バッドエンド直前~
むにゃむにゃとサラ子さんに襲い掛かるであろうゴーレムを止めるべく、ちょぴっとだけ長い呪文を唱える。
ほら、『バ○ス』みたいにたった三文字とかさ。一呼吸で言えちゃうと困るやん。主にうっかりミスとかでさ。たまたま言っちゃってあとで困るっぽいの。そんなのがあるから急場でも言えるけど、うっかりミスがないようにちょぴっとだけ長い詠唱だったのよ。
だからかね。サラ子さんに絶賛殺され中っぽくて、そんでなんつーか。殺されるほど嫌われてたんかぁって落ち込みプラス両腕なくなったせいで呂律が回っとらんかったせいか。
噛んだ。
壮絶に透明ゴーレムの停止キーを噛んだ。
でも腕がないから口押さえるとかできねぇの。床に突っ伏してぴくぴくしとるしかできねぇの。で、サラ子さんの炎っぽいのが頭の上通過したんだけど最後の力っぽいの振り絞って一生懸命詠唱しようしてたせいか思いっきり舌噛んでて、きっちりあたってやれねぇの。いや、死にたくはないんだけど、でもサラ子さんが俺が死ぬことでちょっとでも安らかに精霊界に帰れるんならまぁ、死ぬのもやぶさかではないというかなんというか。
死にたくはないんだけどなぁ。
ばっこんぼっこんゴーレムがサラ子さんに突っ込んでて、なんか余裕綽綽でそれを破壊してるサラ子さんを尻目にずりずりと部屋の隅に。今更手違いとかなさそうだけど、ちょっと落ち着いて殺されてあげるためにもゴーレムをまずは停止させなきゃってことなんだが。
うーむ。さっきの舌噛んだ衝撃でちょっと詠唱をド忘れ中なんですわ。
な、なんだっけ!? かっこ汗かっことじ、とかつけたくなるような気分なんだが。うーむ。あ、あとらんてす、むー、まちゅぴちゅ、あとなんだっけ、忘れないようにあっちの世界のいろんな地名だか国名を適当に並べたのがいかんかったのか。最後のワードが思いだせん。あ、あふりか? あめりかだったかな。いや、そもそも最初はあとらんてすで合ってたかすらわからなくなってくる。えー、えーっと、とか部屋の隅で首を傾げてるうちに騒ぎを聞きつけてきたんか。部屋の外が騒がしくなってくるし。
うわぁん。どうしよーとか云々唸りながらとりあえずサラ子さん落ち着いてーって感じでなんか言おうと思ったんだけど。今更俺の言葉を聞いてくれるのかな、とか不安になっちまって。
うぐぐ、ってどんな言葉をかけようか迷ってたらさ。王女様(武)とか美人さん(貧乳)が部屋の扉じゃなくて、壁をぶっ壊して突っ込んできたのよ。
で、すげぇ荒んだ目でサラ子さんが突っ込んできた二人を睨みつけてるわけ。
いやいやいや、なんか今のサラ子さんちょっとヤバイっぽいし。人間じゃ無理だろとか突っ込みそうになったけどさ。サラ子さんは国民のために俺を殺すのかっていうか、なんのために殺すのかももーわからんけど。とりあえず俺以外に危険はないかなぁ、と楽観視してたのがいかんかったのかもしれん。
あとサラ子さんって何者なんだろか。
本気で疑問です。
なんでうちの対人戦用の主力兵器のゴーレムをさ。腕の一振りで蒸発させちゃってるわけよ?
あれれー? だって、ゴーレムってサラ子さんクラスの精霊でも楽々鎮圧できるんじゃなかったん? えー!? なんでー!? 産地偽装じゃなくって、カタログスペック信用すんなってアレですか? つか、あんなに仕事させて金とっといて、結局役に立ってねー。今までの書類仕事無駄かよー。うへぇ、やっぱアレですか。適当な仕事してたからサラ子さん怒ったんだろか。理想とかあって、俺についてけねぇってことで殺すんだろうか。
うーん。って悩みながらもとりあえず止めんと。なんかサラ子さん見境ついてねぇし。とりあえずゴーレムが盾にならなかったら二人とも死んでたし。あ、ちっとは役に立ってたか。
とめなきゃってことでずりずりと壁を使って立ち上がって、と。って、ぎゃーッ、なんかわらわら衛兵とか騎士とか来てるし!! ちょ、ちょっと、死んじゃうって、命はひとつだけなんだぞゴラァ!! とか叫んだら王様は端っこにいろって怒鳴られる。いや、てめぇらは狙われてねぇからサラ子さんに突っ込むなって!!
