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模倣少女AとBの挑戦

作者: 峰岸ゆう

『じょしらく』という漫画を読む前に思いついたのですが、あまりにもこの漫画・アニメが人気がでてしまったので、どうにも公開できずにいた作品です。


『じょしらく』は落語をおえた噺家が楽屋で雑談を楽しむ女の子の可愛さをお楽しみいただくマンガとなっておりますが、この『模倣少女AとBの真似ごと』は、古典落語と現代落語の比較(同じテーマで話)をさせ、オチがどうなるのかを楽しむ内容となっております。

わかりやすく、をモットーにして書いたので「ああ、予想通りだ」と思われるかたもいらっしゃるかもしれません。

ところどころにオタクネタを仕込んでみましたので、それも理解できるかたはにやりとされるかもしれません。

少年誌っぽいライバル展開や恋愛要素をからめてみました。

純粋に落語好きの方には落語をばかにしてるのかといわれかねませんが、なにはともあれ、読んでやってください。

反応いただけると喜びます。

私の知っている世界と、貴方の知っている世界は同じようで、ちょっとだけ違う。

同じ場所でも、見ている物が同じでも、容れ物と見る者が変わればすべて別物である。

人は意識、いや、認識によって、この世の全てを独自の物差しで測る。物事は、一万人いれば一万通りの見方があり、老若男女、莫大なカテゴリーに分けられる。

唯一、万物の法則として平等と思われてきた【時間】ですら、年齢と共に、その老いた肉体は時間の波に耐えられなくなり、年々、時のたつ速度が速く感じられるようになる。

この世のすべては不変であり、人に限らず、動物や植物、物でさえ気の長くなる時の流れの前には塵と化す。

それは『文化』にも言えることだ。

日本で言えば、国技である相撲は若者の注目が減っただけでなく、外国力士がまるで本家のようである。

伝統舞踊である歌舞伎は、若手の恋愛関係だとか、ワイドショーのゴシップネタになりそうな時だけ脚光を浴びている状態だ。

落語にいたっては、さらに、家庭、学校、職場にまず話題としてあがってもこない。

無論、そんな状況に、指をくわえて衰退の時を待つだけの無能者ばかりではない。客を呼び込もうと、イベントをしたり、祭りを企画して、大々的に宣伝をする。

しかし、年代の差はそう簡単には埋まるものではない。

この時代の若者よりも先に産まれ、先に同じ年数を経験し、人生の酸いも甘いも経験した先輩であっても、同じ時代を生きたわけではない。見てきたものが違う。感性が違うのだ。

それを理解しようともせず、伝統の名に胡坐をかいていては、時間という荒ぶる強大な波に飲み込まれ、文化としての衰退、“死”を迎えてしまう。

落語の世界でも、比較的若い者はその危機を肌で感じていて、どうにか今の中学生・高校生にも聴いてもらおうと、様々な場所でイベントを行ってきた。

ここ、東京・渋谷区代々木でも、多くの十代に聴いてもらおうと、『中学生同伴の方は無料』という宣伝で、落語の口演会が開かれていた。

『落語』と言えば寄席、という高い敷居を少しでも下げようと、浅草から離れた場所に会場を設けたのだ。

新聞などでも宣伝したかいがあったようで、会場の前には口演1時間前だと言うのに、年の離れた二組の男女が立っていた。

どうやら初老の男性二人が、孫を連れて口演を聴きに来たようだった。

まだ幼さの残る顔つきの、小学生か中学生くらいの女の子二人はというと、これから何が起こるのかわからないという不安と、夏の暑さにうんざりした表情で顔を見合わせていた。

「そんな顔するなぁ、シズ。アイス買ってやっただろう?」

「この暑さでアイス一本じゃ、三十分ももたないよ~」

シズと呼ばれた、ボーイッシュな少女は、クラスメートの十人のうち十人が『怒ってる?』と聞きたくなるような邪悪な笑みを祖父に向けている。

短く、寝癖にも見える髪型。

白と青のストライプのTシャツ。風通しのいいホットパンツ。夏全開といった格好から覗かせる、すらっとした手足。その、健康的な美しさも太陽の日差しが照り返しているアスファルトの熱気の前には通用しないようだ。

その茶色がかった髪には額から流れる汗が光っていた。

さっきから全力で太陽光から逃れるようにして、まるでネコのようにあっちへいったりこっちへ行ったりと少しでも涼しい所へと移動を繰り返していた。

紫外線から隠れる高いものは電信柱くらいしかないので、身長が百七十ちかい彼女はちっとも隠れることができなかったのだが。

「ほらほら、もう少しで入れてもらえるから。……やれやれ。ちょっとは風音ちゃんを見習って、おしとやかになってもらえんもかな」

「いやいや、今の時代は女の子もアクティブじゃないにならないといかんと思うよ。シズちゃんは元気があっていいじゃないか。ほら、『にくしょく系じょし』とかニュースでやっとるだろう?」

