二の上帝と施術の侍女
二の上帝の住まう宮に、新しい侍女が入った。二の大陸の者にある堀の深い顔立ちでなく、平坦な顔立ちに肌もどちらかというと黄味がかっている珍しい侍女だそうだ。そう噂されていた時の上帝は今後にやや不安があったものの、初めの頃は騒がれた噂も、物珍しさに慣れてくれば自然と消えていった。件の侍女は、今はひっそりと宮の隅で過ごしている。気晴らしついでに、人気が少ないその場を訪れた上帝は、庭の小川を前に呆けている侍女を見つけて声をかけた。
「調子はどうだ」
宮の女たち同様に薄く透ける仕様のリネンのシースドレスを纏った彼女は、ゆっくりと振り返り、恐らく予想していたのだろう、二の上帝に対して膝をついて礼をする。侍女長に仕込まれたらしく、羽の様に両手でドレス裾を広げる古風なものだ。そんな事をする必要はないと常々言っているのだが、頑固なのか、変える素振りはない彼女に、上帝は片手を上げてやめさせる。
「肩が凝ってな。頼めるか」
「はい。こちらへ、どうぞ」
必要な事以外は話す気がないといわんばかりの至極無愛想な声かけだが、上帝は許した。こちらの宮へと連れてきてからぽつぽつ話すようになったが、彼女は極度の人見知りだそうだ。侍女でなく、客人という扱いにしたい上帝は、無愛想な年下の彼女に二、三言いたい事もあるが、今は場に慣れないだけだろうと目をつぶっている。それに、苦しそうに言葉を紡いだり、申し訳なさそうに宮に住みこんでいる彼女であるが、唯一、コレをしている際には、ほっと笑顔を浮かべるのを知っているからだ。
「最初は横向きで。申し訳ありませんが、少し頭を上げていただいてよろしいでしょうか」
「ん」
少し硬めの寝台に横になった上帝は、言われた通りに頭を上げる。さっと彼女が、高さを合わせて枕を敷いた。それから、上帝の背後にまわり、背骨周りを軽く押し始める。特にないも言わないのだが、彼女はよく上帝の疲れた部分を自然とわかってしまう。医者かと問うた事もあるが、そんな大層なものでないと彼女は苦笑していた。
あの廃村で、黒い卵から孵化したとしか言えない彼女は、三の大陸の衣装を纏っていた。それも、武官が胸を斬り裂いたせいで衣服は使い物にならず、彼女の肌からも血が流れていたので、武官から外套を受け取った上帝は、事情徴収も兼ねて彼女を保護する事にしたのだ。消えていった”異形”に何の思い入れがあったのか、放心していた彼女は、腕を引っ張られても特に抵抗なくついて来、身寄りもないとの事で、同情した上帝が宮に住むように手配した。荒々しい精鋭達に引っ張って来られた事もあって、牢屋にでも入るのだろうと考えていたらしく、宮に連れて来られて困惑していた彼女は、他の者にどう言い訳しようか考えながら歩いていた上帝から逸れ、そして侍女長に捕まった。見ない顔立ちの彼女は侍女長により、即座に兵へと引き渡されて牢屋に入れられ、気がついた上帝が迎えに来るまでぼんやりとそこで過ごしていたらしい。ぼんやりしすぎる彼女に、上帝は呆れた。
廃村に居た事も、一の大陸を旅していて辿りついた事、そこで最後に消えた”異形”―――その時点では只の盲目の少女だったらしい―――と交流を持ち、村まで歩いて尋ねて霧に巻かれ、気がつけば武官に斬られていたと話す。三の大陸の衣服は、村を訪ねる途中、崖から落ちて途方に暮れていた処で、毛皮の衣装の人物に無償で投げ渡してもらったらしい。彼女の話は何もかもがあやふやで、では、どこの生まれだと尋ねるが、告げられる国や場所はどの大陸にもなく、気がついたら自身の家でも何でもない、一の大陸の森に立っていたのだと答えた。あまりに怪しい素情と話に、武官は罪人として捉えるか、そのまま切り捨てるべきだとこっそり告げてきたが、予想がついていたとばかりに、一瞬にして表情が消えた黒い目で眺められて、上帝は不快に片眉を上げたのだ。何もかもが受け身、それも自分が選んだわけでなく他人に選ばせて、それに静かに不満を持つような態度が気に入らず、教育しなおしてやると考え、名目上、客人として迎えると告げた。