ふらふらと内心でサラ子さんの邪魔すんなっつぅのって愚痴ってから未だにゴーレムに足止めされてるサラ子さんに突っ込む。両腕ないから全然バランス取れんのがつらい。ふらふらよろめきながら、サラ子さん!!って叫ぶ。
よくわからんが、今のサラ子さんは見境がない。でもなんでか、俺以外を殺しちゃいかんだろって思う。というかなんでいきなり殺そうとしてるのかがよくわからんのだ。
とりあえず、俺をきっちり殺せるよう、接近するためにも走る。で、今際の際ってことでか。こんな短い距離の疾走だけど、考えは次々と浮かぶ。こっちにきたときのこととか。洞窟で過ごした日々とか。サラ子さんを召喚して、この世界で初めて、おかえりとか、ただいまとか言えた日のこととかさ。ちょっとだけ涙が浮かんだけど。それを思い出したからこそ、サラ子さんに俺以外を殺させるわけにはいかなかった。
俺を殺しても恨む人間やらなんやらはいないだろうし。この身体の身内も死んでるらしいから俺の仇を積極的にとろうとする人間はいないと思う。
だけど、他の人を殺したら、サラ子さんが誰かに恨まれてしまう。殺した人の家族に危害を加えられるかもしれん。
だから、殺すのは俺だけにして欲しかった。だから、騎士とかがサラ子さんに手を出さないように大声で命令をしといた。
俺に気づいたサラ子さんは人間を軽くミンチにするゴーレムにぶん殴られながらも微動だにせず俺に炎を放ってくる。
なるべく、当たってはあげたいのだが。炎の直線的な軌道と両腕ないせいかフラフラしとる俺の走りのせいで全然当たらん。あまりの無様さに俺の身体のへぼーって思ったけど。口には出さずに走って近づく。つか俺が近づいたせいかゴーレム(光学迷彩は全部壊されたっぽい)の動きも鈍くなってるし。でもサラ子さんも俺が急に走ってきたせいか動きが鈍くなった。って、ビビッたんか今更と、思わくもないけど。女の人だからかなぁ。うぐぐ。根性無しめ。初志貫徹は大事です(俺が言っても説得力なし)。
危害は加えないから。殺すならさっさとしろって叫びたくなった。いや、俺も根性なしだから怖いの嫌だしとりあえずはーってことでさっさとして欲しかったのもある。が、そんなことしてマイナス評価をさらに下げたくはない。寡黙な男の方がかっこいいかねぇと悩みつつ。なぜか俺を恐怖の目で見るっぽいサラ子さんの前に立つ。サラ子さんを囲むように立ってるゴーレムとかサラ子さんの傍でがっしんがっしんサラ子さんを殴ってる二機のゴーレムがちょっとシュールだが。
腕がなくてふらつく。血の気もなくなってるしさぁ。いや、今から死ぬんだよなぁ。あんまり悩みたくはないし。怒って血圧あげたくもないが。とりあえず切断面は炭化してるっぽいので出血多量は避けられるね。いや、痛みとかそういうのは今麻痺ってるっぽいです。死に際だし、非常に助かる。
死にたくはないんだよ。本当に。
なんか死に際だからこそ気づくことってのは多いかもしれん。まだまだサラ子さんに甘えたかったし。王女様(武)とのエロスも楽しみたい。あれだけ嫌だった召喚も今思えばちょっとは楽しかったし。政務とか、そういうのはちょぴっとだけ(今も嫌だが)俺でもできることがあったって気づいた今なら少しはやる気も出てくるものではある。
美人さん(貧乳)の運転も今思えばちょっとジェットコースターっぽくて楽しかったし。岩本さんと酒飲むのも良かった。双子ちゃんのアイドルモードのとき親しく話せるのも他の人に優越感感じられて徳した気分だし。風男君が珍しいお酒とかお菓子とか、ときどきエロスな本を持ってくるのは困ったり嬉しかったりしたけどわくわくした。
なんか。実は思ったほど悪くなかったかもしれない。でも、サラ子さんが笑顔でないのがよくないのだ。