シズの後ろに立っている眼鏡をかけたおじいさんは、人のいい笑顔を浮かべながら口を開いた。

「お前は本当に……他人事だと言うことが適当じゃのぉ。今はそうでも、どうせ十年後にそんな軟弱男が風音ちゃんの嫁に、なんてきたら全力で妨害するつもりじゃろ?」

「いやぁ、はっはっは。決まってるじゃないか。てか、埋める」

「こえーっ」

シズとは対照的に、静かにじっと待っていた和服の似合いそうな小柄な少女、風音は長い黒髪とちょっとだけ嫌そうな顔を隠すように、白い帽子を深くかぶる。

「風音を嫁にやるもんかなど言うつもりはないが、まだ当分先じゃーい。今は孫とのスキンシップを捕まらない程度に楽しむのじゃーっ」

そう言って、隣にいた孫、小柄な少女の風音にフルパワーの頬摺りを繰り出した。

祖父のこの態度を予想していたのか、もう、その時の風音ちゃんの顔ったら。

ゴキブリの巣に足を突っ込んだ時のような、無の境地へと到達した、そんな表情であった。


☆☆☆☆☆☆


一歩間違えれば、受付のお姉さんに警察を呼ばれかねない程、風音にへばりついていた祖父・涼宮一郎を引き剥がし、ようやく落語会場へと辿り着いた四人。

「いやぁ、恥ずかしい所を見せてしまった。めんぼくない」

ぽりぽりと頭をかきながら、一郎が会場を見渡す。予想以上に早くつきすぎてしまったせいか、三百人は入れる会場に設置されたステンレス製の簡易椅子はほとんど空白だった。

腕時計をちらりと見ると、口演が始まるまで一時間近く待ちそうだ。椅子によりかかりながら「私たち、疲れきってます」といった態度で、館内の冷房で涼んで落ち着いている孫たちに目を向ける。

ただでさえ、炎天下の中で自分たちのために三十分も付き合って待っていたのだ。まだ退屈な時間が一時間も続くとなれば、おねだりという名目で財布を強奪された上にダッシュで帰りかねない。

「……そうじゃ」

帰りに風音とあんみつを食べて帰るのを楽しみにしていた一郎は、なんとかして風音たちを帰すまいと考えていたら、ふと、名案が浮かんだ。

「まだ落語が始まるまで時間があるから、ちょっとそこいらを歩いてみんか?」

「えーっ。あとどれくらいで始まるの?ってか、落語って堅苦しいイメージあるんだけど。私たちは興味ないし、帰ってもいい?」

「なに言うとる。いい機会だから一度は見ていきなさい。落語ほど物語を表現することに進化した文化はないんじゃぞ。これも勉強じゃ」

「よくわからないんですけどー」

一郎よりひとまわり年上の小早川昭雄が叱りつけると、シズがふてくされた顔をする。

「まぁまぁ、興味のないもんを無理やり勧められてもなかなか受け入れられんて。でも、今回は古臭いだけの落語じゃないんじゃなくて、むしろ、シズちゃんや風音たちの世代に認められるように今回の口演が開かれたんじゃ」

「私たちに?」

「そう。お前たちくらいの子供たちにもわかりやすいように話を作られているって言ってたから連れてきたんじゃ。ふたりも、将来どんな仕事につくかまだ決められんと思うが、若いうちから仕事については色々と知っておいた方がいいぞい。人生は長いようで短い」

社会のレールを歩んできただけの一郎は、四十歳の時にリストラにあい、それからというもの右往左往しながらも、家族を養うために必死に生きてきた。そんな彼の言葉だから、それは少しばかり重く感じられた。

「まぁ、そんなわけだから。今から、楽屋に行って落語を語る人を見てこようじゃないか」

どんなわけかわからないが、一郎は話をかえる。彼はなんと、出演者を生でみてこようと言うのだ。

「おいおい。いれてくれるわけないだろう」

「大丈夫、大丈夫。スナップみたいなジャニさんとは違って、遠くから見るくらいは許してくれるじゃろうて」

適当に、笑いながら言った。一郎おじいちゃんは性根が適当だからしょうがない。リストラされた時もバブルがはじけて不景気になった時、その性格が災いして真っ先に切られたというのに、ちっともこりてなかった。

だが、この適当さは悪い所だけじゃない。近所で野球をしている少年たちがかっとばしたボールが庭に入っても、窓を割っても、へらへらで笑って許してくれるほどだ。「元気があってよろしい!」と言える人間はなかなかいない。

適当に生きていけるというのは、心に余裕があるということ。風音はそんな彼の笑顔が好きだった。

「いいよ。私はとりあえず行くけど、シズちゃんはどうする?ここで待ってる?」

「ジュース買ってくれるなら行く」

下をむいて、ベロを出して体温調節していたシズが椅子の背もたれによりかかると、大きく伸びをして昭雄の方を向いておねだりをする。

「はいはい。買ってやるから」

「じゃあ、行く。でも、椅子確保してなくて平気?せっかく一番前とれたのに」

「荷物とか帽子とか、パンフレット置いておけば大丈夫じゃろ」

そう言って、膝に抱えていた小さい鞄を椅子に置いて(もちろん貴重品は持っていく)、出入口へと歩き出した。

重い扉を開けて、ホールに設置されているエスカレーターをおりると、玄関ではお姉さんたちが今日の口演のパンフレットを来場者たちに配っていた。

ちらりと目をやると、意外とシズや風音と同い年くらいの子供も多くて驚いた。

無料になるから連れてきたのか、中学生の趣味が落語だから来たのかわからないが、何も知らずにダシにされた側はたまってものではない。

退屈で眠るならともかく、会場で泣き叫ばれたらどう対処するのだろうか。

風音は場が荒れる所を想像してしまい、ちょっとだけ嫌な予感がした。

「おーい。どうしたー?」

「ううん。なんでもない~」

一郎に呼ばれて、風音はあわてて考えるの止めて、祖父の元へと駆け寄った。


【関係者以外立ち入り禁止】


売店をすり抜けた通路の先、人気のない扉の前には張り紙でそう書いてあった。

「やっぱり、ここは入っちゃだめなんだよ」

「むむむっ。近くの公民館にお笑い芸人が来た時は打ち合わせしている所くらいは見れたんじゃがな」

「そりゃ、さすがにウチに来るような三流芸人とは違うじゃろう。厳重な警戒は無いにしても、テレビで見るような落語家も来るようじゃし。一般人が勝手に入ってきて、サインしてくれなんて集まられちゃ収集つかなくなるじゃろ」

