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KARINA  作者: 和砂
本編
21/51

二の上帝と施術の侍女2

不明だらけの二部はそのまま、第三部開始します

「書が届いております」

 簡潔に言われた事に、二の上帝は「やっとか」と片手を出した。一通り内容を朗読された後である。ぺらっとしたそれは、特異の異形の影響があった場所の調査の為、魔の法に長けた人物を貸してほしい旨を書いた二の上帝の書の返事である。先日の”竜”の異形について、今は話す気がない二の上帝であるが、あれが何だったのかは気になるところ。一の上帝からの書が来たのを良い事に、言いだしっぺの法則を払って貰おうと考え、ならば異変がないか見に来いと挑発してみたのである。もちろん、自身が上帝として年長である点を存分に強調して。大陸同士の関わりの薄い、上帝間のやり取りであるが、それで魔の法に長けた第五師団が来てくれれば儲けもの、あわよくば、第五師団長が滞在し、魔の法のなんたらかをこの大陸に落としていってくれれば、と安易な打算もしている。これが内密だから良いのであって、公式ともなれば第五師団の者共尽くに酒を飲ませ、翌朝には将来有望な子が望める女達が寝室から逃げだしてくるよう、老害共が手を打つはずだ。それは流石に女性らにも生まれてくるだろう子らにも、また自身の良心にも悪いと思う。

「兎にも角にも、成功、か?」

 ざっくりと言えば、内密の限り、了承を得た。あまりにあっさりと条件を飲んだ処から思うに、恐らくやってくるのは下っ端も下っ端であろう。滞在場所を図々しくも上帝の宮と指定してきた所に、普段から無表情の武官などは軽く目を眇めていたりするのだが、そこはこちらも無理を言ったのだし、”異国の侍女”という例外もいるのだから度量を見せてやらねばならない。侍女の噂は城下に蔓延してしまっているので、後で何か言いがかりをつけられても困る。

「手配出来る、な?」

 わざとそう言えば、さらに眉を上げた武官が憮然とながらも頷く。良くも悪くも非公式。あの小僧はどう楽しませてくれるだろうかと、不謹慎ながら彼女は思った。存外、久方ぶりの上帝間のやり取りに興奮している二の上帝であった。











 ―――――この大陸は雨が少ないのだそうだ。

 二の上帝の為の宮の中で水場のある最奥の小さな庭園にあり、それを教えてくれた庭師の言葉に首を傾げて空を見上げる。周囲が薄暗いのは周囲が高い石壁だからではない。ずっと、彼女がここに来た時から空が曇っているのだ。確かに雨は降ったとしても少ないが、空を見上げた異国の侍女を苦笑して、庭師は「今年は確かにおかしい」と、軽い喜びと不安を滲ませて言った。


 色々な事がありすぎて脳内がパンクしてしまっていたのではないかと考え出したのは、軟禁のように宮に押し込められて働き始めてからである。そうやって落ち着いてくるとこれまでが、今が、どういう状況にあるのかはある程度考え付くものだ。彼女は死にかけの旅人の不意の親切に驚愕して、そのショックで朦朧としていたのではないかと反省した。それまでも混乱の渦中にあって限界だった精神にキたのではと後から思うのである。だから、幻を見た。所謂白昼夢や幻覚の類ではないかと思うのだ。幻の少女の姿を見、廃墟を荒廃した村だと思い、崖を落ちても無事で、見知らぬ人物から服を投げられて、そうして自身は竜や人と成ったなどと。二の上帝に説明した通りの出来事を体験したが、その話の筋が通っていない事も、意味がわからない事も自覚しているからだ。幻や錯乱でなければ何なのかと、こちらが教えてもらいたいぐらいである。

 もう一つ、二の大陸の上帝の考えもわからなかった。言葉が通じたとしても文化の違いから攻撃される事がわかっているので、何処に居ても結局は失敗しないよう緊張しきりだったのだ。あんな化け物からの転身として捕えられた事を考えても、今の状況は考えられる最良の扱いで混乱させられる。それとも、人とは、世界とは、それほど怯えなくても良いのだろうか―――。

