【第一回・弐】しっぽの気持ち
阿分が探す自分の居場所そして慧喜と慧光と矜羯羅と制多迦の出会い
縁側に毛の塊
その正体はコマイヌと阿分
くあああっとあくびをした分が庭に降りた
「あれ? 起きたんだっちゃ?」
箒を持った緊那羅が庭に入ってきて分に声をかけた
「暑いある」
「そりゃ…; あんなふうに固まってたら暑いと思うっちゃ;」
ちらっと縁側を見れば夏にはちょっと見たくない毛の塊
「お前 緊那羅いうあるよな?」
「そうだっちゃ」
分が緊那羅の肩に上った
「お前からも主の力かんじるある」
「あ…うん私にも竜の力あるみたいなんだっちゃ。だから前髪の色が違うって阿修羅が言ってたっちゃ」
分を肩に乗せたまま緊那羅が箒を物置にしまう
「あいやー…だからあるか」
「だからあるっちゃ」
緊那羅が笑いながらサンダルを脱いで縁側に上がった
京助と悠助は学校
迦楼羅たち【天】の面々は戻った
「…慧光?」
「あ…緊那羅…」
戻れない【空】の面々の一人である慧光が緊那羅の声に振り返る
「こいつ空ある」
「そうだっちゃでも…」
威嚇ポーズをとった分
びくっと怯えた慧光の目に涙が浮かんだ
「今はもう敵じゃないんだっちゃ」
「…本当あるか?」
分が聞くと緊那羅と慧光が頷く
「そういえば我…制多迦に頭撫でられたある…」
「わ…私…っ; 何もしないナリっ」
慧光の声が裏返る
「おいちゃんも何もしない。おいで」
いつの間にか慧光の隣にいた烏倶婆迦が分に向かって手を伸ばした
「分!!」
がぶっ
阿の声がしたかと思うと烏倶婆迦の指に阿がぶら下がっていた
一瞬何が起こったのかわからなかった緊那羅たち
じわじわと痛みを烏倶婆迦が感じだして
「ぅっ…え…」
烏倶婆迦の指を放して阿が着地する
じわっと烏倶婆迦の指から血が出てきた
「烏倶婆迦っ;」
慌てる緊那羅と慧光
「痛い…っ…痛いぃっ」
表情変わらぬお面の烏倶婆迦から鳴き声が上がった
「大丈夫あるか分」
「大丈夫ある」
阿が緊那羅の肩の上の分に言う
「烏倶婆迦!!;」
慧光が血の流れる烏倶婆迦の指に手を翳した
「どうしてかじったっちゃっ!!」
緊那羅が阿に聞く
「こいつ空ある。空は敵ある」
「でも制多迦は我ら撫でたある」
答えた阿に分が言った
「烏倶婆迦は何もしてないっちゃ!謝るっちゃっ」
しゃがんで緊那羅が阿に言う
「先手必勝ある」
ふいっと阿が向きを変えて歩き出した
「阿っ!!」
緊那羅が阿を呼ぶ
「ごめんある」
阿に代わってなのか分が謝ると緊那羅の肩からぴょんと降りて阿を追いかけていった
えっえっと泣きしゃっくりをあげているお面の顔
だがさっきまで血が流れていた指には傷はなく
「まだ痛いナリか?」
聞いた慧光に首を振って返した烏倶婆迦に慧光が微笑んだ
何だかんだ賢そうに偉そうな態度をしてもまだまだお子様な烏倶婆迦を見て緊那羅も微笑む
「大丈夫だっちゃ?」
「…うん…大丈夫ありがと慧光」
泣きしゃっくりもだいぶ落ち着いた烏倶婆迦が慧光にお礼を言った
「にしても…すごく敵視してるっちゃね…あの二匹…特に阿の方」
緊那羅がため息をついた
「今まで【天】と【空】がこんなに近くにいたことなんてないから仕方ないかもしれないナリ…」
「今までにないからおいちゃんかじられたの?」
慧光が呟くと烏倶婆迦が慧光と緊那羅を見上げた
少し高台にある栄之神社
そこの境内にある御神木にのぼれば正月町がほぼ見渡せる
枝に腰かけていたのは人型になった阿分
「わからんある…」
阿が呟く
「空と天が一緒にいるとかわからんある」
そんな阿を分が黙って見た
「我らどうすればいいあるか…」
「…阿…」
阿の四本の尻尾が垂れ下がる
「制多迦に撫でられたとき…嫌じゃなかったあるよ我」
分がぽつりと言った
「阿はどうだったあるか?」
「…嫌…じゃなかったある…」
阿が口を尖らせながら答えた
「君たちが知ってる制多迦じゃないからね」
自分たち以外の声がして阿分の耳がピンッと立った
ガサッと音がして逆さまになった矜羯羅の顔が阿分の目の前に下がった
