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第三章 登校拒否

柚綺が黛兎の彼女になってからちょうど3週間が経った。

そんなある日、いつものように部活に行った柚綺は驚いた。

なんと、今まで部活に来ていなかった津季が来ていたのだ。

「あの、黛兎先輩、津季先輩は…。」

黛兎は一瞬困ったように苦笑いした。

「アイツ、どうしてかは知らねーケド今日から来たみてーなんだ。」

「そうなんですか。」

黛兎はグランドに戻ろうとしたが、立ち止まって振り返った。

「あまり津季とは関わらないでくれ。…お前に何かあったら困るから…さ…」黛兎は悲しげな瞳で柚綺を見つめて、グランドへ走っていった。

柚綺は妙な胸騒ぎを覚えた。

黛兎が、どんどん離れていってしまうような感覚を…。

「先輩、行かないで…。」

無意識のうちにそう叫ぼうとしていたが、声がかすれて言葉にならなかった。

謎の孤独感と恐怖感に襲われた柚綺は、不意に誰かに肩を叩かれた。

振り返った柚綺の前に現れたのは痩せこけた顔の津季だった。

「津季先輩…っっ。お久しぶりですっ!!」

柚綺は少し気まずくなりながらも、なるべく明るい表情で話しかけた。

すると、津季は目を細めて小さな声で言った。

「ゆず、あなたなの…?私から黛兎を取ったのは。」津季の冷たい視線に刺され、柚綺は動けなくなった。

「いや…、私は…っっ」

柚綺が一歩後ずさったその瞬間、何か大きなものが覆いかぶさった。

「黛兎先輩っっ!!」

「黛兎…っ。」

柚綺と津季の声が重なった。

黛兎は、肩で息をしながら柚綺を抱きしめていた。「津季…、コイツがお前から俺を取っただと…?言っておくが、それは誤解だ。俺が、柚綺が自分のそばにいてほしいと思った。それだけだ。」

津季の顔が歪んで涙が溢れた。

そして、もう自分のものではなくなってしまった 黛兎の大きな背中を見つめていた。

一方柚綺は、しっかりと黛兎にしがみついていた。こうしているだけで、さっきまでの孤独感も恐怖感も消えていく。

それと同時に、黛兎の存在をちゃんと感じるコトができた。

「柚綺には手を出さないでほしい。」

黛兎は津季に背中を向けたまま言った。

津季は真っ赤に充血した瞳で2人を睨んで走り去っていった。

津季がいなくなると、柚綺は力が抜けたように、黛兎の腕をすり抜けて地面にしゃがみ込んだ。

「柚綺!!」

黛兎も慌ててしゃがんだ。見ると、柚綺の顔は涙でぐっしょりだった。

「柚綺、アイツに何かされたか!?」

柚綺は首を横に振った。

「こ…怖かったんです…。私は、ただ黛兎先輩が好きなだけなのに…。それがいけないんですか…?先輩のコト、好きでいるのはダメなんですか…?」黛兎は、柚綺の顔を自分の胸に押し付けた。

「んなわけあるかよ。俺はずっと柚綺にそばにいてほしいって思ってる。絶対変わるコトはねぇ思いだ。だから、そんな顔すんなって。お前に何かあったら、俺が助けてやるからよ。」