「むむーっ……しょうがないかのぉ」

「しょうがないね。戻ろうか」

まだ、未練がましく扉を眺めている一郎の上着の裾を風音が掴み、引っ張るようにして来た道を戻ろうと振り返った瞬間。

「あ、すいません」

風音たちと同じように口演者を見に来たのか、通路を歩いてきた子供とぶつかりそうになった。

「いえ、こちらこそすいません」

あわてて謝ると、ぶつかりそうになったシズと風音と同い年くらいの子供もお辞儀をする。

両手に売店で買ったと思われる御菓子や飲み物が入った袋を両手に持っていた。もしかしたら、この子供は講演側の関係者なのだろうか。

よく見れば、目の前の子供は、普通なら出歩くのにまず着ないような立派な羽織を着ていた。

まだ幼さの残る、真面目そうで、どちらかといえば可愛らしい感じの少年だ。

中学生では、アルバイトとも思えないし……。と、風音が少し首をかしげると、一郎も同じことを思ったらしい。その子供に声をかけた。

「もし、ここから先は関係者以外立ち入り禁止じゃぞ?通り抜けするなら反対側から行ったほうがいい」

「あ、大丈夫です。僕も関係者ですから」

そう言って、胸元に吊るしている証明書を見せる。

「ええっ?あんたが?」

「そうです。まだまだ若輩ですが、それなりの稽古は積んでますよ。一応、今日の口演にも出させていただいてます。滝川左近といいます」

「滝川って……あの、四代目滝川伸介のお孫さんかい?」

その名前を聞いて、一郎も昭雄も目を見開き、興奮したように子供の顔をまじまじと見つめる。

「ええ。そうです。祖父は来ませんが、父と来ました」

二人の反応に、左近と名乗った子供は得意がるわけでも、自慢するわけでもない、純粋な笑顔を向ける。

「…………?」

シズと風音はお互いに見合わせ、なにひとつ理解できない状況に、同時に首をひねる。

「知っているよ。五代目は『王子の狐』がうまかったな~。私は伸介師匠の『青菜』が好きなんだけど」

「それでしたら、今日、僕は『青菜』をやるつもりなので、祖父と比べられてしまいますね」

「ちょっと、ちょっと。何の話してるの?」

風音が一郎にこそっと囁いた。

「ああ、落語の演目の話さ。それぞれ、落語家には得意な演目があってね。どうやら、彼は落語の世界で有名な所のお孫さんらしい」

「それで関係者なんだね」

「そうさ。お前たちと同じ年頃でもう落語の世界に入っている。子供の頃からずっと親が仕込んできたんだろう。お前たちも見習うといい……え?」

風音と一郎がひしょひしょ話をしている間に、シズがズカズカと左近に歩み寄り、「ふーん」と値踏みをするような、無遠慮な視線を投げかける。

身長はシズの方が高いので、見下ろす形となり、シズが喧嘩を売っているようにも見える。

「お、おい……」

「も~、小学生が大人ぶっちゃって~」

昭雄があわててシズを止めようとしたが、すでに遅かった。からかうような笑みを浮かべて、左近の頭を子供をあやすように、さすりさすりと撫でる。

「ちょっ!止めてくださいっ。それに、僕は小学生じゃありません!去年卒業しました」

「じゃあ、中学一年生?どのみち、年下には変わらないじゃない」

「こら、やめないか」

シズの腕を掴んで、後ろへ下がらせると、苦笑を浮かべながら、昭雄は左近に頭を下げる。

「孫が失礼なことを言って申し訳ない。なにも、喧嘩を売ろうとかそういうことじゃない思うので、どうか許してやってくれないかな?」

「……いいですよ。叩かれたわけでもありませんし。僕が子供なのも事実ですから。それでは、僕はこれで」

明らかに気を悪くしたというのに、左近は笑顔のまま昭雄に頭を下げ、重い扉を両手に荷物を持ったまま器用に開けて去っていった。

「ふう。シズ、初対面の人にあんなこと言っちゃだめだろう。だから、お前はもっとおしとやかにならないと……」

「だって、なんかすました顔がむかついたんだもん。生まれも育ちも違うんですっていう顔しちゃってさ。ごめんなさいー」

ツンとした表情で、悪びれた様子もなくシズは謝ると、売店に向かって歩き出した。

「ほらほら、見物は無理だってわかったし、ジュース買ってよ。おじいちゃん」

「なにを言うとる。お前は反省しとるのか」

「まぁまぁ。あの子も怒っとらんかったし。いいじゃないか。わしが買ってやるでな」

「んむう……あまり甘やかしたくはないんじゃが……こんな所で怒鳴るわけにもいかぬしな……でも……むむむ」

子育て、いや、孫育てで悩む昭雄の気持ちなどどこ吹く風。シズはいち早く売店に辿り着き、スポーツドリンクにするか、レモンウォーターにするか悩んでいた。

「私はこれ」

悩んでいるシズの脇から風音が手を伸ばし、クーラーボックスから牛乳を取り出す。身長が低いことと、身体的一部分の発育が遅いことを気にしているようだ。

「じゃあ、それと、わしは温かいお茶にするかの。小早川さんもそれでいいかの?シズちゃんは決まったかい?」

「ありがとうございます。飲食は館内に持ち込まず、ロビー内でお願いしますね」

店員のおばさんがお金を受け取りながらそう言ったので、四人は飲み物を持ちながら、備え付けのベンチに座ろうとしたが、すでに何人か座っていて二人分しか空いていなかった。

