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KARINA  作者: 和砂
本編
18/51

虚構と幻2


 夢の中、もしくは、目が覚めて。顔の造形や細かい処はぼんやりしているのに、相手の表情から、相手のこちらに向ける感情がはっきり確信できる覚えはないだろうか。よくよく顔も覚えていない、思い出せば姿が違うのに、「あ、これは」と相手を知っている場合はないだろうか。

 近づけられた顔が、蔑む表情だとわかっていた。微笑む唇が動けば、絶対に嫌な事が言われると。顔を、というより害意を紡ぐだろう唇を凝視したのは次の言葉が続けられる瞬き程の間だろうに、その間、二度は『嫌な事を言われる』『嫌な事を言われる』と心中で繰り返した。悪意から心を守るための準備期間としての気合い入れの言葉だったが、実際に与えられた悪意は必要以上に心を揺らしてしまって、咄嗟に目の前の相手を殴りつける、そんな行動に出た。―――はずだった。

 実際は理性が働いたらしく、両拳を握って下に叩きつけるように腕を振っただけだったのだが、明確な悪意に何かしら怒声を上げたのは間違いない。事後、冷静に思い返せば、咆哮と表現していい大声だ。そんな事をしても、子供が駄々を捏ねているだけだと、やってしまった瞬間気が付き、自身でも苦い思いが腹を回る。叫んだ瞬間は怒髪天を衝くと言ったように、体を柱として周囲に暴風をまき散らすような、そんな気分だったので、怒りの中にも、自身が相手の口を無理やりにでも塞いでいないのが不思議だった。気分としては、反論が出来ず、遮るように声を上げた事で、完全敗北。その一方で、相手もこちらに引導を渡したと油断していたのだろう。高潔でありたいと守っていた自尊心に一撃を入れられた怒りで、一時的に気だるさを吹き飛ばした視界は、相手の目を、ようやく捕えた。

 あの時”シーナ”と感じた人物は、実際に捉えた姿だと、可憐さとは縁のない大柄な体をしている。女性が羨む細い手足をしているが、肌の表面はふんわりしたものでなく硬い筋が這っており、勝ち誇った顔は愉悦に歪む、青年だ。顔立ちは、ぱっと見てわかるほど整っており、文句なしの美人だと理解したと同時に、完全に自身の敵とわかっている事でそれに見惚れるゆとりもない。むしろ、遠慮なく殴って良いと即座に処理され、効き腕を斜め下に振り抜いた。至近距離だった事もあり、相手の左顔面をしかと捉えたと確信持って振られた拳は、ドライアイスの煙の塊を、いや、靄だろうか、を宙に拡散させる。

 ――――――し損ねたっ。

 向こうでも、会う人会う人『顔が怖い』『睨むな』『…言いたい事があるなら言え』と、しつこく、ともすれば言いがかりかと感じる程に言われてきた。その経験からか、腕を振り抜いた私の顔、特に眼光は、ぎろりとしているだろう。勝利を確信した笑みと咄嗟の回避からの驚愕、二つが混合した表情の青年と目が合った。微かに彼が震えた様に感じる。例え殴られたとしても怯まない程の熱が臓腑から競り上がっている今、こんなひょろりとした優男に負ける気はしなかった。その気概を、軽い恐怖として視線から受け取ったのだろう。

 シーナと似たような、白い印象のある青年だった。女形おやまとして理想的ではと、素人目に思う程の美形。物語の中のエルフと表現すれば適切だろうか。全体的に男性らしさを感じさせない華奢さがあるのに、首や肩、胴回りや角ばった腰、全体的な骨格は男性で、彼の性別を間違わせる事はないだろう。こちらには馴染みない白髪をしており、顔を隠すように前も後ろも伸ばしている。光の加減か、動きに合わせて薄く発光しているようにも見える髪だ。動く度にさらさらと音がする前髪の奥に、白っぽい、オパール様に揺らめく目が見える。眉もまつげも、髪と同じ白。唇は、ぼんやりした中で見た印象と違いなく、血行の悪い、薄らとベージュに染まった色だ。袖口や各所に布の余裕がある服は灰色がかった白で、雪を纏っているようだ。何処までもふわふわと気配の薄い青年に安易に侮辱されたのが悔しく、突き動かされるまま体を捻る。