柚綺は黛兎の胸の中で頷いた。

安心したためか、そのまま意識がなくなったように眠ってしまった。

「いろいろと辛いコトを抱え込んでたんだな…。」

黛兎は柚綺をそっと抱き上げて、保健室まで連れていった。

ベッドに寝かせると、ゆっくり額を撫でて、まだ目尻の辺りに溜まっていた雫を拭ってあげた。

掛け布団を柚綺の胸あたりまで掛けると、黛兎は心配そうに柚綺の寝顔を見つめてドアまで歩いた。「練習終わったらすぐ迎えに来るからな。」

柚綺の表情が柔らかくなったように思えた。


保健室。

さっきまでは柚綺一人しかいなかった空間に、今は二人いる。

―津季だった。

「ゆず…。」

津季は柚綺が寝ているベッドの脇に立って、ぼんやりと柚綺の寝顔を見つめていた。

今まで窓から差し込んでいた柔らかいオレンジ色の日差しは、いつの間にか、薄暗い紫色の影に変わっていた。

「…途中まで、一緒に帰ってくれる…?」

津季が柚綺の肩を軽く叩いて目を覚まさせるのと、大粒の雨が降り出すのが同時だった。

―ザーッ…

悲しげなハーモニーを生み出す雨音の中、2人は玄関へ向けて歩きだしていた。

「…あ…柚綺と津季…?」

保健室へ柚綺を迎えに行こうとした黛兎が、2人の後ろ姿を捉えた。

「まさか、津季の奴…。」

黛兎は2人に気づかれないように、こっそり後をつけていくコトにした。

カツ、カツ…

雨が地面を打ち付ける音の中に、2人の足音が混じって響く。

傘を差して、微妙な距離を保ちながら歩く柚綺と津季。

その20メートルくらい後を忍び足でつける黛兎。

校門を出て、しばらく歩くと大通りに出る。

そこで初めて、津季が口を開いた。

「…あなた、そんなに黛兎のコトが好きなの…?」

「え…。」

津季の冷ややかな声に怯えながら、柚綺は小さく応えた。

「…はい。」

「…そう…。黛兎もゆずのコト、ホントに愛してるみたいだしね…。」

しばらくの沈黙が流れた。黛兎がいる位置からは、車の騒音のせいで2人の声は聞こえなかった。

「…ねぇ、…して…。返してよ…。私の人生…。あなたがいなければ、こんなに辛い人生を歩む必要なんてなかったのに…。」静かに涙を流す津季に柚綺は何も言えなかった。その通りだと思ったからだ。

―きっと黛兎先輩なら言い返してくれるのだろうけど…。

その時、柚綺の頭の中に黛兎の声が響いた。

『津季は間違ってる。人生は思い通りにいかないからおもしろい。だから生きる意味がある。それを、上手くいかなかったからって他人のせいにするなんて、人間として最低だ。自分の人生は自分で作っていくものなんだよ。』

「黛兎先輩…?」

柚綺は、無意識のうちにその言葉を津季に向けて言っていた。

「津季先輩は間違っています…。人生は思い通りにいかないものなんです。だからおもしろい。だから生きる意味がある。それを、上手くいかなかったからって他人のせいにするなんて人間として最低です!!…自分の人生は自分で作っていくものなんですよ…?黛兎先輩がそう言っています…。」

柚綺はそう言ってから「あっ…」と目を大きく見開いて、「…すみません。」とつぶやいた。

「…なんでもかんでも黛兎黛兎って…、何様のつもり!!?少なくともね、あなたよりは私の方が黛兎を想っているの!!…ずっと前から…。なのに、あんたが私から黛兎を奪ったのよ!!?」

津季は涙で濡れた瞳を目玉が飛び出そうなくらい開いて柚綺を睨んだ。

雨はより一層激しく打ち付けた。

「…奪ったんじゃありません…。私はただ黛兎先輩を想っていただけです。」「うるさい!!!あんたなんて消えればいいのよ!!!!」角を曲がったところで、津季はおもいっきり柚綺を車道へ向けて突き飛ばした。

「きゃぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」

それは、黛兎の死角での出来事だった。

柚綺はそこへちょうど走ってきた居眠り運転の自動車にはねられた。

鈍い音と共に柚綺の身体が大きく宙を舞う。

―私、死ぬんだ…。でも当然だよね…。

だって、津季先輩に辛い思いさせたんだもん…。

「柚綺っっ!!!!!!!!!!!!」黛兎が角を曲がって、駆け付けたときには、もう柚綺の身体は血まみれになって雨に打たれていた。「柚綺っ!!どうしたんだよ!!?まさか…。」

黛兎は津季の方を振り返った。

さすがに、津季もここまで酷くなるとは想像していなかったらしく、わなわなと震えながら走り去っていった。

傷口から血がとめどなく溢れるのを、雨が追い打ちをかけるように降り注ぐばかりであった。

《第三章・終》

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