「きゅ----!!!!?」
甲高い鳴き声が響く
「…うるさいよ」
矜羯羅が耳を塞いで眉を潜める
「なっ…何あるかっ!!」
「びっ…びっくりしたある!!;」
2人抱き合った阿分が矜羯羅に怒鳴る
阿分のいる枝より一つ二つ上の枝にいたらしい矜羯羅
くるんと体を回転させると阿分がいる枝と同じ高さの枝に立った
「待ち伏せしてたあるかっ」
「別に…ここ涼しいから」
ザザザっと葉の間を風が通った
「…何もしないよ」
矜羯羅が幹に背中をつけて枝に腰を下ろす
「こんな近くに矜羯羅いるある…」
「でもなにもしねぇいってるあるよ」
ぼそぼそと小さく会話する阿分
「…んがら見っけ」
今度は下から矜羯羅や自分たち以外の声がした
ふと見れば阿分のいる枝にかけられた二本の手
ゆっくり下を見るとクロを頭にのせた制多迦が見上げてへらっと笑った
「きゅーーーー!!!!?;」
再び甲高い鳴き声が響いた
「…い天気だね」
「いい天気すぎるよ」
枝に座った制多迦がへらり和やかに言うと矜羯羅がため息をつきながら返す
「…く晴れの日好きだから」
「そう」
頭にクロを乗せ制多迦が空を見た
ほや~んとした気の抜けたような空気が漂う
「…本当に制多迦…あるか?」
「矜羯羅が制多迦呼んでるある…みんなも制多迦呼んでたあるよ」
阿分のいる枝の右側の枝には矜羯羅
阿分のいる枝の左側の枝には制多迦とクロ
矜羯羅と制多迦を交互に見た阿分がボソボソと小さく会話する
「…制多迦に頭撫でられたある…」
「ぺくしょっ;」
制多迦が勢いよくくしゃみした
「…鼻水でてるよ」
「…へへ;」
ズッと鼻水を啜った制多迦
「…ゆるいある…」
「…ゆるゆるある…」
阿分が制多迦を見て呟く
「ねぇ」
矜羯羅が阿分に声をかけた
びくっとした阿分の尻尾がピンッとなった
「君たちさ…何怯えてるの?」
矜羯羅が聞く
「僕や制多迦に怯えてる感じはないんだけど」
静かな風が拭いた
「わっ…我らは何も怯えてねぇあるっ!!」
「本当に?」
「本当あるっ!!」
フーッとまるで猫のような威嚇をした阿分
ミシッと枝がしなったかと思うと
「…んまり虐めちゃ駄目だよ矜羯羅」
ぽふっと阿分の頭に手をおいたのは制多迦
「別に虐めてないけど?」
足を組み直し矜羯羅が言う
「…めんね?」
阿分の頭を撫でて制多迦が立ち上がると矜羯羅のいる枝に飛び移った
へらりと笑う制多迦を阿分がぽかんとした顔で見る
ため息をついた矜羯羅がひらりと地面へ降り制多迦もそれに続く
降りるときの振動で枝から葉が何枚かひらひらと落ちていった
「…また…撫でられたある…」
分が呟いた
「聞いてくれたまえ」
南が真剣な顔で言ってきた
「なんだ?」
「俺さ…ちょっと突っ込みたいんだ」
「何に」
中島が聞くと南が壁に手をついた
「早く言え帰りてぇんだよ;」
なかなか言わない南の尻を坂田が叩く
「トイレのさぁ張り紙あるじゃん? トイレットペーパー以外流すなってのさ」
「まぁ…うん」
静かに話始めた南
「トイレットペーパー以外ってことはトイレットペーパーしか流したら駄目だってことだよな?」
「まぁ…そうだろう」
「…うんこは?」
南が言うと三人が止まる
「うんこは流したら駄目なのか…? おションはまだ液体だからいいとしてもだ…うんこは固形じゃん?」
「おま…またそげなくだらんことを…;」
「そんなことを考えて1日過ごしました」
ハッハと笑った南が上靴を靴箱に入れ外靴を出した
「考え出すとやめられないとまらないーってやつでさぁ」
「わからんでもないけどもな」
乾いた玄関に外靴を落とすと埃が上がる
爪先をトントンとして靴を履いた京助と坂田が戸を開けた
「なーんか…曇ってきたなぁ」
「あー…そういや台風だかきてるとかいってなかったか? どさんこワイド」
「どさんこワイドが何ていってたか知らんが俺ん家はめざましテレビだ」
空を見上げた坂田が言う
快晴だった青空にはどんよりとした灰色の雲が広がっていた
「台風シーズンかぁ」
「これが来たら秋だよなぁ…」
「んで冬だよなぁ」
