施術の侍女4
9/13に、前話、後半部追加変更しています。
そちらをご覧になられてからどうぞ。
(活報にも書いてあるんで、よろしく)
この娘は少々知恵が足りたいのではないかと第五師団長が考え出したのは、客人とはいえ男三人を自室に上げてからである。いくら出入り口はカーテンだけで、完全に遮ってはいないとしても不用心すぎる。さらに所持している服は全てここの制服である薄い布地の貫頭衣だけだと言い、施術中は場合によっては彼女のささやかな胸を押しつけられる場面もあった。あまりに無防備すぎるためか、胡散臭いと疑っていた第二師団長まで毒気を抜かれて苦笑混じりに眺めてくる程である。
何のかんのと思い返してみたところで、第五師団長は情けなくも施術中に眠りに落ちた事実は変わらないだろう。結論から言えば、寝台に横にさせられて施術された事もあり、長年の痛みが消えた事、仕事続きである事が重なって、解れる身体に自然と眠気に落ちた。施術する人物が適度に女性らしく柔らかい体を持っていたというのも緊張を解いたのだろう。古来より英雄が女性に倒れるという事実を、身を持って知った気分である。それが美女でなくても可能だとは、女性は恐ろしい。
「如何ですか。今は体の位置を正常に近い状態に戻していますが、人間は皆、体の癖があります。長く正常に近い場所に保つには……そうですね、お客様の場合は腹筋を鍛えるのがよろしいかと。立つ際に、後ろに重心をかけていらっしゃいませんか?」
施術中に眠りに落ちる人物はそう珍しくないのだと言い、しばし寝せてもらった後やんわり起こされて、赤面していた第五師団長はそれに少し考え、「そういえば」と気持ちを切り替えた。視線が合えば思わず笑ってしまうので目線を下げた青年や第二師団長らと違い、彼女は慰めるでもなくからかうでもなく、始終、同じ態度を貫いているので、そう話をかけられれば羞恥を保留しておく分には出来やすい。
「その状態で胸を張るように体を立たされますと、バランスを取るために猫背になりやすいのです。手もよく使われますね。座る作業も多いのでしょう。決して運動不足という訳ではありませんので、心がけて軽い腹筋運動を追加していただくと、より効果的だと思います」
施術に対しての理解が深いのだろう、すらすらと口に出される事に大半が当たっていて、占い師かとも思ってしまう。驚きに次の言葉が遅れる第五師団長に対し、第二師団長もまた、彼女の見識に驚愕していた。多くの戦士を見、戦場でさまざまな怪我を見、医者にもよく世話になり、自らも治療を施す彼の事、見て軽く触れただけでその人間の癖を見抜く彼女の知識は欲しいと感じた。逆に、その知識は厄介な敵ともなる。思わず目を細めると、何かと敏感なのか施術の侍女は第二師団長を振り返り、苦笑してみせた。
「誤魔化しと、思われますか?」
険しい視線に気付いても、その意味がわからなかったのだろう彼女の申し訳なさそうな目に、第二師団長は驚いた。こんな厄介な技術を持っているのに、それの価値に気付いていない事がわかったからだ。
「いいや。素晴らしい」
一言告げれば、ばっと赤面して下を向く侍女。年は言動からもある程度取っているようだが、そういった初々しい反応が奇妙だ。世間慣れしていない。今まで冷めたような顔か、施術中に軽く微笑む以外の、満面の笑みを見てさらに毒気が抜かれてしまう。誇らしいとばかりの笑みを何とか抑えようと、奇妙に歪んだ表情となった侍女は、「ありがとうございます」とやっと言った。そんな折―――。
「明かりがついているな、客か?」
遠慮なく入口のカーテンが捲り上げられ、黒い肌の美女が入室してきた。二の大陸の標準的な肌や髪の色、体格をしているこの美女をこの場の全員が知っていた。
「”カフカ”様」
侍女が笑みをこらえた変な顔のまま、軽く隠す様に口元を押さえて美女を呼んだ。そう、この大陸の最も尊き存在――二の上帝――である。思わず腰を浮かせた三人だったが、彼らと目が合い、二の上帝もまたぎょっと後ろに下がる。
「何故、お主らがここに居るっ。お前、この者らが誰か知って……」
驚愕のまま侍女を振り返った二の上帝は、ぽかんとした侍女を見て言葉をつぐんだ。侍女でないと、好き勝手して良いと周囲にも言ったせいか、客人の情報を彼女に渡しただろうかと考えなおしたのである。この反応を見るに、きっとない。思い至った彼女は、「はあぁっ…」と重くため息を吐いた。
「……カフカ様のご紹介かと」
