第一章 男女逆転
「ええっっっ!!黛兎先輩と付き合うコトになったぁぁ!!?」
「しーっっ!声でかいよ!!」
終業式前日の昼休み。
学校の食堂で昼食をとっている柚綺と親友の里河実榎は、昨日の話をしていた。
「じゃあ、黛兎先輩はゆずの初カレなんだね。」
「違うよ。」
「え!?じゃあ今までにも付き合ってたコトあるの!?何で教えてくれなかったの!!?」
「そ、そーゆーコトじゃなくて、黛兎先輩は彼氏じゃなくて彼女なの。」
「はぁ!?」
実榎はさっきよりも大きな声を出したので、周囲のから注目を浴びてしまった。
「だから声でかいって!あのね、黛兎先輩には彼女がいるの。それを知ってて告ったんだからもちろんフラれたんだけどさ。でも私が彼氏になって先輩が彼女になれば問題無いですよね?って言ったらOKしてくれたんだ。」
柚綺はレモンティーをストローですすりながら言った。
実榎は呆れた顔で苦笑いして、食堂で買ったメロンパンを頬張った。
「そんで、デートとかすんの?」
「一応今度の日曜日は部活オフだから予定してるんだ。」
「どこ行くの?」
「先輩ん家。ほら、下手に出歩いて、先輩二股してるって勘違いされたら困るし。」
「先輩ん家かー。まぁ、楽しんで来て。」
「い、言われなくても。」
てなわけで、今日は日曜日。
柚綺が待ち合わせの公園に10分前に行くと、黛兎はもう来ていた。
「先輩!遅れてごめんなさい!」
すると黛兎は照れながら言った。
「お前が遅れたわけじゃねーよ。俺が早く来たんだからさ。だって彼女は彼氏よりも早く来てるもんだろ?」
その言葉に、思わず柚綺は赤くなってしまった。部活では、しょっちゅう遅れてくる先輩なのに…。「ホントに先輩は私の彼女なんだ…。」
「何言ってんだよ。俺らはカレカノなんだぜ。ただし、男女逆転してるけどな。それより、今日は楽しませてくれるんだよな?カワイイ彼氏ちゃん。」黛兎は柚綺の頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。
まるで普通のカレカノのようだった。
「も、もちろんです!」
デートは、たいてい彼氏がリードするもの。
だが、柚綺は正直自信がなかった。
先輩を楽しませるコトができるかな…。
「じゃ、俺ん家こっちだから。ついてきて。」
「はい…。」
柚綺は緊張していた。
例え肩書きは彼女でも、黛兎は男。
男子の部屋に入ったコトのない柚綺にとって、黛兎の部屋は未知の世界であった。
柚綺がうつむいて歩いていると、黛兎が顔を覗き込んできた。
「元気ないね?どうかしたの?」
「いっ、いえ!!緊張してるだけです!!」
「緊張?彼氏が緊張なんかしちゃダメだよ。彼氏は堂々としてねーと彼女、心配するぜ。」
「すみません!!…慣れてないので…。」
黛兎は、「ははっ。」と笑った。
そんなこんなで黛兎の家に着いた2人。
「誰もいねーから緊張しなくていーぜ。」
黛兎の家は新しくて、広かった。
2階にあがると、部屋のドアが4つあり、黛兎の部屋は一番奥だった。
「お邪魔しまーす。」
大きく深呼吸をして、部屋の中へ入る。
ギュッと閉じていたまぶたを開けると、そこには整理整頓された爽やかな空間があった。
「キレーイ!!」
思わず柚綺は叫んだ。
「ま、適当に座ってよ。今お菓子持ってくるから。」「は、はい。」
柚綺はぎこちない動きで部屋の奥の座布団に座った。
黛兎の足音が遠くなると柚綺はフゥーと息を吐いた。
いつも黛兎先輩はこの部屋で過ごしてるのか…。
ふと、ベッドの下に目をやると、アルバムらしき冊子が覗いていた。
そっと拾い上げて中身を見た。
そこには、黛兎と彼女の千歳津季が写った写真が貼られていた。
「黛兎先輩楽しそう…。」
自分は所詮、彼氏という肩書きで、ただのお遊びでしかないとはわかっていたけれど、いざ現実を突き付けられると、胸に刺さるモノがある。
黛兎先輩が一番大切に想ってるのは津季先輩であって自分ではない…。
わかってるんだよ。
わかってるんだけど、なのに、どうして涙が溢れてくるの?