どうして俺を恐ろしげに見るのか。どうして不安そうに見るのか。俺の言葉を無視して部屋に入ろうとするたくさんの人たちに入るなって叫んで。美人さん(貧乳)に命令してサラ子さんを殴ってるゴーレムも停止するよう命令する。
皆、渋ってるし、嫌がってる。叫ぶ内容からは、なんでかしらないけど俺の命を守りたいっぽいことを言ってるけど。
皆の顔を見て、ちょっとだけ胸の奥でほっとした気分が湧き上がった。よくわからないけど、少しだけ死にたくないって気持ちが大きくなった。
もう、サラ子さんも暴れなくなったから。歩いてサラ子さんに近づいた。
俺は死にたくない。いろんなことを楽しんでいたことに気づけた。実はいろいろと大事な人がいたことに気づけた。祭りは楽しかったし今度は火の祭り以外にも参加したい。あと劇も結局観れなかったしさ。
俺を見ながら下がるサラ子さんへと近づく。皆がぎゃーぎゃーとうるさいけど無視してサラ子さんへと歩いていく。
そんで、サラ子さんがゴーレムに阻まれて、もう下がれなくなったところで、俺は目と鼻の先まで近づいて。
さっと唇を奪ってから、サラ子さんのことを好きだって、愛してるって言ってやった。
たはは、いや、他称世界最強の剣士の俺が復讐するとか、暴力振るうとかでどうせ怯えてたんだろうが。いやいや、これで安心だべさ。
ぽかん、とサラ子さんが俺を見てる。さっきまでぎゃーぎゃー騒いでた連中も黙ったし。つーか。なんかすげぇ達成感。結局嫌われたまんまだけど気持ちを告げられたのは良い気分だ。いや、キスできたし、なんか満足だ。
多幸感のまま、目を瞑る。大っ嫌いな俺に唇奪われて怒り心頭だから躊躇無く命を奪ってくれるだろう。告白もしたし、きっと俺が絶対反撃しないって知ってくれたはずだしな。
ううむ。外道なことばっかしてた俺が意外に幸せな最後を迎えられることにちょっと感動。
感動、なんだけど……
ネェマダー?
一分経っても最後の瞬間が来ないことに疑問が出てきて。ちらっと目を開けたらぽろっぽろ涙を流してるサラ子さんがいた。
あれ、えと、キス、そんなに嫌だったかな、なんて今更な言葉が出てしまう。まさか、怒る前に泣かせてしまうとは。ごめんなさい、っていいそうになって、やめた。いや、俺は満足だし、命くれてやるんだから唇ぐらいいいべさってことで。
だから、サラ子さんが俺の胸板に顔を寄せてぐすぐす泣きながらごめんなさいごめんなさいって言いながら何もしないでただ泣いてるだけになってしまって。
やっぱりごめんなさいって言おうと思ってしまった俺は、本格的に駄目な奴なのかもしれない。
でも、死ななくて済んだことで、一件落着かなって呟いた俺に、美人さん(貧乳)に、なにが落着なのかって責めるような口調で呟かれたときに、俺はみんながサラ子さんを怖い目で見ていることに気づいて。これは全力でフォローをしなけりゃならないことと、今から全力で落着にしないといけないことに、胃が痛くなった。
六百九十三日目
俺は病院にいて、サラ子さんは牢屋にいるらしい。
ゴーレム技術の応用で義手は二本ともすぐにでもできるらしいがとにかくひさしぶりに政務も召喚もしないで良い環境のためにゆっくりとすることに。
いや、ゆっくりしてろって放り込まれただけなんですけどねー。
つか、正確には今日は面会謝絶にするから頭冷やしてサラ子さんに対する罰を考えろってことらしいのだが。
はぁ、とため息をついて窓の外を見た。
考えつくわけないでしょうが。そもそも罪にする気が全然ないのだから。
少し憂鬱です。
六百九十四日目
俺が怪我をしたことは国民には知らされていない。知らせるな、と俺が命じたこともあるが、つい最近、精霊と人間が結婚したばっかりであるし、不和の種を極力放り込みたくなかった文官たちの思惑もあったりする。
角少女が俺の病室でいろいろと政務についての対応を聞いてくるのにおおまかな指示だけを出しておく。