「んで春だよなぁ」
だらだら歩きながら話す京助と三馬鹿
「なんだかんだあったけど季節とかまわるんだよなー…」
しみじみと坂田が言う
「なんでかやっぱ秋ってセンチメンタル」
京助が言うと三馬鹿が頷いた
「あ矜羯羅様、制多迦様」
玄関から入ってきた制多迦と矜羯羅が名前を呼ばれて立ち止まると慧光が駆け寄ってきた
「どこにいってらしたナリか?」
「涼しいところ」
歩きながら矜羯羅が答える
「涼しいところ…ナリか?」
「…ん」
制多迦がヘラリ笑う
「もう涼しくなったナリ?」
「まだ暑いけど…」
まだ暑い といいながら矜羯羅が縁側がある和室に入ると空を見上げた
庭には緊那羅が干した洗濯物が風に揺れている
「矜羯羅様?」
慧光があとからやってきて同じく空を見上げた
少し雲が多くなった空
心なしか風も強くなってきたような
チリンチリンと風鈴が小刻みに鳴る
「あー!!;」
どこからか聞こえたのは緊那羅の声
「洗濯物っ;」
地面にポツポツとシミができていく
小走りでやってきた緊那羅がわたわたと洗濯物を腕にとりはじめた
「私手伝ってくるナリ」
庭に降りた慧光が緊那羅に駆け寄る
「しょうがないね…」
ため息をついた矜羯羅も庭に降りた
「…クロはおいてきなよ?」
一緒に行こうとした制多迦に矜羯羅が言うと頭の上のクロを縁側に下ろした
地面に広がるシミがだんだんと大きくなる
空の青はいつの間にか灰色の雲に隠れて
風鈴をならす風も強く抱えた洗濯物もバサバサと強く靡いた
「窓閉めて窓ッ!!」
母ハルミの声が家から聞こえる
「降ってきたね」
縁側に洗濯物を下ろした矜羯羅がふと目を向けたのは御神木
「どいてっちゃっ;」
緊那羅が洗濯物を矜羯羅ごと縁側に乗せた
続いてやってきた制多迦も矜羯羅の上に洗濯物を乗せる
「…重いんだけど」
頭の上にまだ少し生乾きのシャツを乗せた矜羯羅が顔をあげるとクロがフンフンと鼻を近づけてきた
家中からガタガタと窓を閉める音が聞こえる
「あんなにいい天気だったのに…;」
濡れた髪をかき上げて緊那羅が言った
空から降り続く雨
心地よいとは遠くなった風
正月町に台風がやってきた
「うっへぇー;」
ガラガラと玄関の戸があいた音と京助の声
びしょ濡れの京助がプルプルと頭を振ると水が飛び散った
「…かえり」
制多迦が手にタオルを持ってやってきてそれを京助に差し出す
「さんきゅ」
タオルを受け取った京助がガシガシ頭を拭いた
玄関の戸には雨と風が強くぶつかりガタガタ揺らす
「あーもーいきなりきやがって台風のやろう;」
「…うすけもびしょびしょだった」
家に上がった京助が部屋ではなく洗面所に向かった
「あ義兄様」
「京助おかえりー」
洗面所兼脱衣場の戸を開けるとそこにいたのはすっぽんぽんの悠助とバスタオルを巻いた慧喜
「……」
無意識に京助の視線が向いたのは慧喜の谷間と太もも
京助が無言で戸を閉めた
「…ょうすけ?」
戸を閉めた京助に制多迦が声をかける
「…うしたの?」
「…いや…;」
京助が足早に歩き出した
首を傾げた制多迦が後を追いかけた
「わっ;」
「だっ;」
廊下の角で緊那羅とぶつかりそうになって2人して声をあげる
「京助;」
「なん…っだっ;」
「なぁっ!?;」
止まった京助の後ろから来ていた制多迦が京助にぶつかり前のめりになった京助が緊那羅を巻き込んで倒れた
「…めん;」
制多迦が申し訳なさそうに謝る
「京助びしょびしょじゃないっちゃか;」
京助の髪を触った緊那羅が言った
「悠助もびしょびしょで今慧喜と…」
いきなり京助が体を起こすと立ち上がりバタバタと駆けていく
ぽかんとする緊那羅と制多迦
「…どうしたんだっちゃ…?;」
緊那羅が制多迦を見上げると制多迦が苦笑いで首をかしげた
自分の部屋に入った京助が戸を閉めるとずるずる戸に寄りかかり座り込む
何かが変
それは自分でわかるようでわからなくてそれが気持ち悪い
「だぁぁぁッ;」
思わず声を出した京助の体が後ろに倒れた
確かに閉めたはずの戸はいつの間にか開けられて倒れた京助を見下ろしていたのは
