目が出来る人であった。

「カフカ様…!!」

 助けてと言うには何か違う気がするし、怒らないでくださいと素直に言うのも変だ。だから名前を叫んだ彼女であるが、今の二の上帝に声が聞こえているか甚だ疑問でもある。返事はなく、二の上帝の意識もまた、黒い竜に在る様子なのはすぐにわかった。

 ―――――――――分が悪いようです。飛びます。

 一山程もある二の上帝の巨体は、頭部の顎と尻尾の鋏が驚異的で、胴体部に惑わされていると、すぐ目の前に咢がやってくる。緩急をつけて回避していた黒い竜だが、二の上帝を退ける事が困難だとわかるとそう言った。

「飛ぶって、な…!?」

 既に飛んでいるじゃないかとそういう疑問を口に出そうとした瞬間、これまでの比でなく圧迫がかかり、押し潰されそうだと感じた瞬間、再度眩暈と吐き気が復活した。黒い竜は一度羽ばたいただけ。だが、先ほどは手加減していたとわかる速度で空を切り、さらに上空へと一気に登る。浮力が来た。口から内臓が出そうだと感じた瞬間、角度を変えた黒い竜が地上向けて降下する。

 死んだ、と、ついこの間崖から落ちた時よりさらに強く思い、彼女は目を閉じる。体に感じる圧力は最高潮で、ともすれば腕か足が千切れるのではという不安の中、身を固くした。ぶわっと、雲の中にでも突っ込んだのか、肌に感じる気配が変わる。目を開ける度胸はない。

 ―――――――ぐおぉぉぉんっ

 ―――――――ギャギャギャ

 何度か、一の上帝らしき虎の雄たけびと、二の上帝の金属的な声が響いた。やはり目を開ける度胸などあるわけがない。黒い竜はさらに上空へ逃げた時から余裕が出来たのか、雲に隠れた以外にも息苦しさが変わり、そこには彼女はほっとした。この黒い竜が自身に何の用があるか想像もつかないが、少なくとも殺す気はないのだとそこでやっと信用できる。薄っすら目を開けると、黒でなく白い靄が見えた。随分濃いので、やはり雲まで飛んだのではないだろうか。良く死んでないなと感じながら、彼女は自然と下がるまぶたを自覚する。精神的にも物理的にも、本当によく振り回される日だ。ここに来てから、自分の平穏や日常とは違う生活をしているが、これは強烈な体験だろう。昨日よく眠れていないのもあって、強い眠気を感じて瞬きをする。

 ――――――御方、お眠りください。しばし、飛びます。

 こちらを見たわけでもないだろうにそう言われ、身体を支える鉤爪も体温を感じるものなのかと別の所に感心しながらも首を振る。言葉を話すのも億劫なほど、強い眠気を感じつつ、何かおかしいなと思った頃にはかくっと首が落ちていた。


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