気になったのでサラ子さんについて聞くと、暴れたりはしていないらしい。未だ牢屋内だから出してあげたいのだが出すと俺への善意で誰かがサラ子さんに対して害を為すかもしれないと風男君が教えてくれたので入れたままなのだ。というか、牢屋に入れてることで対外的な牽制になるということらしい。
あの日、俺が負傷したという報告を受けて国外から駆けつけてくれた風男君は、サラ子さんを殺すべきだと迫る皆と違い、冷静に俺の考えを汲んでくれ(もちろん怒っていることは最初に言われたが、俺がしたいことを尊重する、と付け加えてくれたのだ)。いくつかアドバイスをしてくれた。
その中のひとつが、ドSな火精霊さんのテリトリーである牢屋へとサラ子さんを隔離することだった。
じぃっと見つめてくる角少女に対して、俺は目を瞑ることで対処をした。
いつのまにか本当に寝てしまい。ちょぴっとだけ焦った。
六百九十五日目
面会に来た王女様(武)は両腕の無い俺にあーん、と昼食を食べさせながらいろいろと国内の状況などを話してくれている。
今のところ、俺がいなくても大きな問題は起きていないらしい。小さな問題も起きてはいるが、未だカバーできる範囲内とのこと。安心して寝てろと言われたので、頷いていたら頬をつねられた。
痛いなぁと思いつつ頬をさすっていると、サラ子さんについての対応で怒られる、というよりは対応を責められた。
あの日、俺は胸の中にいるサラ子さんをそのままにさせたまま、サラ子さんが落ち着くまで皆の牽制をしていた。今にも取り押さえようと厨様たちまで呼び寄せた皆に大げさだなぁと思いながらもこのままではいけないと思い、俺は皆に怒られるのを覚悟でサラ子さんに提案をしたのだ。
送還。召喚の逆。精霊界へと返してあげる提案をだ。
俺の命を奪うことはやめたらしいし。皆がサラ子さんに対して何故か(俺の両腕を奪ったぐらいなのに)すごく怒ってるし。サラ子さんの安全的な意味でも、火竜王国にいたらなんかヤバイなぁとヒシヒシと感じたので。サラ子さんのことは(愛してる的な意味でも)好きだし、俺もサラ子さんになら腕をとられたぐらいは気にしない(このときは義手が作れることは知らなかった)。だから、ここは(政務的な意味。王国の未来やら国民の幸福やら)俺に任せて、サラ子さんは精霊界に帰っても大丈夫。今までありがとう、不甲斐ない俺に尽くしてくれて本当にありがとう。膝枕とか、今までパワハラごめんなさいって謝って。あと、仕事から時々逃げたりしてすまなかったって。甘えてて、ゴメンねって謝った。
キスだけは、今も後悔してないから謝れなかったが、それでも、きちんと言葉が足りないことがないように、俺がどう思ってたかとか、きちんと話して、その上で、今までの感謝の意味でもサラ子さんには無事に、後腐れはちょっと残ってしまうけど、きちんと帰してあげたかったのだ。
で、結局一言も話さないで俺の胸元でぐすぐす泣いてるサラ子さんに、最後に召喚してしまったことと、一年以上も拘束してしまってすまないって謝ろうとして、止められた。それだけは言わないでくれって。
なぜかはわからないが、言うなと言われるなら、謝りたかったが、やめておいた。ううむ、俺の気分は晴れないが俺の気分よりサラ子さんの気分優先なので我慢の子。そんで、とりあえず送還しよっか、と提案して。
何故かサラ子さんは望まなかった。
元王族なためか、王である俺を傷つけたサラ子さんに対し、酷く厳しい刑罰を提案している連中の一人である王女様(武)に、ありのままを話す。サラ子さんが俺に攻撃をしたのは、俺の器量が足りなかったのと、愛想を尽かされただけなのだと。勝手に呼び出したのだから、一年半も拘束した俺が悪いのだとも。
鼻で嗤われて、甘すぎると怒られた。
しょうがないじゃないか。好きなんだからさ。
六百九十六日目