「よぅおかえり」
にこやかに笑う父竜之助だった
「勝手に開けんなよ;」
京助が竜之助を見上げて言うと竜之助がしゃがんだ
「風呂いくぞ」
「は?;」
「風呂」
「なんで;」
笑う竜之助
起き上がった京助が濡れている髪をかきあげた
「風呂にはいくけど…」
「節電だ一緒にはいるぞ」
「はぁ?;」
「ほら早くしろ早くパンツ持ってこいよ」
立ち上がった竜之助が歩きだす
「とりあけず大事なところ隠せるもんもって風呂にこい」
「いや…タオルの三文字言えばいいだろ;」
竜之助が見えなくなると京助が立ち上がった
「…行くべきなんかこれは…」
濡れた服がいい加減冷たい
「…はぁ;」
ため息をついた京助が壁にかけてあったバスタオルに手をかけた
ガタガタと鳴る戸や窓
それにぶつかる雨は激しさを増していた
テレビ画面の上部に流れるのは気象情報
「暴風雨警報でちゃったわねぇ」
食器を並べながら母ハルミが言う
「雨凄いね」
慧喜に髪を拭いてもらいながら悠助がカーテンが閉まった窓を見た
「そろそろみんな呼ばないとだね」
母ハルミの手伝いをしていた烏倶婆迦が立ち上がると茶の間の戸が開いて制多迦と緊那羅が入ってきた
「あら緊ちゃん丁度いいところにおかず運ぶの手伝って?」
「あ はい」
入ってきたと思ったら緊那羅が小走りで台所に向かっていった
キョロキョロと茶の間を見渡す制多迦
「タカちゃんどうしたの?」
悠助が聞く
「…んがらは?」
「矜羯羅様ナリか? ここにはいないナリ」
慧光が答えた
「ご一緒じゃなかったんですか?」
慧喜が聞くと制多迦が頷いた
「飯なんだやなー」
「ハラヘリなんだやなー」
とたとたという足音と共にやってきたのはコマイヌの二匹
制多迦が二匹の前にしゃがんだ
「…んがら見なかった?」
「矜羯羅だやな?」
聞かれた二匹が顔を見合わせた
ザァザァと雨が降る
まるで何か怪物の鳴き声のような風の音
チャポーン…
某歌のように天井から湯気によってできた水滴が湯船の中に落ちた
「来たか」
戸がガラッと開いて京助が入ってきた
そして風呂椅子に腰かけるとシャワーを頭から浴びる
「…なに見てんだよ;」
視線を感じて京助が顔をあげず言った
「いやさすがに大きくなったなと」
「そりゃそうだろ…14だし」
シャワーを止めた京助がシャンプーを手に出し髪を洗い始める
「シャンプーハットも使わなくていいみたいだな」
「んなの悠も使ってねぇっつーの;」
「ハッハッハ」
竜之助の笑い声が浴室に響いた
「京助」
一瞬静かになったと思ったら名前を呼ばれ京助が泡立った頭のまま顔をあげると竜之助が真面目な顔で京助を見ていた
「緊那羅が好きか」
「…は?」
ぽかんとする京助
「緊那羅が操だったのは知っているだろう?」
「…ああ」
京助がシャワーで泡を流しながら答える
「お前は操が大好きだった」
キュッと蛇口が鳴ってシャワーが止まった
髪からしたたる水滴
「お前は緊那羅として緊那羅が好きか」
「……」
顔を上げない京助
「んなのどんでもいいじゃん」
京助がリンスを手にしてガシガシと頭につけながら言った
「大事なことだ」
「…緊那羅…は…」
うつむいたまま京助が聞き取れないくらいの声で答えると竜之助が微笑んで京助のを撫でた
「…んがらみっけ」
縁側に立っていた後ろ姿を見つけた制多迦が嬉しそうに駆け寄ったのは矜羯羅の隣
「…はんだってハルミママさんが」
「…そう」
ガラス窓越しに少し開けている雨戸から何処かを見ている矜羯羅に首を傾げた制多迦が矜羯羅と同じように外を見た
強風に揺れる庭の木々
雨でぼやける街灯の光が見える
「…に見てたの?」
「…別に…」
ふいっと矜羯羅が向きを変えて歩き出す
「…んがら?」
きょとんとした制多迦がもう一度外を見た
「おいてくよ」
「…って;」
制多迦が慌てて矜羯羅を追いかけた
「やっぱりまだまだ俺にはかなわないな」
「なにがだ;」
「聞きたいか?」
「…いやいい;」
薄暗い廊下を歩く風呂上がりの竜之助と京助