だがそこは不本意なのか、上帝へ「自分はここの侍女たちの様な仕事はできない。教育も受けておらず、貴人の世話係は不可能だ。何もないなら、市井へ解放してくれ」と慌てて話す。ぞんざいに扱われる事は諦めたような、不貞腐れたような態度の癖に、破格に扱ってやれば途端に恐縮する。矮小な根性が益々鼻について、上帝は無理やりに侍女長に彼女を渡し、見れる格好にしてこいと命じた。それからすぐに彼女は戻って来ず、どうも勘違いした彼女と侍女長で、最低限の侍女教育を受けたらしい。自分の宮の中で行方不明となった彼女を、ようやく見つけたのは厠で、彼女は四苦八苦しながら掃除をしていた。真面目にする他、本当に何も取り柄がないらしく、皆が嫌がる仕事しかできなかったそうだ。本当に、この娘は何も知らない。うっかりしているのか、使用人の食事も何処でどう取れば良いのか分からず、二日何も食べずに働き、倒れた事も聞いた。とにかく危なっかしいとは侍女長の言だが、元より侍女でなく客人とすると言っているのだから素直に受けろと、今度は上帝自身で彼女の部屋を作って押し込んだ。すると、ほとんど部屋から出ずに過ごしだす。そして急に政務に呼び出されて上帝が訪問できなかった事を良い事に、侍女長に人気のない宮の隅の小さな部屋を所望し、そこに移っていた。確かに不審人物であるが、侍女長も侍女長だ。素直に上帝の命を聞いて欲しいと言えば、「危なっかしいのは、貴方も同じですよ」とやんわり断られた。
その後は彼女が至極大人しく過ごしているのも、上層部の爺共の方が勘に触る事もあって、上帝が彼女を意識する事が少なくなったのだが、再び彼女が目に付き始める事となる。曲がりなりにも客人であるため、数名の護衛や侍女をつけているのだが、暇を持て余していた彼女は彼らと交流を持ちだし、その小さな輪の中で彼女の特技を披露したのだ。彼女の施術を受けた彼ら曰く、彼女は癒し手らしい。日々の生活で生まれた小さな疲労を見つけて自らの寝台に呼び、そこで簡単に手足を動かした後は、とてもすっきりした体調になるのだそうだ。寝台を使うとの事で最初は抵抗があったらしいのだが、何度も彼女からお願いされ、そうして施術を受けると調子が良いものだから、つい一回が二回、二回が三回、噂が噂を呼び、日の半分程、彼女は彼らの施術をして過ごしていた様だ。彼女の予想外な事に、周囲の数名だけに特別に行われていたそれは、好奇心やら純粋な悩みから訪れる人が増えて、人数を制限するためにも少しばかりの謝礼を取るようにしたらしい。好奇心の者は自然と去ったが、腰や肩など、深刻な悩みを持つ者はそれでもと彼女の元を訪れる。最終的に上帝までも噂が回って来て、こちらは好奇心で彼女の元を訪れた。
その日は予約がいれてあり、いくら上帝でも彼女は頑として施術を拒み、予約を優先する。断られて残念だとの思いと、改めて彼女がくそ真面目で融通が利かない、対人関係が下手そうな印象を持った。施術をされていた者の方が怖々していたが、時間をずらして約束を取り付ければ、本来断っていた夜だろうと優先してきたので、それはそれで良いかと上帝は思う。決して蔑ろにしてはいないのだろうが、どうもそこらへんの優先順位も彼女は独特だった。夜に施術してもらい、なるほど特技なのだろう事と、他人の体が解れるのを見て小さく微笑むそれに、悪い奴ではないとの認識をした。その上帝に、彼女はこれまで少しづつ受け取っていた謝礼のほとんどを差し出して来て、さらに上帝の目を白黒させたものだ。侍女としての仕事も満足に出来ず、ただ養ってもらう事が申し訳なかったのだと彼女は言う。本当に、悪い奴ではないのだろう。上帝は、すっかり彼女の施術に骨抜きになっている精鋭達の事もあり、彼女に宮に留まって治療師を続けてくれと頼んだ。
今日も、その一環だ。その施術の中で、彼女はやはり無口が多いが、尋ねれば少しだが自身の事を話した。住んでいた場所は一の大陸のように四季があり、そこでこの施術を学んで職についていた事。この施術も医学的には大したことはなく、むしろ病気が落ち着いた人間に対しての施術で、精々予防効果しかなく、過剰な医学的期待は無駄だと言う事。特に年寄りに行う事が多く、仕事をする両親でなく祖父母に預けられていた彼女は、無償で彼女の祖父母に行っていた事。そうして、帰りたいという事。
「愛されていたのだな」
「……自分でも納得いかない事もありましたが、家族ですので。きっと、そうです」
そう言った彼女は、丁寧に上帝の体を伸ばしながらも、少し涙声で話した。