仕方ないので少し離れたベンチにシズと風音、おじいちゃんズで別れて座ることにした。

「それにしてもさー」

ごくり。結局スポーツドリンクでも、レモンウォーターでもない、『おいっ!お茶!』を一口飲んで、シズが口を開いた。

「さっきの、左近って言ったっけ。子供なのに、口演するなんてすごいねー。失敗すればいいのに」

「シズちゃんってさ」

「うん?」

ごくり、ごくり。

「好きな人に意地悪するタイプだよね」

「ぶはーっ!」

意表をつかれ、シズは勢いよく、口からお茶を噴き出した。

「なななな、なに言ってんのよっ。そんなことないわよ。ちょっと可愛くて、ちょっと礼儀正しくて、ちょっとアレなだけじゃない!」

「誰とは言ってないよ?」

風音はからかうように、くすっ、と笑った。

「でも、羨ましいな。不器用だけど、自分の気持ちがすぐ態度に表せて。私なんか、きっと、ずっと心に閉まったままで終わっちゃう」

「ちょっとぉ、だからなんでもないってば。風音の気のせいだよ」

「はいはい。そういうことにしとくよ」

「まったく……」

まるで保護者のような風音の微笑みに、困ったような表情でシズは再びお茶を口にふくむ。


「おぅ、そろそろ戻ろうや。後十分もしたら口演が始まってしまう」

ちょっと会話をしていただけのつもりだったが、気がついたらだいぶ時間がたっていたらしい。

昭雄と一郎が二人を迎えにきた。

「はーい」

風音とシズは飲み終わったペットボトルと瓶をゴミ箱に捨てて返事をする。

「さっきの子も出ると言っとったな。まぁ、まだ子供じゃから前座じゃろうて」

「前座ってなに?」

「こういうイベントなどで落語家に限らず、演出家が出し物をする時は、ひとつひとつの演目だけではなく、一日全部を通して流れを決めるもんなんじゃ。そして、前座ってのは、その流れを盛り上げるために、出演者が気持ちよく口演ができるように最初に話をする人のことだ」

「補欠とか代打と一緒?」

「まぁ、場数を踏ませるという意味では似たようなもんじゃな」

荷物を置いておいた席に座ると、同時に開始五分前のベルが鳴り始めた。

「ほれ、何が始まるかな?」

少しばかり愉しそうに、一郎が笑って言った。

『本日は、<<落語フェスティバル2012>>にお越しいただき、真にありがとうございます。今回のプログラムは“古い”、“堅苦しい”だけではない内容でお送りいたします。どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください』

アナウンスが始まり、落語には似つかわしくない、軽快なリズムの音楽がかかると、会場から「おお、そろそろ始まるぞ」と言うざわめきが起こる。

期待で会場が静まり返ったその瞬間、小太鼓の音が鳴りだした。

するするーっと、黒い幕があがり、そこには滝川左近が座っていた。

「「おおっ!滝川師匠の若旦那!」」

前座で彼が出てくるとは思っていなかったのだろう。落語が好きなお年寄りたちは期待と興奮で、彼の名前を大声で叫ぶ。

それを合図に、左近は客席の人たちに深々とお辞儀をする。

三十秒はたっただろうか。ようやく、頭をあげた時には、彼の話を聞こうと、会場はすっかりと静まり返っていた。

「えー、私共の落語を聴いていただくために、皆々様にはこうして集まっていただいたわけですが、実を申しますと、公の口演は今日が初めてでございまして。中には「誰だ、お前は。この若造!」と憤慨される方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで、僭越ながら自己紹介をさせていただきたいと存じます」

よほど何度も練習したのだろう。緊張もせず、舌がよくまわっている。だが、早口というわけでもなく、耳の遠い人にも聴きやすいように意識しているのだろう。声変わりもしていないのに、不快な感じはしなかった。

「名は左近。滝川一を父に、滝川伸介を祖父とした、いわゆる代々落語の家系に生まれた世襲議員ならず、世襲落語家の卵でございます。『親の七光りで舞台にあがりやがって』と言われぬよう、精進していく次第でございます。これを期にどうぞご贔屓に」

再びお辞儀をすると、会場から拍手が沸き起こる。

だが、その喝采もお年寄りばかりで、若い客、特に小学生・中学生の子供はぽかーんとした顔で左近を見ていた。

「さて、“名より実をとれ”ということわざもありますように、覚えても一文の得にならない私の名前よりも、お客様に笑っていただこうという実の部分、つまり噺家は噺の内容で勝負しなくてはなりません。芸能の世界というのはまさに、弱肉強食。無駄な話が長いとそれだけで人気が落ちて、たちまち職を失ってしまう因果な商売でございます。この不景気のさなか、噺家もコストパフォーマンスを気にする時代になってしまいました」