義手を取り付けた。まぁ、俺より器用に身体を動かしている光学迷彩ゴーレム御用達の最高級品だ。月々のメンテナンスは欠かせないが以前の腕より便利である。
とはいえ急に動かすわけにもいかんのでリハビリリハビリ。未だに他人の手で食事はとったりしてるけど、一月もあれば生身より動かせるってさ。ふーんって頷いて。窓の外を見た。
平和な風景。笑顔の国民。火竜王国の未来を……。
俺がいなくても大丈夫だよなぁ。
そんなことを王女様(幼)に呟いたらぶん殴られた。冗談でも口にするなって。
そんなことはないと思う。本気でさ。
六百九十七日目
常々言ってきたが、俺は、王政とか貴族政とか、そういうのに頓着したことはない。王様にはいつのまにかなっていただけだし。精霊さんに対しては国民、というより従業員さんや家族、友人といった感触の方が強い。もちろん、一部の人間や元奴隷の皆さんに対する連れてきた責任などもあるけれど、既にひとり立ちさせる手法が確立し、穴抜けもあるが法律も完成している。
俺が手綱を取ってやる必要はないのだ。
もちろん、引継ぎは必要だと思う。急にトップが変わったら問題だろうし。その後などもいろいろとやらなければならない。なら、必要なことを必要なだけやるべきなのだが、その、あれだ。
サラ子さんが牢屋に入ったままとかテンション下がってやる気でねぇって話です。
と、いうわけで俺はサラ子さんのいる牢屋にいた。後ろには美人さん(貧乳)と王女様(武)がいる。光学迷彩ゴーレムは流石に狭いので天井とかにはっついているらしい。それに、サラ子さんのいる牢屋には、サラ子さんを対象にした封印術式が懸かってて、サラ子さんは俺を殺すほどの力を発揮できなくなっている。(拘束しているという意味で)残念だけれど。でも、そうしなければ皆が皆、とめるだろうから、仕方なしに受け入れるしかない。
俺は、付いてきた二人を牢の外に待たせ、繋がれているサラ子さんの前に座った。壁際に拘束されたサラ子さんは、目隠しをされ、手足を鎖でつながれている。
俺は、用意させた鎖の鍵で拘束を解いていった。牢屋の外で教えてなかった二人が何かを言ったが無視する。目隠しも外し、俺は数日振りにサラ子さんと対面した。
権力に囚われるな。俺が、俺に課した言葉だ。王様という役割を演じているうちに、自分と王様を同一視してしまうことを恐れた俺が、俺に対して課したルール。
俺は王様であるが、俺が俺ということを忘れてはならない。
ルールを作る側がルールに囚われないのはよくないことなんだろうけど俺の決断で全てが決まってしまう専制君主制の君主にはとても必要なことだと思う。
そんで、サラ子さんは、俺が作ったルールを破った。ルールを作る側である王国の重鎮でありながら人を傷つけた。もちろん他の人に害がない限りは王位簒奪オッケーだった俺は、もしもの時のためにと王様を傷つけたら死刑などという法律は作っていない。ただ今までの事例からなし崩しに国家反逆やら転覆やらの法律は作ってしまっている。俺の知らない間に、王を重視するあまりにサラ子さんをそちらの罪で裁かれては溜まったものではない。
そして、サラ子さんは、火竜王国で暮らしたい、と望んでいる。ならば、サラ子さんのしてしまったことをその中のルールに押し込めなければならない。そして俺の頭で、サラ子さんをなるべく以前と同じ待遇を受けられるようにしなければならないのだ。
サラ子さんと対面して数分。俺はサラ子さんの鎖に縛られて痣のついている手足を労わるように摩っていた。サラ子さんの顔は伏せられ、表情は見えない。だけれど俺は気にせず俺の気持ちを話していく。病室でも思っていたが、俺の気持ちは結局変わらなかった。
殺される寸前にだって思っていたのだから。今だっていつだって変わることなんてないんだからさ。