 一瞬浮かんだ甘い考えに頭を振る。あの時、あの夢のような幻の中でも言われたのだ。『一生を捧げて共に在ると出来るか』と。それは極論ではあるが、自分自身はもちろん、例え二の上帝が慈悲を持つ人物であろうと無理なのだ。各人には各人の都合、人生がある。いつまでなのかはわからないが、化け物の可能性がある人物をこうして養ってくれるのは何か意図があるのだ。こちらからはわからないけれど。


 仕事が終わったらしい庭師が道具を片付けるのを横目に、彼女はもう一度空を見上げる。降りそうで降らない雨模様と人と、それはそれは似た立場だなと彼女もまた微妙な笑みが口に出た。彼女の表情が変わったのは、庭師と別れ、庭園の隅にある自室に戻った時だ。この宮に来るまでの事柄は、すわ現実かと心揺さぶられた訳だが、幻と思う事で納得できる多々である。けれど、唯一物証として残った毛皮の衣装が、閉めたはずのクローゼットから零れて見えていたのだ。曇らせた表情のまま、彼女はさっと制服化している長い衣装を穿いてそれに近づくと、また目に付かぬように奥へと押し込んだ。


 夢でなければ何だと言うのだ。だって、やっとできた友達は目の前で、き…―――


 ―――――バンッ!!


 ぎゅっと目を閉じた彼女は、乱暴に閉めて大きな音がしたクローゼットをゆっくりと正面に映した。泣きたい訳ではないけれど、競り上がるような吐き気を感じて。一度息を溜めて嚥下して立ち上がった彼女は、何の目的もないまま、再びふらふらと自室の入口(カーテンをしただけの二柱の間)へと歩き、疲れたように片方の石の柱に寄りかかった。首を柱に預けるようにして立てば、石の冷たさと対比したか、頭痛がする事に気がつく。空もどんよりとしていて偏頭痛でも起きたのだろう。乾燥地帯にあって風が適度に涼しく、それが救いだ。軽く目を閉じると、石の冷たさと風が気持ちいい。嫌な気分を吹き飛ばしてくれるようである。もっと風が吹けば良いのにと考えた折り、自室からL字に伸びる廊下の傍、通りに沿う水源の水面が揺れたと感じた。目を開ける。

 ――――――ゴウッ

 一際強い風が吹いて、彼女はほっと息を吐いた。重い黒い髪まで浮く強い力に、姿勢を正して息を吸い込む。今さっきまで息が詰まっていたが、やっと肺が満たされたようだ。呼気すると余計にそう思われて、両手を広げるようにして彼女は一歩庭へと足を踏み出した。伸びするように背を反らせば、両手から垂れる(ひだ)が髪の比でなく靡く。ふっと笑みが出て、片腕を軽く上げてみた。役者の様に半歩足を引いて、上げた手を支点に二歩半で回る。さらにゴウッと風が吹いた。まるで、合わせてくれるみたいだと彼女が笑うと、不意に口から音が漏れる。

 ”ファ”を基準に二音、半音と連なる音が、彼女が足を運ぶ度に口から洩れた。どこか聞いた事のあるメロディになったと彼女が感じた頃には、風は再びゆっくりとしたものに変化しており、物足りなくなっていたが、彼女も軽く頭痛を思い出して、微苦笑したまま庭園の水源に足を付けるようにして座った。

「冷たい…」

 人気が少ないこの場だから出来る事だと理解しながらも、周囲を見渡して再確認した彼女はぴしゃぴしゃと足先で弾いた。すぐに足先が冷えたので庭に裸足を投げ出した彼女は、水面に揺らぐ月を見つけた。もう日没したのかと軽い驚きを受け、しかし揺らぐおぼろ月が故郷を思わせて、小さくだが、自然と唄が漏れた。

 ――――――菜の花畑に……

 歌いやすくて好きな曲の一つだ。自分の知る故郷の風景とは多少異なるものの、同じ国の人間なら想う風景が脳裏に浮かび、詰まった喉がさらに苦しくなる。押し出されるようにして涙がこぼれたのも、何だか恥ずかしい。鼻がつんとすれば、歌えないじゃないか。『ひっひっ』と歌の合間の呼吸音が大きくなれば、もう歌どころではない。まだ、諦めきれないのかと自虐的に思いながら、長いスカートを無理に掴み、口に押し当てる。

「うぐぅ…」

 ぐっと強い力で押し当てたからか、耐える嗚咽はどこか獣の鳴き声に聞こえた。



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