「誰かを好きになることは簡単そうで難しい…好きになってからはもっと簡単で難しくなるぞ京助」
「…わけわからん;」
「ハッハッハ。そのうちわかる」
自分より大きく広い背中
父親の背中
どちらかといえばたくましいよりは細マッチョな部類にはいるであろう父竜之助の背中
「京助」
竜之助が足を止めた
「ありがとうな」
「へ…?」
いきなりお礼を言った竜之助にきょとんとする京助
「俺の分まで頑張ってくれてたんだろう?」
「…別に」
父親がいない分長男の自分が
お兄ちゃんだから長男の自分が
それがずっと当たり前だった
「…緊那羅は凄いな」
竜之助が振り返り笑う
「緊那羅はお前の居場所になっているな」
「居場所…?」
「安心するだろう緊那羅がいると」
「…わからん」
口ではそう答えた京助
でも頭の中ではたぶん大きく頷いていた
「それが好きってことだ京助」
「それってどれだよ; あーもー…腹減ったから先いくかんなっ;」
大股で歩き出した京助が竜之助を追い越し角を曲がった
「まだまだ…子供だな」
ククッと笑った竜之助も歩き出す
「あれ? 上がったんだっちゃ? 京助」
「おー…お前は食ったんか?」
「まだだっちゃ」
京助と緊那羅の会話が聞こえた
「座るとこねぇの?」
「あるとおもうっちゃ」
角で止まっていた竜之助がその会話を聞いて微笑む
たいした内容の会話でもないのに何故だか落ち着くというか暖かくなる
「先食えばよかったにお前」
「んー…ははは;」
「あ京助だー!!」
茶の間の戸を開けたらしく悠助の声がした
「私麦茶持ってくるっちゃ」
「あんなら俺氷取りにいく」
「ついでに持ってくるから京助食べてていいっちゃ」
「いやいい俺もいくっちゃ」
緊那羅の口調を真似する京助
竜之助が角が顔を出すと並んで歩く2人の背中が見えた
「あいつらなら…」
竜之助が一瞬顔を曇らせた
「…ごめんな…京助…」
「へくしょおッ!!」
竜之助が小さく呟くと京助の馬鹿でかいくしゃみが聞こえた
「ねぇ竜之助」
「ん?」
母ハルミが味噌汁を飲み干した竜之助に声をかけた
「阿分ちゃんが見当たらないんだけど…」
母ハルミの言葉に反応したのは矜羯羅
「そのうち腹減ったら出てくるんじゃないのか?」
「アンタって人は…っ」
ハッハと笑った竜之助の耳を母ハルミが引っ張る
「…んがら?」
矜羯羅が立ち上がり茶の間から出ていった
きょとんとする制多迦
「私探してくるっちゃ」
箸を置いた緊那羅が立ち上がる
「この台風の中外にはいないと思うけど…」
「おいちゃんも探す」
「私も探すナリ」
烏倶婆迦と慧光も立ち上がった
「私たちがいくから緊那羅はご飯食べてていいナリ」
「あ…うん」
緊那羅に声をかけて慧光が茶の間から出ていく
窓にぶつかる雨は更に勢いを増していた
「ごっそさんっ」
京助が軽くゲップをして茶碗を重ねる
「俺も探してくる」
「あらお願い」
「頼んだぞ京助」
「へいへい;」
やややる気無さげな返事をした京助を見た緊那羅が残っていたおかずを一気に口に突っ込んだ
そして
「ごちそうさまだっちゃっ」
急いで茶碗を重ねて持つと京助を追いかける
それを見て竜之助が微笑む
「アンタもいきなさいアンタも」
母ハルミが竜之助の頭を叩いた
「…ルミママさん」
「あらなぁに?」
制多迦が母ハルミを呼んだ
「…のねタオル欲しい」
「タオル?」
聞き返した母ハルミに制多迦がうなずく
「…きれば5枚くらい」
制多迦が片手を開いて言った
ガチャンと流しのシンクに京助が茶碗を置いたすぐ後 緊那羅が台所に入ってきた
「私もっ;」
「おま…;」
そしてシンクに茶碗を置いた
「私もいくっちゃっ」
「…口の端にタレついてんぞ」
京助に指摘され緊那羅があわてて口をぬぐう
「待ってとか言えばよかったじゃん;」
「だ…って;」
緊那羅がうつ向く
「…言ったじゃん一緒にいたいなら待っててやるって」
「…京助…」
「いくぞ」
「うん」
京助がぼそっといった言葉が聞こえた緊那羅が嬉しそうに笑った
ザザザサァと葉が揺れる
強風で枝がしなる
