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KARINA  作者: 和砂
本編
26/51

転機2


 異形は大地へと溶け消える―――だから、単に確認のために手をついたのだ。

 指先で撫でたのは人の頭髪の様で、その硬質さに最近のものだとわかる。すっぱりとした切り口は刃物で切っただろう鋭さがあり、硬い髪質なので最初指先を軽く刺した。短くカールする二の大陸の髪よりもっと直毛の黒。つい最近そんな髪を持つ者に会っている。そこまで思い返して、緊張の為、表情が強張っているのがわかった一の上帝は、軽く片手で顎を掴んだ。軽く息を吸い、深く吐く。集中しろと心で念じて、部屋の明かりを確認した。個人的に二の上帝に会う約束をしているなどと、今度は従者二人に嘘をついて今夜ここにやってきている。あの、二の大陸にない黒い目立ちと髪を持つ、異国の侍女の元に。

 周囲は小さな水路が流れる音と虫の声で静かなものだ。昼間は彼女の施術を求めて数人が行き来するようだが、夕刻以降はぱったりと人気が無くなる。ここに住む侍女もまた、人と一線を置いている様で、今も明りがなければ無人だと思うほどに静かだ。まるで、忘れ去られて消えそうだと彼もまた思った。

「どなたか、いらっしゃいましたか?」

 閑散としているために敏感なのか、部屋の中から侍女の声がした。いくら上帝の宮の中といえ、この侍女は警戒心が薄く、どこか呑気な声をしている。ここに居る者達と纏う空気が違うなと、多少願望が入っているだろうがそう感じた。浮世絵離れしている、というべきか。そうあって欲しいとさらに思う。

 何を尋ねるつもりか、一の上帝にもわからなくなった。あの髪の持ち主が彼女しか思い浮かばなかったから、竜が居たという場所、その中心にかの侍女が居たのではないかと馬鹿げた妄想をしたのだ。だからといって、彼女が異形でないとわかっているし、もし、竜や虎へと化身できるとすれば、それは―――。

「もし…―――あぁ、お客様でしたか」

 入口のカーテンを押し上げて顔を出した侍女の、ぽかんとした顔を見る。普通の、人の顔だ。普通の顔なのだがと、そうは思いつつも手はすっと伸びて彼女の頬を掠め、耳程に短い髪に触れる。

「どう……何をなさります」

 強く握りすぎた様で、ぽかんとしたまま、どうしたのかと問おうとした彼女が不快に歪む。右手が上がり、一の上帝の手を押さえた。ぞりっと指先で擦り、感覚を確かめる。正直に言うと、全く違いが分からなかったのだが、かっと顔に血が上った。

「お止めください。人を呼びますよ」

 やはり彼女は不快の表情を出すのが得意なのか、不快から軽蔑、侮蔑へと変化する顔がそう言った。髪を掴んでいる状況を思い出して手を放したが、広間に駆け出そうとした侍女を呼び止める。

「侍女殿、貴女なのか―――」

 不愉快そうに眉根を寄せたままだったが、足早だったそれを止めて振り返る彼女。どこかこちらを窺う気配を見せている処は、本当に警戒心が薄い。一目散に逃げ出しても良いというのに。

「何が、です」

「一の大陸との境、廃村に居たのは」

 そんなに怖い顔をしていたつもりはないが、目に見えてびくりと侍女が固まった。じっと、ともすれば数秒ほどこちらを見つめて、一度視線を足元に移すと、眉に力を入れた緊張した面持ちでこちらを向いた。

「カフカ様のご指示ですか?」

 困った時にカフカの名を出すと彼女は気が付いているだろうか、当たりだ、と確信した。だが、この間のように、一方的に追い駆けて、追い詰めてはいけないと脳内で理性が囁く。彼女を過度に怯えさせて心を閉ざさせる訳にはいかない。同じ思いを持つ同胞を探しているのであって、敵対したい訳ではないのだから。

「少し、話をしよう、侍女殿。部屋に入れてくれないか」

 僅かな逡巡の後、軽く胸を張って彼女はこちらに歩み戻って来た。お互いに緊張しているためか、彼女は何度かぐっと拳を握りなおしているようだ。一度舌で唇を湿らせた彼女は、こちらを見上げて口を開く。

「私も、貴方達に聞きたい事があるの。答えてくださるわよね」

 少し砕けた口調に、侍女としてでなく彼女一個人として向き合う気になったと取れて、一の上帝は微笑んだ。気が抜けて急に顔が緩んだものだから、直後、さらに不気味な物を見る目で彼女に見上げられた。が、怯んだら負けとでも言うようにぐっと睨んでくる。

