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KARINA  作者: 和砂
本編
11/51

二の大陸

 この手に傘があったなら、それにしがみついて風を得ようとするだろう。夢の中の私がそうであったように。何度も飛び上がり、滑空し、飛びたての雛に似た不格好さで、黄色と黒の縞模様をした竜は街道を離れようと必死であった。けれども、飛び方なぞ、元々人間である彼女がわかるはずもない。そんな時、思い出すのは”空を飛ぶ夢”である。夢の中でも見えない天井があり、彼女の飛翔を邪魔していたのだが、メリーポピンズのように傘を手に取った夢では、一時、風を掴んで浮かび上がった記憶があった。そうなれば良いと祈りながら、先ほど、冒険者の死にかけの男との別れを思い出して、悲しさなのか寂しさなのか、悔しさなのか、泣きながら風を探して跳躍する。田舎へ続く街道を通る人はなく、彼女は泣き顔のまま、無様なまま、空への道を探した。

 行け、と言われたから別の場所に行こうとしているのに、彼女自身何処に行こうか、何から逃げようとしているのか、頭が混乱して考えつかない。ただ、あのまま男の傍にあり、彼が死に逝く様を眺めていたら、もっと恐ろしい出来事に遭うような、そんな恐怖が彼女を追いたてている。

 ―――――――――風よ、吹いて。

 声にならない悲鳴を上げて、彼女は巨体で街道をジャンプする。不意に、先への旅路を促した死にかけの男の最後の表情と、頭の中に水田のビジョンが浮かんだ。それは空との境から、風を連れて駆けてくる。今だ、と彼女は強く思った。飛び上がって落ちようとしていた折り、背、肩に力を入れて被膜を意識する。

 ―――――――――飛べる。

 縮こまるように丸めた背中が、被膜も同じ形にした。彼女の足元、斜め下へと入った風が、押し上げるように被膜を叩く。帆船が帆に風を受けるように、被膜が広がったのを感じた彼女は、さらに下に叩きつけるイメージをし、力を入れた。ふっと、一瞬の重しの後、体が嘘のように軽くなる。風に乗った、と彼女は感じた。なぜなら、一向に落ちる気配がない。ようやっと先を見据える余裕が出来た彼女が目に入れたのは、湾曲する土地の流れだった。右手側は半円を描く、湖か、海。左手側は中心から放射線状に延びる陸地。故郷とはやはり違う地形なれど、自然の在り様は、ここでも一緒なのだなと瞬きする。水は青く、草木は緑、剥き出しの大地は茶色。遠くの凹凸は、人の集落だろう。まるで飛行機に乗っているようだと、あの時、人とは何と小さいものかと神の視点を見た気分になった時と同じ、何とも言えない感情がせりあがり、目から再び涙がこぼれる。私の悩みというのも、自然からすれば、ちっぽけなんだろう。こんなに、こんなに悲しいのに。

 ――――――――――――ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ

 寂しさのまま、彼女は叫ぶ。悲痛な悲鳴に応えるものはないが、さらに強く風が吹いて彼女の体を押し流した。手が短く顔が拭えない彼女は、涙をそのまま、風から弾かれないように被膜に祈りを込める。逆らっては、何処に落ちるともわからない。流されるまま流され、風が彼女を運んだのは、剥き出しの大地が続く風景だった。ふわっと風が弱まってくる。これは落とされるなと感じ、彼女は諦めて被膜を動かした。飛ぶまでは無様であった彼女の被膜は、今度は優雅に風を操り、白鳥が水面に着水するかの如く、巨体を足から大地に下ろす。

 竜の厚い足の皮でもわかる、熱い大地だった。周辺の草木はまばらにあれば良い方で、全て、枯れ色。雨はほとんど降るまい。そこは、広大な砂漠であった。ここを、次の住処とするのは愚行である。いくら竜の体とはいえ、彼女は水だけでもなければ生きていけないのを感じていた。この先に進めば、竜の干物が出来るだけだ。彼女はのっそりと後ろを振り返る。此処が、次の大地との境で良かった。砂漠に続く土地であるも、背後は先ほどの住処でも見た下草の生える、青い草原があるのだ。一度、心元ないように足元を見て、彼女はよたよたと草原へ足を進めた。青い、とても丈の短い下草を踏みしめ、その水気に安堵する。砂と草原という奇妙な地形だが、砂漠のど真ん中とは比べ物にならない。「ふしゅっ」と、ため息が出た。長い首を精一杯上げて周囲も見渡したが、隠れる場所のない草原、他に目につくものはない。ただ正面だけは、灰色の、石が隆起した崖があり、それが時間によって陽光を遮るようだった。

 洞窟でもないだろうか。住処になりそうな場所を探そうと、彼女は幾分か距離のある崖側へと足を進める。後ろは砂漠で、背後から熱風を受け、彼女は被膜を何度か動かした。散髪後のチクチクした感じに似た、風に乗る砂埃が背中に付く。

 ―――――――――ぐうぅ…

 不快に身を捩りながら崖を目指していると、次第に草から低木へと様を変えてきた。竜の巨体で貴重な木を傷つけないよう注意しながら、彼女はさらに足を進める。前の住処に比べると貧相だが、ぽつんぽつんと木が生えている場所も見つけ、彼女は歓喜した。水があるのだ、それも纏まった。少し気持ちが浮上し、さらに急ぎ足へとなった彼女は、崖の正面に来て、ほぅっと息を吐いた。竜の体でないとしても、とても小さい規模なのだが、水たまりがある。それは崖のわずかな隙間、苔の生えた部分から少しずつ、少しずつ垂れた水であったが、そういったものは、案外、飲める。水中を眺めれば、メダカらしき、竜にはボウフラにも見えるそれが泳いでいるのも確認し、ため息のまま、彼女はゆっくりと巨体を休めた。