そんな御神木の中間より少し上の枝に白と黒の毛の塊…もとい阿分は身を寄せあっていた
いつもはもふもふしている毛は容赦なく降る雨で濡れていた
「…何してるんだよ…」
ため息混じりの声に四つの耳がぴくんと立つ
風の鳴く音かと思ったのか顔はあげなかった
「探されてるよ君たち」
また聞こえた声に今度は顔をあげると白い布がバサバサとなびいている
少し視線を右にずらすとそこにいたのは足を組んで枝に座った矜羯羅
服や髪は阿分とおなじく雨で濡れていた
「何の用あるか」
「別に…ただ探されてるみたいだったから君たちが」
矜羯羅が濡れた前髪をかき上げる
「…我らの居場所ねぇある…」
阿がしゅんとして言った
「我らの居場所…ここしかねぇある」
分も同じようにしゅんとして言う
「ふぅん…そう…」
矜羯羅が足を組み直した
「だからここに…っ!?」
ふわっと阿分の体が持ち上げられた
「僕の話聞いてなかったの? …探されてるって言ったじゃない?」
羽衣を纏った矜羯羅が阿分を胸に抱いて言う
「探されてるってことは居場所…帰るところがちゃんとあるって事じゃないの?」
阿分が矜羯羅を見上げた
「…お前ら空なのに何で我らに構うあるか」
「さぁね…」
「ぷしゅっ!!」
阿がくしゃみをする
「…しょうがないね…」
ため息をついた矜羯羅が二匹を服の中に押し込んだ
「…あったかいある」
「そう」
「いい匂いするある…」
「…そう…」
直に感じる二匹の温もりを更に羽衣で包んだ矜羯羅が下を見ると傘を差してヘラリ笑顔で制多迦が見上げていた
「傘とか意味なくない?」
ふわっと地面に降りた矜羯羅が半分濡れた制多迦に言う
「…つかれ様」
ぽふっと矜羯羅の頭に制多迦がタオルを置いた
「…今もらっても意味ないと思うんだけど」
ふわふわだったタオルは雨で濡れていた
「…ありがとう」
呆れながらもお礼を言った矜羯羅が歩き出すと制多迦も小走りで後を追いかける
「…だからそれ意味なくないって」
矜羯羅の上に傘をさした制多迦に矜羯羅が言った
玄関を開けると上がり口にはタオルが置かれていた
傘を立て掛けた制多迦がそのタオルを手にすると矜羯羅の頭から濡れたタオルを取った
そして乾いたふわふわのタオルで矜羯羅の頭を優しく拭き始める
矜羯羅が目を閉じた
「…ぜひくから矜羯羅、風呂入らないと」
「そうだね…」
制多迦の肩に矜羯羅が頭をつける
矜羯羅と制多迦にサンドイッチされる感じになった阿分が矜羯羅の服から顔を出した
「苦しいある」
ぷはっと息を吐いた分
阿ももぞもぞと矜羯羅の服の中から這い出した
そしてすとんと床に降りると矜羯羅を見上げる
鼻から上は制多迦の肩に隠れて見えない
キュッとつぐまれた唇だけが見える
ふと制多迦と目があった
微笑んだ制多迦が矜羯羅の背中に手を回す
「…らだ拭かないと風邪ひくから」
制多迦がそう言って上がり口にあるタオルを指差した
「…ぶんで拭ける?」
阿分が頷くと制多迦がヘラリ笑う
「…っしょ」
制多迦が矜羯羅を抱き上げると家に上がる
と…視線を感じて制多迦がやや下向きに振り返ると見上げていた阿分
ヘラリ笑いしゃがんだ制多迦が阿分の頭を撫でた
そして立ち上がると歩き出す
ポツポツと垂れている水滴はたぶん矜羯羅の髪か服が含んでいた雨
「…矜羯羅…どうしてあそこにきたあるか…?」
「…制多迦どうして我らを撫でたあるか…」
呟くように阿分が言った
湯気の立つ湯船に浸かった矜羯羅
冷えた体には少し熱いようにも感じる
「…もいだすね」
「何が」
戸越しに聞こえた制多迦の声に矜羯羅が返した
「…かし…慧喜と慧光を矜羯羅がつれてきたときのこと」
「…なにそれ」
「…の時も二人を羽衣に包んできてたじゃない?」
「忘れたよ…」
忘れてない
初めてあの二人を見たときのこと
矜羯羅が目を閉じた
藤色と黄緑の瞳と目があった
藤色の瞳は鋭くにらみをきかせていて
黄緑の瞳は怯えていた
側にいるべき両親の姿はなく
真っ白な衣から出ていた手足には無数の傷や痣があった
「…名前は?」