「部屋には……申し訳ないけれど、立ち話でお願いするわ。―――何を聞きたいの」

 多分、緊張から虚勢を張っているのが、見て取れた。睨むような視線も、僅かに自身の希望の答えを得られた為か、愛おしいとさえ思える。

「あの時の―――森で会った虎は、貴女か、侍女殿」

 自身としては、大変感慨深く、慎重に告げた言葉に「森?」と彼女は返す。どこか答えようか迷った様子に、はぐらかされてはたまらないと続けた。

「一の大陸で」

「あぁ」

 納得の返答が返って来た事で、かっと体が熱くなる。対照的に、彼女の顔にはどこか諦めたような、自嘲するような苦笑が浮かび、こちらが言葉を選んで黙していると、彼女が返した。

「私も聞きたい事は一緒なの。あの人は……私と一緒に居た旅人はどうなったの?」

 思いもかけない言葉を投げられ、一瞬、一の上帝は呆気に取られた。睨むように強い彼女の視線だが、よくよく見れば縋るような困った顔をしているのを見る。下手な事は言えないと、少し思い出す様に視線を外した。

「一人、人間を保護した。だが…」

 あの時、失意のまま街道に戻ると、転がる二人の人間があった。一人は第五師団長のインであり、もう一人は死体かと思うほどボロボロの旅人の男で、一目見て二人とも死んだのではないかと思ったのだ。そちらに向かっていたのは見た事もない化け物であったし、魔の法を扱えるインがぴくりとも動かず倒れていたから、餌か何かを咥えていた竜に一撃入れてその餌ごと転がったのではないかと、そんな想像までした。

 結果は、インは誰かに殴られて気絶していたので第二師団長に一撃入れられて意識を取り戻した。もう一人の旅人の男は、片腕が元の三分の一程の細さになっており、鳥ガラの様に壊死し、そこから毒が体に回り瀕死の呈であった。意識を取り戻した第五師団長と、第二師団長二人掛かりで応急処置を行ったものの、何か生命を支えていた気力が消えたようで、数時間後には息を引き取った。

「その…」

 先ほどまで焦がれていた思いが急に萎んでいく。気になるのはあの旅人との関係であったり、件の人物がもう亡くなっていると告げていいのかとそういった慮る事情で、何と言っていいものか詰まった。けれども、どこかそう感じていたのか、彼女はうっすらと笑みさえ見せて口を開く。

「死んだのね。そう…」

 直接的な言葉にどきりと彼女を見れば、こちらが躊躇った理由を分かっているのか、少し顔を歪めたまま「ありがとう」と囁く。親しい仲でなかったのかと驚いて眺めていると、急に顔を乱暴に拭う彼女。どうやら泣いている様だと、異性の泣き顔に弱い彼は身構えたが、目を真っ赤にした彼女は、瞳こそ潤んであれ、泣いてはいなかった。泣き後は、頬にあったが。

「見苦しくてごめんなさい。私が知りたかった事は、もう一つ。私が別の何かになれるとして、私に、何の用があるの。自分の意思で変われるわけではないし、何故そうなったのかわからないのよ」

 それまで身構えていただけに、やっと貰えた答えに、ぶるりと背が震えた。いや、今にも泣き出しそうなボロボロの顔をしている彼女に歓喜を叫んで良いものかと、ぐっと気持ちを飲み込む。

「やっと、会えた」

「え…」

 絞り出した声は拾われた様で、ぎゅっと握った拳を開いて彼女に突き出す。これが精一杯。

 何だかよくわからなくて、涙も引っ込んだような彼女は、彼が伸ばしたそれに怖々と手を伸ばしかけて、下げた。手を見つめていたそれは、次にこちらをじっと見上げてくる。まだ伺ってくる様子に、苦笑して名乗った。

「俺は、一の大陸の“リチョウ”」

「一の、……上帝?」

 即座に微妙な顔をされたが、彼女はようやく手に指先を乗せた。気持ちを寄せてもらったようで嬉しく思えば笑みも浮かぶ。降臨当初から虎や人へと好き勝手に変化できたわけでない自身なので、恐らく彼女もこちらに降臨したばかりなのだろう。指先を軽く握ると、手の中の手はビクリとした。薄く目を伏せ、魔の法を紡ぐ。やはり、異形の気配はない。そして、自身と同じようなモノを感じ取り、自然と口角が上がった。

「貴女を探していた。我が同胞よ」


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