言いながら、会場を見渡し、お客さんの表情をうかがう。とぼけた言い方と仕草がつぼにはまったのか、年配の女性が友達とくすくす笑っている。

頃合だ、と思った左近が持っている扇子を、手首のスナップだけで宙で軽く一振りする。

それが合図となり、ステージ右側に設置されてあった白い布がめくられ、【王子の狐】と書かれた紙が現れた。

「東京が江戸と呼ばれていた時分、王子稲荷、今で言う東京北区王子には、たいそう人を化かすのがうまい狐がいたそうです。初夏のさわやかなある日、狐のオキヌが今日も人間の男を騙して食事にありつこうと、山から街まで下りてきました。ところが、その一部始終を村に住む権兵衛が見てしまっていたのです」


『あれまぁ、王子の狐はよく人を化かすと聞くが、よもや、人間に化けたところをこの目で見るとはのぅ。このまま黙ってたら、誰かが騙されてしまうかもしれん』


「さすがに見てみぬ振りはできぬと思った権兵衛は、『いっそ、化かされた振りをしてやろう』と大胆にも、自分の方からオキヌに声をかけたのです」


『おう、久しぶりだなぁ。俺だよ。熊だよ。おっかさんは元気しとるかい?』

『え?』

『なんだい?俺の顔を忘れたんか?近所の山に住んどるきこりの熊だよ。子供の頃はよう遊んだじゃろ。しかしまぁ、よう見んうちにえらくべっぴんさんになって~』

『あら、やだ。熊さんの顔を忘れるわけないじゃない。いきなりだったからびっくりしただけよ。どうしたの?こんな所で』

『立ち話もなんだ。どっか飯屋でも入らないか?ちと、小腹が空いちまった』

『いいわね。あそこのそば屋さんなんてどうかしら?』


「カモを見付けた、と思った狐は権兵衛の話を合わせて、二人はそば屋へ入っていきました」

一生懸命練習しているのだろう。彼の話かたは滑らかで、才能も感じさせる。だが、客の年齢によって、その聞き方はまるで違っていた。

ちらりと横を見ると、元々落語が好きで来たような大学生くらいの青年はオチが読めているのかにやにやとした顔で聞いていたが、小学生たちは退屈そうにしていた。


「そば屋に入ったオキヌは真っ先に油揚げならぬ天ぷらなどを注文し、差しつ差されつやっていると、権兵衛に酒を呑まされたオキヌはすっかり酔いつぶれ、すやすやと眠ってしまった。そこで権兵衛は『しめた!』と思い、『勘定は女が払う』と言い残すや、狐を置いてさっさと帰ってしまいました。しばらくして、店の者に起こされたオキヌは、男が帰ってしまったと聞いて驚いた。びっくりしたあまり、耳がピンと立ち、尻尾がにゅっと生える始末。正体露見に今度は店の者が驚いて狐を追いかけ回し、狐はほうほうの体で逃げ出したのでした」

左門が扇子を開き、自慢したくてたまらないという笑みを浮かべながら、会場に語りかける。


『おう、聞いてくれや。こないだ、人間に化ける狐を見て、そいつを化かしてやったんだぜ』


「狐を騙した権兵衛は得意げに友人にその話をすると、『ひどいことをしたもんだ。狐は執念深いぞ』と脅かされた。最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた権兵衛も、一晩、頭を冷やすと『悪いことしなぁ』と、王子まで詫びにやってきました。巣穴とおぼしきあたりで遊んでいた子狐に『昨日は悪いことをした。謝っといてくれ』と手土産を言付けると、その子狐、穴の中では痛い目にあった母狐がうんうん唸っている側まで来て、『今、人間がきて、謝りながらこれを置いていった』と母狐に手土産を渡しました。警戒しながら開けてみると、中身は美味そうなぼた餅ではないですか」


『母ちゃん、美味しそうだよ。食べてもいいかい?』


『いけないよ!馬の糞かもしれない。人間は狐を化かすんだからね!』


「……おあとがよろしいようで」

わはははっ!再び左近が深々とお辞儀をすると、客席から笑いがおこった。

「えっ?今の笑いどころはどこ???」

現代の一発ネタで笑わそうとするコメディ時代を生きているシズには、話の内容は理解できたが、笑いのツボには届かなかった。

今のがフリで、ここから面白いことを言うのだと思っていたのだ。むしろ、よくいままで黙って聞いていたものだと、風音は感心していたくらいだった。

「シズには難しすぎたかの。狐が人を化かすのではなく、狐が人を化かすということを狐がさも当たり前のように言うのが面白いんじゃ」

昭雄は左近の話に満足したようだ。シズに笑顔でそっと教えてくれた。

「ふむー。それはわかるんだけど。なんだかなー」

納得のいかないシズ。

前座が終わり、黒いカーテンがするするっとステージにおりてきた。一時休憩らしい。

「よーし。……ロビーに行ってくるね。風音、行くよ」

「えっ、ちょ、ちょっとっ」

「おーい。どこに行くんじゃー」

一郎と昭雄は寂しそうな声をあげたが、二人に行き先を告げれば十中八、九止められただろう。

風音の手を引っ張りながら、シズは聞こえないふりをして勢いよくロビーへと飛び出した。


「……左近に友達?珍しいな。見に来てくれたのかい?」

【関係者以外立ち入り禁止】の扉を潜り抜け、何食わぬ顔で『滝川師匠』と書かれたネームプレートが飾ってある部屋をたずねると、人のよさそうな、まだ三十代くらいのおじさんが本を読んでいた。