 人さえ来なければ、ここは、最高の住処になる。砂漠には蠍も居るので、砂の傍のこの地にもそういった脅威が来るかもしれないが、自然に害虫が出るのは致し方ない事である。それよりも人の方が、余程怖い。一時休んだら、寝床を整えようと彼女は思った。瞼がゆっくり落ちてくる。泣いて、パニックになった後はいつもこれだなと、彼女は疲労を感じて眠った。










 緑豊かな一の大陸とは違い、二の大陸は、その大半が砂漠に覆われている。熱砂の宮殿の奥、カウチにもたれかかった女性が、憂鬱そうに扇を扇いでいた。年の頃は40前。複雑に編んだ髪に沢山の装飾品をつけた彼女は、重い頭を支えるよう頬杖をついている。この年になればそれなりに人生経験を積み、女子と侮られない程度に政治に口を出せるようになったものの、男社会の砂漠の地で煙たがれる事は多い。有能であるが故にやっかまれる彼女は、今日も嫌味の応酬であった会議を思い出して、ぱちんと扇子を閉じた。

 すると、沢山のレースに覆われたその場所に、彼女の機微を感じて女官が数名現れる。彼女らの手には、この地で飲まれる、沢山の果物が入った冷茶と、珍しい花々、特産品でもある香があった。全て、二の大陸を守護する”上帝”である彼女を慰めるために捧げられた、上品である。

「………」

 すっと差し出された上帝の手に冷茶を注ぎ、彼女の前に花を生け、周囲に香を焚いて、彼女らは来た時同様、静かに消える。冷茶を口に含み、彼女は眉を寄せた。普段通り扱われているのだが、こうも定番だと…。

「全く、面白くないわ」

 そうしてさらに冷茶を口に含む。何かしら口に入れていないと、先ほどの会議の愚痴を延々と独り言してしまいそうだった。そんな陰険な女にはなりたくない。庭を見れば、レースの幕の隙間から贅沢にも噴水が見える。二の大陸は、他の大陸に比べ、雨が少ない。そんな中、贅沢に飾られている彼女には、一つ、夢があった。恐らく先代、先々代と願われてきた事であろうが、この大陸に、上帝の住処のような、水に困らぬ暮らしをもたらすという夢だ。先の会議でも灌漑の案を出しているのだが、金の問題でどこも決案を避けた。こうして上帝の周囲に贅沢を凝らす事を止め、それを回せば良いと本人が言っているというのに、神を恐れぬ所業だというのだ。全く馬鹿馬鹿しい。食事などのボイコットをしてみるのも手かと考えるも、そうして貢がれたものがただ廃棄されるのを思えば、まともに食事を取り、明日への活力とした方が良い。

「誰ぞ、在る。筆を持て」

 気合いを入れなおした彼女がそう言って机に向かうと、先ほどの女官が準備をしている。今日突っ込まれた問題点は、また修正して何度も何度も、そう、何度も、検討させてやろうじゃないか。受けた精神的苦痛のまま、その倍はお返しするつもりで彼女は資料を広げる。男と違い、繊細であるとされる女。その女として生まれた上帝は、この砂漠の地の在り方、特に女性問題についても対抗するつもりで政治の場に出るようにしている。先代が男であったので、さらに風当たりが強いのだが、二の上帝としての特性か、負けず嫌いの気があり、それもまた彼女を奮い立たせているのだ。夢中で本に目を通し、この間の試作の結果とその費用、効果、将来的な見通しを文に起こしていた彼女だったが、”聖域”とされる上帝の住まいの外から来た使者に筆を止めた。

「何とな? もう一度、申せ」

 滅多にない、というか、先代でもなかった事態に、二の上帝は興味深そうな声音で問うた。やってきた使者は、政治の場である寺院の、武を司る高官であり、恭しく頭を垂れたまま繰り返す。

「はっ。早馬にて、一の大陸より書が参ってございます」

「ほう、あの小僧からか。珍しき事もあるもの。して、何と」

 一の大陸と言えば、彼女がまだ若い折りに代替わりした若輩の、虎の姿をとる上帝である。会った事はないが、噂で聞く彼は、相応の、年若い奇抜な行動をするとあった。それが今回の書であろうかと、二の上帝がわくわくとすると、武官は畏まって、近寄って来た女官に書を渡し、一歩下がる。書を手にした二の上帝は、静かに目を通し、軽く見開いた。

「何とも奇妙な書よな。御伽話の”竜”の異形が出た、などと。若輩の奴の勘違いであろうが、異形の気配、妾が見逃すはずもない」

「はっ。誠に」

「しかし、仮にも二の大陸に正式に渡された書。辺境の守人へと鷹を出せ」

「御意」

 彼女が上帝である以上、異形の討伐は義務だ。それでこそ、政治の場でも大きな顔をしていられる。一の大陸は守護していないとはいえ、二の上帝は一番異形に敏感なのだ。これまでで、不穏な気配がなかったわけではないが、その全てを彼女と、今来た武官に連なる守人達は討伐している。一礼して下がる武官の背を眺め、二の上帝はゆっくりと息を吐いた。さて、この借り、一の大陸の若輩はどう返してくれるものかと思いながら。



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