だから、好きだ、と。愛している、と。言い聞かせるようにしてサラ子さんに伝えた。その上で、国内の法律で裁きたくないから送還を受け入れてくれと懇願した。
罪をなくしてもいいと言ってるのに、何がサラ子さんをここまで頑なにしているかはわからない。真面目で優しかったサラ子さんが暴君というか、王様失格だったっぽい俺を殺して国を繁栄させようとしたことはない頭をひねって考えてみてわかった(むしろソレ以外の理由だったらすごく悲しい。俺が殺したい程嫌いだったとか、ね)。たぶん真面目なサラ子さんのことだから捕まった後に法に身を任せようとしていたんだろうけど。俺は、俺を殺そうとしたサラ子さんに酷い目にあって欲しくはないのだ。我がままなんだろうけど。
そういうことを言おうとして。黙る。賢しげに人の心を暴き立てるような趣味は俺にはない。だから、俺の望んでいることだけを伝えることにした。たぶんサラ子さんを無罪にしたら、すごい酷いしっぺ返しに襲われるだろうし、その対応だけで国が傾くかもしれないが、俺は、それでもサラ子さんが好きなのだし。そのサラ子さんにお礼をするためだった王国によってサラ子さんが傷つけられるようなことは嫌だった。
結局、俺は万を越える人々よりもたった一人を優先した駄目な王様で。そんなところにサラ子さんは失望したんだと思って、進歩してねぇなぁとちょっとだけ自嘲してしまった。
サラ子さんは送還を受けなかった。やっぱり国が傾くような真似、というよりは。法に例外を作ることを嫌ったのかなぁ、とか思う。理由を聞いても教えちゃくれないし。
ため息をついたら、王女様(武)が俺に面会時間は終わりだと告げた。いや、時間決めてなかったけど、あんまり長い間は駄目ってことだったしなぁ。
しかし、俺はホントこれ言いたくなかったけど、言うしかなかった。
風男君もアレだけ良いこと言っておきながら積極的に知恵を出すことはなかったからちょっと知恵熱でかけたけどさ。岩本さんなんか死刑か精霊界の奥地に流刑の二択しか出さないし。俺がそれを選べなくてアイデア聞いたの知ってるくせにさぁ。もー。
だから、考えて、それを罰代わりに命令したんです。
サラ子さん、ちょっと魔王退治してきてねって。
六百九十八日目
罪人を解放するときに必要な制度、というものを探してみると。他の国では大抵、恩赦というものが一番手っ取り早いらしい。とはいえ、そういうのは戦争に勝ったり、国王に子供が生まれたり、王子とか、姫とかが結婚だったりするけど。それでも重犯罪の人間や国家に仇名す罪人(罰が軽くなった、刑期が短くなった、というのは聞いたことがあるけれど)を解放したという例を聞いたことはない。
ならば、だ。罪人を英雄にしてしまえばいい。英雄として帰ってきてもらえばいい。偉大なことをしてきてもらえばいいのだ。そうすれば、多少はサラ子さんに対する印象も変わるかもしれない。もちろん、こっちで可能な限り間接的なバックアップ(諜報と風男君を全力で使えば気づく人間は少ないと思う)はするつもりだ。
そうして俺は、サラ子さんについての処遇を、復帰一日目に皆に宣言した。
呪縛と呼ばれる魔法で契約させての魔王退治。これで逃げる、とかは考えないだろう(契約は俺がやるのでもう少しファジーにしよう。従軍有り。期限無し。罰則無し。よしよし)。魔王、といえば大陸の災厄とか言われてるから皆納得してくれると思うのだが。
少しだけ渋い顔をしている連中(何故か精霊さんに多いが)もいるが、概ね認めてくれているようだった。なにしろ相手は天馬王国を滅ぼしたりいろいろしている相手だ。王女様(武)も昨日はあっけにとられていたが、今は落ち着いて聞いてくれているしな。
うむうむと頷きながら俺はその後はリハビリをしながら角少女と政務をすることにした。
六百九十九日目