左近はいないかと訪ねると、彼はシズたちを学校の友人と勘違いしたのか、部屋に入るよう勧めてくれた。

「いえ、実は私たち、今日、ロビーで知り合っただけなんですけど……」

勧められるがまま、二人は座布団に座る。

「ほほぅ。そんなことが。売店で買い物を頼んだ時かな。ところで、今日はふたりで来たのかい?」

「いえ、二人ともおじい……いえ、祖父と」

別におじいちゃんでもかまわないのだが、なぜか、緊張して言い直してしまった。

「そうか。それで、左近の噺は聞いたかい?」

話題が前座で噺をした左近に変わった途端、シズが立ち上がって叫んだ。

「そう!それなんですけど。今回って、私たちみたいな子供にも笑わせるための口演なんじゃないですか?」

「確かに、その通りだが……理解できなかったかな?左近の噺は私も裏で聞いていたが、落語の基本に忠実であったにも関わらず、噛み砕いた噺をしていたと思うが」

「生まれた時から落語の世界にいる左近くんならともかく、私たちには難しいと思いました。童話を聞いているようでした」

風音も後ろからシズの援護をする。

「なるほど……それは実に興味深い。どのようにしたらいいと思うかね?」

「いや、それは素人の私たちには『なんとなく』としか言えませんよ。昔の言葉を多く使ってるからわかりにくいとしかいいようがないですし。ただ、言葉では言えませんが、いい方法がありますよ?」

「いい方法?」

シズは風音と左近の父を見比べて、にやりと笑った。


☆☆☆☆☆


休憩時間が終わり、次の口演が始まるベルが鳴ったというのに、シズも風音も帰って来なかった。

迷子になる年でもないだろうに。一郎がそわそわしながら待つのに限界を感じ、立ち上がった瞬間。

『次のプログラムですが、少々変更いたしまして、一般のお客様による“ふれあい口演”を追加させていただきます。参加者は東京にお住いの小早川静香さんです』

ポポポポポンッ、と景気のいい音と共に、舞台の幕があがり、そこには男物の着物を着たシズがお辞儀をして座っていた。

「シ、シズウウウーーー!!?」

祖父としては、心臓が止まりかねない事態に、絶叫するより他なかった。


「東京にあります王子と呼ばれる土地には現在も人を化かす狐がおりまして、中でも、『うずまきなる吉』という狐は変化が得意なそうです」

「……なんだ?こりゃ、『王子の狐』じゃねぇか」

同じ演目が別の人によって語れるのは滅多にない。

会場がざわめく。

「どうも、この狐、人間の年でいうと二十歳そこそこ、狐にしてはおかしな奴で、人間の嫁が欲しいと言っているようなのです。今日も街をうろつきながら、ひとり言をつぶやきます」


『ああ、街にゃ右を見ても左を見てもメスばかりだっちゅうに、なぜにオイラはひとり身なんじゃろう』


「最初は呆れていたなる吉の親も、早く孫の顔が見たいという願望に負けて、ついにはアドバイスをしてやります」


『おい、なる吉、人間のメスは狩りのうまさや毛並みの色なんぞではよりつかん。顔と身長が重要なんじゃ。お前も化けられる狐なんじゃから、メスに気に入られる外見に化けりゃ一発じゃないか』

『なるほど!そいつぁ、いい考えだ。早速、試してくらぁ』


「颯爽と走り出したなる吉は、女が群がっている男を見つけ、そっくりの外見に化ける。するとー!昨日までが嘘のように、モテてモテて仕方がなかったそうです」


『オイラは綺麗なメスに化ける方が得意なんじゃが、オスに化けてここまでメスが寄ってくるってなら、オイラの変化の術は完璧っちゅうこったな。よっしゃ、どうせならおいらが一番気に入っているメスを嫁にしよう』


「すっかり気をよくしたなる吉は、最近人気が急上昇しているアイドルグループ、【 A K G 480(秋葉ガールズ)】のメンバーを狙うことにしました」

「仕事で忙しい彼女を優しくフォローしていくうちに、二人の仲は近づき、彼女の家にあがる関係になってきた所で事件がありました。彼女の部屋にある写真を見つけたなる吉は彼女に聞きます」


『おい、こいつは誰だい?』

『あ、それ私』

『なにぃ?』

『昔はちょっと可愛くなかったんだ』

『ちょっとっていうレベルか!?別人じゃないか』

『整形よ。この業界じゃよくある話でしょ』

『お前も化けておったんか』

『え?』

『オイラを騙すほどうまく化けおってー』

『ちょっ、ちょっと?』


「騙す側だったなる吉は、騙されたショックで部屋を出ていってしまいました。その事を親に話すと」


『そいつはえらいめにあったなぁ。もう人間のメスは諦めて、お前と同じで人間の世界が好きな狐の妖子なんてどうだい?』


「さりげなく見合い話を持ち出す。なる吉もそれを了承し、見合いの話はとんとん拍子でまとまり、なる吉と妖子は祝言をあげることとなりました。周りも、めでたいと喜んでくれたのですが、その夜、なる吉に再び事件が起こりました」