「そんな訳ないだろう。他国の客だぞっ」
「申し訳…ござい、ません…」
目に見えてしょんぼりした侍女に、そういった反応が嫌いなのか、二の上帝は苛立ったようだ。だが、侍女の勘違いを良い事に、そのままにしていたのは第五師団長らである。人が良いのか、すぐに謝るせいか、恐らく叱られやすい性格なのだろう。
「よい。―――それより、小僧(一の)。どういうつもりだ」
「そうカリカリなさるな、二の上帝殿。可哀想に、侍女も怯えておるではないか」
凄みを増す二の上帝に答えたのは青年で、さらに話を振られた侍女は完全に敵を見る目で青年を見つめて控えるように一歩、二の上帝の後ろに並んだ。
「おっと。嫌われてしまったかな」
青年が呟いた事に、二の上帝も控える立場に回った侍女を一目見て、顎をしゃくる。侍女は意図がわかったらしいが、この場に一人置いていって良いものかと思案する様子が見て取れ、青年もまた第二、第五師団長らに同様指示した。不安そうに出ていく侍女に、しかと頷いて二の上帝。
「この場に武官がおらなんで良かったな」
「そんなに気に入りの侍女だったか。少し話を聞いただけだ、許されよ」
「そういう事ではないよ、小僧(一の)」
茶化すような会話を耳に入れながら、第五師団長は侍女を軽く手招きして外へと連れ出した。明かりが洩れるカーテンを何度か振り返りつつ、侍女は第二、第五師団長へと視線を映す。
「紹介が遅れましたな、侍女殿。私は一の大陸、第五師団所属、イン。他の二人も同様、調査に来ているというのは真実ですぞ」
「はぁ…」
先ほど青年に見せた視線程ではないも、打ち解けた様子がなくなった侍女にそういえば、曖昧な返答が返って来た。先ほどの様子や素晴らしい技術に感動した後であったからか、少し寂しく思いながら待てば、遠慮がちに尋ねられる。
「禁止されていたのですか?」
「宮の中を自由に歩き回るというのは確かに。貴女に会う事も、ここを散歩する事も含まれてはおりませんでしたがな」
「そうですか…」
他国で無遠慮に散策するという事は褒められた事ではないが、彼女にあえて伝える事でもない。第五師団長がきっぱり言うと、何が二の上帝の気に障ったのかと思案する侍女がいた。
「何か、催物などご参加なされる予定でしたか?」
「いや、その様な事はない」
やっと思いついた内容がそんな子供のような事かと、第二師団長は呆れを隠して返答する。本当に、この侍女はまだ少女かと尋ねたい程に、考えが熟成していない。あるいは外の争いなどを知らず、安寧な人生を送っているのか。上帝の血筋の娘と考えは当たっているだろうなと彼は確信を深め、さらにその知識の出所や活用の仕方を尋ねたいと考えた。
「それより侍女殿。貴殿の技術はどこで学ばれたか」
人の緊張を解く笑顔など自身の為にしか使わない第二師団長お得意のそれに、第五師団長は『本気か』と、無言ながら目を剥いた。だが件の侍女は人と目線を合わせるのが苦手なのか、微妙に逸らして一言漏らす。
「遠く、故郷で。三年程学校で学んだ後は仕事に就いて…」
「ほう。二の大陸ですかな?」
そういう話し方なのか、曖昧に暈かす侍女に第二師団長は笑顔で尋ね、彼女を困った顔にさせていた。
「いいえ。もっと、ずっと、……遠い処です。こちらには、カフカ様のご厚意で住まわせて頂いております」
第二師団長は気付いただろうか。第五師団長であるインは、彼女が『遠い処』だと話す際、泣きだすのではと思ってしまった。それぐらい顔を暗くしたのに、次には誤魔化す為か、続けているのを。
「ほう。遠い、とは。貴殿の顔立ちはとても独特だ。三の大陸ご出身だったか?」
『この鬼畜め』とインは、第二師団長を軽く睨んだ。厳つい顔の癖に、こういう時ばかりは人の良い笑顔を浮かべられる彼の事、きっと先の反応も分かってやっているのを理解したからだ。しかし押されるばかりだろうと思われていた侍女は、彼の言葉に軽く疑心の顔をしてこう返した。
「顔については劣等感に苛まれております。もう、このお話はお止めください」
「それは…失礼を」
得物をいたぶるだけだと余裕を持っていた第二師団長は、彼女の強い視線に軽く驚いて謝罪する。彼の威圧感も感じているだろう侍女だが、悪意を持って対されれば向かうだけの勇ましさはあるのだと、その強い視線が言っていた。顔を上げた侍女は柔らかな顔立ちとは縁遠い、緊張に強張らせる新参兵のような、そんな顔をしていた。