最強最悪、人類の天敵、と呼ばれる魔王に対して大好きなサラ子さんを単独で行かせる。これについて最初は凄く戸惑ったが、一度思いつくと他に皆にサラ子さんを受け入れてもらえるような案が思いつかなかった。
と、いうのも皆の怒りが店の品物をパクッた角少女を受け入れたときと比較にならんぐらいの怒りようで、俺の説得になんら良い返答をしてくれず。あげくの果てには死刑やら死刑やら死刑やら流刑やらとそれぐらいしか意見を出してくれなかったからである。非常に残念だった。
それが国王を傷つけたことへの怒りなのか。俺を傷つけたことへの怒りなのかはわからない。俺だってサラ子さんじゃなきゃぶっ殺してたからサラ子さんへの愛情が足りなかっただけかもしれない。
とにかく、一度皆の信頼を裏切ってしまったサラ子さんが(火竜王国の法で裁かれたいというマゾい理由含めて)再び俺の傍らで働く(働いてくれるかなぁ。とりあえず火竜王国内の就職でも構わんが)には王国の重鎮である彼らの信頼を復活させる必要があり。外征をする必要のない火竜王国でサラ子さんが信頼を短期間かつ、絶対的に復活できる手段がそれぐらいしかなかったからである。
もちろん、今までの仕事の評価で築き上げた信頼(主に感情面の)もあったんだろうが、それがトップの間で吹っ飛んでしまったのだからしょうがないのである。
そして、今サラ子さんは俺の前にいた。
玉座に座る俺の前。随分と離れた距離に。精霊が抜かれた後、この案を思いついてから対魔王属性及び厨様たちの最高ランク付与で強化した勇者装備を身につけたサラ子さんがいる。そして、俺の手には天馬王国最後の戦場跡にて風男君が拾ってきた勇者の剣がある。もちろん、精霊は抜いてあるため誰にでも装備できるまで格は下がっているが、素材は最高ランクの聖剣であることに間違いはないし、対魔王属性や最高の加護を付与してある一品だ。ちょっと幼女組がやられたーなんて顔してるけど知らない知らない俺知らなーい。
まぁ、それでも心配なことに変わりはなく。ちょっとぐすって涙目になる。ああ、ほんとゴメンね。サラ子さん。俺がもっと頭良けりゃよかったんだけど。こんなんしか思いつかなくてさぁ。
一応、風男君に命令してあるから数ヶ月もすりゃ魔王軍の領内で飢餓とか内乱とかいろいろ起こると思う。一年ぐらいすりゃ魔王軍の総力も減ると思うのよ。あとあと、隣国が魔王軍とぶつかりやすくなる状況にもしとくしさぁ。なんならもっと諜報とか買収とか頑張って隣国中心に人類連合とかできるようにするからさ。つか、負けて魔王に捕らえられた後、魔王城に運び込まれそうだった勇者も救出して隣国に運んであるし。サラ子さんは漁夫の利を狙ってくれればいいから。ちょっとその間に潜伏してくれるとありがたい。
なんてことを教えたいのだが、一応、皆の前なので自重。一応、サラ子さんの罰でもあるし。軍をあからさまに動かすこともできないし。
と、いうわけで状況が推移するまでのいろいろではないけれど、サラ子さんにはサブクエスト、というか暇潰しっぽいことも与えておく。
大陸各地にあるといわれる神霊石。精霊石の上位版で自然に発生したのではなく神話の時代の云々かんぬんで発祥とか、発生とかそんなんどうでもいいし。そうそう見つからないと呼ばれるそれである。
そいつをなるべく魔王退治より先に見つけてきて欲しいと、偉そうに命令する(王女様(武)とか俺の告白を知ってる連中からちょっと厳しい顔で見られたけど知るもんかいっと)。
つーか、深慮遠謀してるっぽい顔で言えばきっと騙されてくれるに違いない。ほら、そんな気負った顔で命に代えてもとか言わんでいいからー。
うわぁん、と泣きたい気持ちを抑えながらちょっと厳しげな顔で、では行けぃって勇者の剣渡して、軽い、ほんとーに軽くてちょぴっとした呪縛して送り出した。
今日は不貞寝かねって思ったけどサラ子さんに厳しいことさせておいてそらいかんって思って仕事をした。