『なる吉、お風呂入る?シャワーだけにする?』

『あ、ああ……シャワーだけにしとくよ』

『そう。じゃあ、空いたわよ』

『お、お前!』


「お風呂からあがった妖子の素顔は昼間にばっちり決まっていたメイクがすっかりおちて、まるで別人のようだと感じたなる吉は叫びました」


『お前も風呂で整形したんかー!』


「……おあとがよろしいようで」


シズが深々と頭を下げると、ぽかんとしていたお年よりたちが思い出したかのようにあわてて拍手を送る。

笑い声もなく、拍手もまばら、シズはすっかりと意気消沈といった表情でいるかと思いきや、決して小さくない達成感を感じていた。

付き添いできたようなヘルパーさんらしい女性や義理の息子、娘といった、落語を聴きに来たというわけでない一部のお客さんや、ネットサーフィンをよくしていそうな高校生や大学生、比較的若い年齢の人が笑っていいのか?といった曖昧な表情、苦笑を浮かべながら遠慮しがちに拍手をしていたからだ。

まったく意味が通じていなければ、このネタがブラックであるということすら気づかないだろう。

なる吉という主役は、とある漫画の忍者キャラクターであり、変化の術を使う。

AKG480というグループは現実の世界にある3つも4つもある、40人グループを話のモデルにさせてもらった。芸能界では当たり前と言われている整形ネタも、芸能関係をネットに精通していればこのグループのメンバーの誰が関わっているか想像できて、くすりと笑える展開となるだろう。

化粧については、整形とはまた違った形で別人のように見せる、つまり、『化ける』ことができるため話のオチにした。

男性にとっては化粧した女性の美貌に釣られた後で、『狐に化かされた!』と言いたくなるようなほど、落差を感じたという方もいるかもしれない。

『勝手に改造!』という漫画から始まり、元ネタがわかる人にはわかる、というネタの漫画がここ数年伸びてきている。

これを落語に取り入れれば、若い人(特にオタク)が食いつくかな、というシズの考えは半ば的中した結果となったようだ。

その、わずかな手ごたえを胸に、シズはゆっくりと楽屋へと戻っていった。


☆☆☆☆


「どういうつもりですか!師匠!」

シズの噺が終わり、楽屋に戻ると、左近が畳をパンパン叩きながら父親に憤慨していた。

「なにって、一般参加者に噺をしてもらっただけじゃないか。お、シズさん、お疲れ様」

息子がなにを怒っているのか、本当の意味をわかっている父、一は、水をぶつけられても平然としている蛙のごとく、さらっと流して、帰ってきたシズに声をかける。

「……僕と同じ演目を使うことをご存知だったのですか?」「大雑把に聞いただけだよ。それにしても、思いきったオチだったね」

一は芸能界ではよく聞く、ありがちな整形をテーマにした噺のことを言っているのだろう。

「客席を見るに、男性の方が多いようにみえたので……。それに、『王子の狐』を聞いて現代に“化ける”を連想させるのは化粧か整形くらいだったから……」「それで国民的アイドルを?」

「そもそも!」

怒りが収まらない左近は子供が癇癪をおこしたように、床をさらにぺちぺちと叩く。

本人は殴ってるつもりなのだろうが、愛らしい外見からそのしぐさはどちらかといえば滑稽に映っていた。

「人の噺を聞いてから、しかも、そのすぐ後で真似をするなど言語道断です!」

「そう。従来の落語ではご法度。タブーとされてきた。だから許可したんだ」

「……なぜですか?」

「いままでがそれでよかったから変える必要がない、噺家は噺家のルールさえ守っていればそれで安泰、などと思っているから時代の波に取り残されてしまっているのだ。今の落語にはエンターテイメントとして魅力がない。左近、お前の噺は確かによかった。親バカと言われようが、よく勉強してると感心する出来だった。このふたりに言われるまではね」

「どういうことですか?」

「お前はまだ若い。それに古典落語も新作落語と呼ばれる落語も、まだまだ勉強中の身だ。つまり、まだ伸び盛りだし、いろんなものを吸収している時期ゆえに、落語界の全体が見えていない。あと3年もすればお前にも実感できるだろうね。今の落語は閉塞感に包まれている。私は、今回の噺会を若者にも聴いてもらうために、風穴を開けるために開いたつもりだ。だが、お前も客層を見ただろう?おじいさん、おばあさんに連れてこられたけど興味がなさそうな子供たちを」

「…………」

そのことは左近も薄々は感じていた。だが、自分の落語をすることだけに集中していた左近は、目を背けていた現実に気づき、言葉に詰まらせた。

「わかるね?私の本当の目的はお前と同じ世代の子にも、漫画やアニメのように落語を知って、聴いて、見てもらいたいんだ。面白い噺を知ってもらい、広めてもらって、自分たちにもあんな表現ができたら!と思ってもらえるようになってもらいたい。そうすることによって、また新しい芽が出るようになる。シズさんと風音さんみたいにね」

「……僕の方がお客さんを喜ばせていましたけどね」

左近が初めて、年相応の子供らしい表情で、口をとがらせながら、拗ねたようにつぶやいた。

それを見た父、一もどこか、休日の父親みたいな、柔らかい笑みを浮かべて答えた。

「確かに、お客さんもいつも聴いている落語とまったく別の内容だから、戸惑ったのだろうよ。それに、お前の落語がいけなかったわけではない。いい出来だったよ。初めての大舞台にしては上出来だ。だが、お前には応用力が足りない。もちろん、基礎は大事だ。しっかりとした練習もしているし、うまく表現していた。しかし、自分らしさをだせなければ、祖父どころか、私すら越えられないぞ。お前にはみどころもあるし、伸びしろもある。若さもだ。今から固まってないで、風音さんのような無限の発想で勝負してごらん」