矜羯羅が問いかけるとびくっと身をすくめる二人
「名はと矜羯羅様が問われているだろう」
二人をつれてきたらしい男か強く言った
「ひっ…」
黄緑の瞳が小さく声を出すと藤色の瞳が男を睨んだ
少しだけど話は聞いていた
宝珠が選んだ双子
二人同時に選ばれたことは今までになく
多少ながら興味があってここに出向いたのは自分から
【空】では忌み嫌われる宝珠の力
妬みの的となったであろう二つの小さな体
矜羯羅が足を進めて近づくと藤色の瞳が黄緑の瞳をかばうように背中にかくまうと矜羯羅を睨みながら見上げた
二人の前で足を止めた矜羯羅がしゃがんだ
「…っ…」
黄緑の瞳がぎゅっと目をつむる
「くるなっ!!」
藤色の瞳が叫んだ
叫んだ声は強がっていても怯えて震えていた
矜羯羅が右手を前に出すと藤色の瞳もぎゅっと目をつむった
優しい光が二人の体を包むと痣や傷が綺麗に消えていく
驚きながら自分たちの手足を見る二人
矜羯羅が手を下げると傷や痣は跡形もなくなっていた
「…名前は?」
先程の質問を再びした矜羯羅
「…慧光」
黄緑の瞳が小さく答えた
「そう…」
矜羯羅がちらっと藤色の瞳を見る
さっきまで睨みがきいていた瞳には戸惑いの色が見えていた
「僕は矜羯羅」
そう言いながら二人を羽衣で包む
「…俺…は…」
羽衣をぎゅっとにぎった藤色の瞳が口を開いた
「…慧喜…」
「そう…慧喜と慧光」
矜羯羅が二人の名前を繰り返す
「おいで」
立ち上がった矜羯羅が両手を差し出した
「…僕にも君たちみたいな相方がいるんだけどね」
きょとんとした顔で見上げる慧光と慧喜
「紹介するよ…」
ふっと笑った矜羯羅
顔を見合わせた二人が恐る恐る矜羯羅の手に手をのせた
「矜羯羅様」
「下がっていいよ後は僕が」
矜羯羅が付き添いだった男に言うと二人の手を引いて歩き出した
深々と頭をさげた男が遠ざかるのを振り返り見た慧光
握られる力が少し強くなった左を見ると慧喜の藤色の瞳から涙が流れていた
ため息をつき矜羯羅が足を止めると慧喜を片手で抱き上げる
驚いた慧喜が矜羯羅にしがみつくと矜羯羅がそのまま歩き出す
右手を繋ぐ慧光の顔がほころんだ
コツコツと長い廊下を歩く
慧喜のぐすぐす鼻水を啜る音が寝息に変わった
「あ…あのっ」
「…何?」
慧光が矜羯羅を見上げた
「わ…私たち…どうなるナリ…?」
「…どうなりたい?」
矜羯羅が逆に聞き返すと慧光が足を止めた
「私…は…」
うつ向いた慧光の頭を矜羯羅が撫でる
「どうなるか…は僕にもわからない…全ては宝珠が決めること…」
「ほう…じゅ…」
慧光が矜羯羅の頭の布についている宝珠を見た
薄水色の宝珠が緩やかに光る
「私…」
ぐすぐすと慧光が鼻水を啜り出した
ため息をついた矜羯羅が右手で慧光を抱き抱えた
「…重い」
立ち上がった矜羯羅がよたよたしながら歩き出した
「矜羯羅様…」
「…何?」
慧光が恐る恐る矜羯羅に抱きつくと矜羯羅がため息をつく
「…んがら?;」
羽衣に包んだ二人を抱きプルプル震えながら部屋に入ってきた矜羯羅を見た制多迦が駆け寄る
「持って…」
震えた声で言った矜羯羅から制多迦が二人を受け取った
制多迦に二人を渡した矜羯羅がへたりと座り込むと制多迦がしゃがんで背中を向け、矜羯羅がそれにおぶさる
「矜羯羅様…」
「これが制多迦…僕の相方…」
慧光に答えた矜羯羅がぐったりと制多迦の背中に体を預けた
「制多迦…様…」
慧光が制多迦の名前を口にすると制多迦が慧光を見てヘラリと笑う
「…つかれ様 矜羯羅」
「…別に…」
矜羯羅が呟いた
「あのっ…私…」
柔らかい寝台に下ろされた慧光が矜羯羅をおろしていた制多迦の服を掴む
「私…っ…」
カチャリという音と共に慧光の頭を撫でたのは矜羯羅
「大丈夫…」
まだ少し震えている矜羯羅の手が慧光の頭を寝台へと倒す
すぐ側には寝息をたてる慧喜
「僕らがいるから…」
矜羯羅が羽衣を慧光と慧喜にかけ直す
優しい匂い
優しい声
慧光がゆっくり目を閉じた
頭にタオルを巻いた矜羯羅と並んで歩く制多迦
外ではまだ雨と風があらぶっている
