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KARINA  作者: 和砂
本編
12/51

竜と草原の少女

 これまで隣には成行きの同居人が居たわけだが、今、目覚めると一人で水たまりの横に寝そべっている。寝息の一つも聞こえないと、こんなに寂しいものなのかと彼女は小さく息を吐いた。単純に目が覚めたせいもあって、朝だ、と思ったのもあるが、周囲に靄があったのも、彼女がそう考えた一因である。周りに巨木はなく、精々、藪程度のこの場に霧が出るのも不思議だが、人から虎、竜へと変化する世界である。そんなこともあるのだろうと彼女はぼんやりと瞬きした。傍の水たまり―――人の大きさだと池とでも言うのか―――を見れば、水面から煙が立ち上っている。秋頃の朝方がこんな気候になるなと故郷を思い、欠伸した。肌寒くはないが、体表の鱗の端には水滴がついて、目の前の崖の苔と同様、ゆっくり大地に流れて行った。

 日を遮る靄は、風の動きに合わせて動く。心地良いまどろみに、彼女は眠り眼のまま眺めていたが、ふと、芝の奥から何かやってくる気配があり、息を潜めた。他人と暴力で争う事なかった彼女でも、虎の時分も熊を倒す程であり、さらに巨大な竜となった今、バリスタを担いだ軍隊にでも遭遇しない限り、そうそう慌てる事もないと考える。けれど、小型犬に吠えられただけでも驚愕していた経験から、悪戯に相手を刺激するものでもないと思ったのだ。この靄であるから、竜が居るなどとわからないかもしれないが、近づけばその巨体は目に入る。それで相手が警戒して、この場を去ってくれるのが一番良い。勘の良い獣なら、即座に引き返すだろう。

 風を顕す靄の動きから見るに、相手は竜とは比べ物にならないほどに小柄で、そして単体だ。無茶もすまい。そう高を括る彼女は、丈の高い絨毯の様な、下草の柔らかさを堪能しようと顔を伏せる。そのまま目を閉じていれば、そのうち生き物の気配も遠のくだろうと思っていた彼女だが、いつまで経っても消えないどころか、こちらに少しずつ近づいてくるのを感じて片目を上げた。

 ――――――ふぅん、くるぅぅぅぅ。

 ため息交じりに鳴き声を聞かせて、相手を脅かしてみる。だが、何を考えているのやら、それ―――足音を聞くに、恐らく人間だ―――が近づいてくるのだから、彼女は困って長い首をもたげた。低木の野原に、動く影。上から眺めて様子を窺うと、なんと、少女である。こんな姿を見られたら悲鳴を上げられ、下手をすると気絶してしまうかもしれない。いや、そんなのは少女に限らずであろうが、女系の図太い彼女の家族ならばともかく、世の”女の子”というのはそういうものだと、変な偏見があったのだ。

 ―――――――――ふうぅぅっ

 困ったと言葉に出来ない分、ため息を吐くしかない彼女に、近寄ってくる少女は声をかけてきた。

「誰か、居るの?」

 ―――――――――えぇ、化け物がね。

 皮肉交じりに呟くが、それ全て獣の鳴き声にしかならない。我慢が出来ずに脅かしてやろうかと考える彼女だが、そうなったらそうなったで、この少女の後始末―――家に送る―――をどうするのかとも考えた。口に咥えて運べはするが、近くの村の場所も知らないし、この巨体で、しかも口に少女を咥えているなど、脅威以外の何物にも見えない。無理だと、彼女は唸った。

「貴方、おかしな事を言うのね」

 ――――――ん?

 誰かと会話している風の声が続き、彼女は首を捻った。少女以外の人影はなく、周囲に小動物(メルヘンな行動でもしている風に)でも居るかと思ったのだが、竜が居るという以前に、こんな身を隠す場所もないところに蜥蜴以外、可愛らし動物の姿はない。靄がかかる朝方の時間、人気のない寂れた場所にやって来る点からも、実はこの子、頭の弱い子じゃないのかしらと、逆に彼女は気を揉み始めた。

「ねぇ、返事してよ。そこに居るんでしょう?」

 確実に、ヤバいかもしれぬ。小学校高学年程度の、もう人格がはっきり出来ている時期の子供だ。空想遊びの経験はある彼女でさえも、ちょっと将来を心配してしまう言動である。これは、獣や人に驚愕されるよりも、余程厄介ではないかと彼女は息を飲んだ。けれど。

「ねぇ、貴方、人じゃないんでしょう? 魔の法が使えるのね」

 低木を手探りで進んできたその少女が真っ直ぐ彼女を見上げた事で、ようやく合点がいった。

 ―――――――――貴女、目が……

「そう、見えないの」

 質素な木綿の服を着た、小さな少女の両目は閉じられており、光に反応するのか、瞬きした隙に見えるその眼は灰色に濁っている。足は裸足で、藪を抜けてきたためか細かな傷まで出来ている。

 ―――――――――ぎゃ、く、待?

 手に持ったボロボロの桶を見て、彼女は呆然と呟いた。彼女は、明らかに獣の声しか出していないものの、はっきりと言葉として少女に伝わった様で、少女は両目を閉じたまま、軽く小首を傾げて聞き返す。

「ギャ=ク=タイ? それ、なんて呪文?」

 ――――――――――――え、いや、呪文じゃなくて…

 そこまで言いかけて、彼女ははっとして少女を見下ろした。他者から見れば、巨大な竜が少女を前に、食べようとしているようにも見えるのだろうが、彼女と少女の他に誰もいない。構うものかと彼女は少女に顔を寄せ、制限付きの魔法のランプに願い事を言うかのような、慎重に身構えて尋ねた。

 ―――――――――どうして、私の言葉がわかるの?

「どうしてって……私は、魔の法が使えるもの。魔の法なら、何となくわかるの」

 ―――――――――魔の法?

 少女が何の事を言っているかは分からなかったが、恐らく、空想物語で在る、魔法の類だろう。何より重要なのは、彼女の言葉を少女がわかるということである。先ほどまで面倒事は嫌だと眉を顰めた事も忘れ、彼女は縦長になった大きな眼で少女を映した。

 ―――――――――貴女は、誰?

「私は、シーナ。名無しのシーナよ」


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