「はい。……わかりました」

まだ納得はできていないのだろう。しかし、自分でも考えさせられる所はあったのだろう。左近はしずしずと頷いた。

「そうそう。左近くんの『王子の狐』は、わしら年寄りには安心して聴いていられたからの。来たかいがあったと言うもんじゃ」

「ありがとうございます」

「えーっ!私のはどうだったの?」

昭雄が左近を褒めると、今度はシズが納得いかないといった表情で、祖父にくってかかった。

「いや、まぁ……奇抜な展開じゃったのぉ。言っとる内容はなんとなく理解できたが、わしら年寄りには……のぉ。ピーとかブーとか修正音にしか聞こえんかったからなんとも言えん……のぉ?」

「え?ああ……そうですな」

助けを求めるように、昭雄は風音の祖父、一郎を見る。一郎も困ったような顔をしながら頷いた。

「どちらがよかったというわけじゃありませんよ」

しどろもどろの二人に、左近の父がにこりと笑いながら、助け舟を出す。

「息子、左近には一日の長があり、噺としてはごく当たり前の展開でしたが、お客を笑わせるテクニックがあり、噺家としてはまだ未熟なれど、前座にしてはいい仕事をしてくれたと親ではなく、師としてそう思います。そして、シズさんは人前で話すことに慣れているわけでもないのに、あれだけのお客さんの前で、話術は拙いながらもしっかりと話せました。話の展開も常識に囚われず、オチがあり、常に噺を考えてきた我々ですら嫉妬を覚えかねない出来栄えだったと思います。しかし、急激な展開と、客層を視野にいれてなかったため、会場の盛り上がりはいまいちでしたね。ただ、新規の若いお客さんを得るかもしれない、という点を加味して、同点ということでいかがでしょう?」

「別に……勝ちたいと思ってやったんじゃないからいいんだけど」

シズがちらりと左近を見て答える。

そう。勝ちたいのではない。素人として出場したのは、左近に自分にも噺ができると認めてもらいたい。そして、興味を持ってもらいたいという期待があったからだ。

だが、その態度が逆に左近に火をつけたようだ。

正座して、じっと畳を見ていた左近ががばっと立ち上がり、シズを指差して叫んだ。

「僕は滝川の名を継いで、落語界を今以上に発展させてやる!次はこうはいかないからな!今度は僕が圧倒して勝ってやる!今から君と僕はライバルだ!」

「いいわよ。漫画だとライバルは切磋琢磨して、いつの日か友情が芽生え、男女の関係に……」

「え?ちょっ……?え……?」

見かけによらず、シズの内面は乙女なのだ。妄想の世界へとトリップしたシズを心配そうに左近は見つめる。

「しかし、お二人がいなければ、我々はまた自分たちの落語をしただけで満足し、落語界の未来に貢献したと勘違いをするところでした。ありがとうございます」

左近の父は、床に手を置き、風音に深々と頭を下げた。

「あ、いや、私はただシズちゃんに言われただけで、シズちゃんもきっと左近くんと仲良くなりたいという不純な動機で……」

「そうだったのか。でも、左近はああいう性格だからね。友達もいなかったし、これからも仲良くしてもらえると嬉しい。また出演させてあげるから、いつでも遊びにいらっしゃい。左近もその方が喜ぶだろう」

「ありがとうございます」

それを見ていた昭雄と一郎は互いに顔をあわせて、ため息をつきながらつぶやいた。

「ふむー。我々が主役のはずじゃったのになぁ。いつのまに孫たちの独壇場になってしもうたのやら……」

「年寄りが主役の話なぞ誰も聞きたがらないじゃろ。というか、ラノベでは女の子が出てこないと売れんからの。長いものには巻かれろじゃよ」

「せちがらいのぉ。高齢化社会の逆ピラミッドはどこにいったんじゃろうなぁ」


「よしっ!次は『青菜』で勝負だ!」

「あお?『青菜』ってなに?」

「くっ!それも知らない奴と引き分けたのか……。仕方ない、教えてあげるから今度遊びにおいでよ」

「うんっ!マンツーマンね!でも、襲っちゃだめよ?」

「むしろ、シズちゃんの方が襲いそうだよね」

「風音!あんた、いつから聞いてたのよ」

「ライバルと認められた辺りからだけど?」

「わりと最初からじゃない。言っておくけど……あんたはきちゃだめよ?」

「わかってるわよ。友達の恋の邪魔なんかするわけないじゃない。頑張ってね」

「ふっ……。落語しか知らない子供をオトすのなんかちょろいわよ」

「シズちゃん、黒いよ?」

「女は好きな相手をオトすためなら興味のないことにも、興味がある仮面をつけるもんなのよ。整形と違って、相手によって取り外しができるし、化けるより楽だわ」


ちゃんちゃん。

はじめまして。

峰岸ゆうです。

いろんなサイトに投稿させていただいてますが、どうも反応はいまひとつです。

知り合いという、善意の読者様からはそこそこの評価をいただいているのですが、どうにもこうにも見てもらえないという。

イラストがあると違うのでしょうか。

へこたれず、精進していきたいと思ってます。どうかコメントなどいただけましたら喜びます。

イベントなどで声をかけていただいたら、飛び跳ねます(笑)


これからも、どうぞ、よろしくお願いします。

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