「…く矜羯羅好きだよ」
「…そう」
ヘラリ笑った制多迦が言った
「…ふぁにひへふのは」
矜羯羅の両頬を軽く引っ張る制多迦の両頬を矜羯羅が強く引っ張り返す
頬を引っ張られてもヘラヘラ笑っている制多迦
「…しよし」
「…何」
今度は矜羯羅の頭を撫で始めた
矜羯羅の顔が歪む
「…んがらは優しすぎるから」
「優しくなんかない…僕は…」
「…んがら」
制多迦に呼ばれて矜羯羅が顔をあげた
目の前には微笑む制多迦
「…りがとう」
「何…」
いきなりありがとうと言ってきた制多迦に矜羯羅が少し驚く
「…んがらが矜羯羅でありがとう」
「…何いってるのさ」
制多迦の笑顔
守りたかったもの
まだ目の前にある
でもいつかは
「…くがいるから。僕が矜羯羅に優しくする」
「は…?」
制多迦が矜羯羅の頭を撫でながらヘラリと笑う
「…くが矜羯羅を守るから」
矜羯羅の頭のタオルがずれ落ちて肩に落ちた
「…っと側にいてくれてずっと見ていてくれたから僕知ってる」
いつも下がっている制多迦の眉が更に下がった
「…れかに優しくする度に矜羯羅苦しんでるって」
矜羯羅の目が大きくなった
「何…言って…」
「…んがらが矜羯羅に優しくできないなら僕が矜羯羅に優しくする」
制多迦が矜羯羅(こんがら9の手を握る
伝わる制多迦のぬくもり
手を繋ぐことなんか今までにも数えきれないくらいしたことなのに何故か凄く暖かい
自然と下がった矜羯羅の眉
今まで自分がしてきたことに対しての罪悪感
それが溶けていく気すら感じられた
「…んがら」
「何」
ヘラリではない笑顔の制多迦を見た矜羯羅の口元がゆっくり微笑む
「…へへっ」
「気持ち悪いよその笑い方」
声を出して笑った制多迦に矜羯羅が言った
「わかんねぇある…」
「我もある…」
濡れた体を拭いたために湿ったタオルの上で阿分が呟く
「制多迦…なんで撫でたある…?」
「矜羯羅…なんで我らを迎えに来たある…?」
「わかんねぇある…」
各々に言ったあと声を揃えた
「空は敵ある…」
「そうある…でも…でも前とはなにか違うある…」
「我も思うある…前に会った矜羯羅、制多迦とはなにか違うあるよ…なにかはわかんねぇあるがなにか違うある…」
生乾きの尻尾が揺れる
「我らが知らねぇ間になにかがかわったあるか…?」
「…そうかも知れねぇある…」
「制多迦…手優しかったある」
「矜羯羅…暖かかったある…」
二匹がうつ向いた
「もやもやするあるな…」
「我もある…」
少し開いていたカーテンの隙間からぼんやりとした光が入ってきた
気づくといつの間にかあんなに激しかった雨や風は止んでいた
翌朝
「だからさっき起こしたとき起きればよかったんだっちゃっ!!」
「うるせー!!; 眠かったんだよッ!! 三大欲求に勝てる自信なんざ俺にはねぇんだよッ!!」
毎朝恒例の行事が繰り広げられている廊下
バタバタという足音に矜羯羅が目を開けた
【眠る】ということに最近やっと慣れてきた
体を起こそうと手をつく
が 手に力が入らない
頭が痛い
体が熱い
「…んがら?」
もぞもぞやっていると制多迦が声をかけてきた
「…頭痛い…」
矜羯羅が小さく言った
ピピッピピッ
電子音がすると母ハルミが矜羯羅の脇から体温計を抜き取って苦笑いをする
「熱あるわね…風邪だわコンちゃん」
母ハルミが体温計をケースにしまった
「風邪…」
「暖かくして寝てなさいね後から卵酒作ってくるから」
立ち上がった母ハルミの隣にいた制多迦が矜羯羅に近づく
「タカちゃん風邪移っちゃうからあんまり側にいちゃ駄目よ?」
頷いた制多迦を見ると母ハルミが部屋を出ていった
「…んがら…苦しい?」
「風邪とかいうの移るよ」
覗き込んできた制多迦の顔を矜羯羅が押す
「言ってただろ…側にいたら移るって」
「…うだけどでも…」
「…制多迦」
矜羯羅が制多迦にデコピンをすると制多迦がしぶしぶ立ち上がりチラチラと矜羯羅を見ながら部屋を出ていった
雨戸の開けられた窓から差し込む光
少しだけ見える空は青
矜羯羅がため息をついて布団に潜り込んだ