「―――斬り裂け≪李徴≫ぉっ!!」

 敵を攻撃する意志だけで前へと突き出された彼女の拳には、旋風に似た空気の渦が宿っていた。暴力的な敵意から放たれた風がどうなったのか、呆けて腰を抜かした彼女ははっきりと覚えていない。ただ、白い青年ごと、周囲に漂っていた霧を吹き飛ばした、そんな気がする。しかして開けた視界には、あの陰険な笑みの青年は居らず、まばらな草が生えた地面の上でほっと息を吐いた。

 急に体を動かしたせいか、振れ幅の大きかった感情のためか、呼吸が荒い。落ちつく様に深呼吸すれば、自然と左右に顔が動いた。自身の感情の発露が周囲にどう見られているのか、無意識化でも今更ながらに気になったのだろう。幸いな事に辺りはシンとしており、ほっと息を吐く。だが、もう見える範囲に小さな家が建っており、叫んだ声が聞こえたのではと内心恥ずかしく思った。

 先ほどのアレは何だったのだろうかと、彼女は家に向かって歩きながら考える。ぼんやりと機械的に歩を進める傍ら、瞬前の自身の行動を思い出そうとして、何だか体が疲労を訴えるような、とにかく顎が痛いような、そんな気分になった。顎の痛さから閃いたのは、崖から滑り落ちた記憶だが、現在、歩いて村に向かっている。もしや、もう死後の世界なのだろうか。現実の疑似体験、悪意ある人間と対峙する夢は稀に見ていたので、あの嫌な気分を味あわされる夢かと思っていたのだが、アレが生前の私の、自身またはあの世が下した評価なのだろうか。実家もない、全く知らない世界で、こんなに無様に死ぬのか。”死”の単語を繰り返すと、顔が歪んだ。情けない声が漏れそうで奥歯を噛むが、鼻を中心としてぐっと皺が寄る。振っていた腕先、握った拳から強制的に指を伸ばされるような、痺れ感のある脱力が伝わってきて、それが自死に対する恐怖なのだと実感する。過去を振り返る余裕もなく、ただ、無念というか、痛みを伴う痺れが指先から上がってきて、歩く最中にも倒れそうだ。真実何も考えていない。無情・無念だと感じるそんな呈で、過去の楽しかった記憶や家族・友人を思い出すでもないのに、何故か悲しくなって、我慢するために強面となった表情のまま、目尻から涙がこぼれた。泣くのは苦手で、泣きたくなんてないが、小さくしゃくり上げながらぽろぽろと零れてくる。鼻筋が半端に濡れて痒く、乱暴に拭った。

 『ちくしょう』と小さく呟けば、先に見えていた家に住むのか、窓に人影。歪んだ視界だったが人の気配を感じ、現金なもので、すすっと鼻を啜れば涙は止まった。人が居るということは、死後ではあるまい。天国地獄という整然とした概念はあまり信じていないし、この中途半端に寂れた景色はそのどちらも含みそうにないと感じて、不機嫌に目を擦り、進む。

「御免ください」

 十六畳ほどの、小屋みたいな家の玄関に立ち、目の前の扉をノックする。自然と元の世界と同じ声かけをしているのに不思議とほっとした。この言葉は柔らかくて好きだ。泣いたのは誤魔化せないでも、表情は変えないとと余裕が生まれる。けれど、人影が見えたはずの家から返答はなかった。怪訝に思い、もう一度、扉を叩く。

「あの、御免ください」

 返答はない。折角生まれたはずの余裕が萎んで、眉根を寄せる。返答がないだけで凹んでしまう気持ちに少々呆れながら、彼女は家を背にして他を見た。同じ様な小さな家がぽつぽつとある。どれもシンとしているが、人が居るような気がした。錯覚かもしれない。思わずため息が漏れた彼女だが、さらに先の家の影から小さな人影が手招きしたのを見て、ぱっと顔を上げて小走りした。

「―――あの…っ」

 声をかけて家の角を曲がると、小さな人影は振り返る。少しませたような動きで、白いワンピースを翻したのは、陰鬱そうな雰囲気がない少女。光を失っているはずの目は、薄らと赤く微笑む。痩せた手足はそのまま、少女はシーナだった。


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