柚綺は急いでアルバムを元の場所に戻した。
その直後に黛兎が戻ってくる足音がした。
柚綺は涙を拭いて何事もなかったようにした。
「お待たせー。確か柚綺ちゃんコーラ好きだったよね。それと、うす塩味のポテチ。」
「え、どうして私がそれ好きだって知ってるんですか!?嬉しいです!!」
「あ、あぁ。いつも部活の休憩時間に食べたり飲んだりしてたから。好きなのかなって。」
柚綺は思った。
私は黛兎先輩の何番目なのだろうと。
せめて、二番目になりたい…。
柚綺は「いただきます。」と言ってから、コーラとポテチに手をのばした。
今までに食べた中で、一番おいしかったけれど、一番味気がなかった。
「なんか不満だった?」
気がつくと、黛兎が心配そうな顔つきで柚綺の顔をのぞいていた。
「そ、そんなコトないです!」
ダメだ…。
顔が笑えてないよ…。
「ならよかった。」
にっこり微笑む黛兎を見て、ますます胸を痛める柚綺であった。
いつもなら気軽に話せる距離にいる先輩なのに、今日は、すごく遠く感じる。
「柚綺ちゃんさ、いつもマネージャーの仕事がんばってるよね。」
「えっ…。」
黛兎はサッカー部のキャプテン&エースストライカーで、柚綺はサッカー部マネなのである。
ちなみに、サッカー部マネは3人いて、その中に黛兎の彼女の津季も含まれている。
「ぶっちゃけ、マネ3人の中で一番柚綺ちゃんがよく働いてくれてると思うよ。」
「そ、そんなコトないですよ!!やっぱり津季先輩には劣ります!!」
「そうかなぁ。でも正直、俺柚綺ちゃんが一生懸命がんばってるの見て、勇気もらってるんだぜ。この前の強豪校との試合で俺がゴール決められたのも、実は柚綺ちゃんのお陰なんだよ。」
「え…、でもやっぱり津季先輩は黛兎先輩の好きなコトとかよく知ってて、先輩のコンディションとかもすごく良くなったりとかしてて…。」
柚綺があわあわしながらしゃべると、黛兎はゆっくり立ち上がり、柚綺のそばへ行って前に回り込むと、柚綺の腕を自分に回させた。
「…!?先輩…。」
柚綺のすぐ右横に黛兎の頭がある。
胸に、黛兎の温もりと鼓動を感じ、柚綺の顔は真っ赤に、頭は真っ白になった。
「この前、柚綺ちゃんは俺に好きって言ってくれただろ。涙を流すくらい俺のコト想ってくれてたんだって思って、あの時から柚綺ちゃんのコトしか考えられなくなっちまったんだ…。」
「先輩…?」
「なんか、綺麗事しか言えねーケド、わかってくれるか?」
「わかります。だって私、先輩の彼氏ですからっ!」柚綺は思いきって言った。「じゃあ、私の願い、聞いてくれますか…?」
「何?」
柚綺は一呼吸おいてから言った。
「私、先輩の大切な存在になりたいです…。」
回した腕をギュッとしめて、柚綺は強く黛兎を抱きしめてみた。
2人の頬が優しく重なって、そこから淡いピンク色に染まる。
黛兎は口を開いた。
その口から漏れる吐息と言葉に柚綺の鼓動は張り裂けそうなくらい高鳴った。
「柚綺は俺の中で一番大切な彼氏だよ。」
やっぱり先輩はいつもの所にいた。
というより、いつもより近い所にいた。
さっきまで味気のなかったコーラもポテチも、やっぱりおいしく感じた。
《第一章・終》




