4 Macon, GA I-75 Exit167
「南下するなら、I-475でメーコンを迂回してからI-75に戻るのが近道なんだけど――」
Exit177、I-475への分岐を示す緑の標識をペディキュアの足先が指す。
「もう七時になるし、ごはんにしない? メーコンなら店がたくさん。でもその先は選ぶ余地もない田舎が続くから、これを逃すとお腹空かせて運転することになるの。迂回路は使わずにI-75のどっかで降りて、ごはんごはん」
防風林である松、中央分離帯の芝生、灰白色のアスファルトが続く景色にすでに飽きていたルイは、空腹でなくてもこの誘いに乗っただろう。
出口近辺の店を表示した青い標識にはロゴが増え、都市部へ近付いていることを証明していた。
「ハーディーズがいいな。赤地に星のマークがあったら、そこで降りて」
「いいけど何の店?」
「ハンバーガー」
夕飯にハンバーガーとは――祖母の手料理に慣れ親しんで育ったルイは哀れさえ感じた。
「アメリカじゃ金持ちもハンバーガーなんだな」
「ファーストフードのハンバーガーを馬鹿にするのは、ハーディーズのアンガスビーフを食べてからにしてよね」
結局星のマークは見当たらず、Exit167、赤いおさげのウェンディーズの駐車場へと乗り入れた。
「ハーディーズは東海岸と南部中心に展開してるはずなのに、ここにはないなんて。もう口がすっかりアンガスビーフだったのに」
フードの青い看板に星を見つけようと夢中だった娘は、すっかり意気消沈していた。サンダルのストラップを留める元気もないらしく、ずるずると突っかけている。
「分かった分かった。次はその何とかビーフに停まってやるから我慢しろ」
「アンガスビーフ」
「あんたなあ、ハンバーガーくらいで泣きそうな顔するか? おごってやるって言わせたいのか?」
「アンガスビーフ……きゃっ!」
ルイの手にお尻を叩かれて飛び上がり、弾みでサンダルが脱げ、昼間の熱を保持したアスファルトで奇妙なダンスを踊らされる。彼女の慌てぶりがルイを笑わせた。
「ほんとに次は寄ってやるって。アンガスビーフ? そこまでこだわられると、俺も食いたくなってきた」
「……笑うといい男だけど、笑う理由がいい男じゃない」
輪をかけてむくれられるのは、ルイにとってはハンバーガー以上のご馳走だ。
娘と並んでレジの前に立ち、メニューを見上げる。
「今回は質より量で行けば? 肉三枚重ねのトリプルとかさ」
「あんなの、食べる前に顎が外れる」
「ハロー。彼女にクラシックトリプルを一つ」
涼しい顔を作ったルイが顎が外れる三枚重ねを注文すると、尻をひっぱたき返された。
ウェンディーズで彼女が顎を外しそうになりながら肉と格闘しているあいだに、陽が落ちた。満腹から来る眠気にルイのあくびが誘い出される。
「限界来たら途中のレストエリアで仮眠してもいいですか、ご主人様? 飛行機の中で寝たけど、俺、時差には弱いんだよね」
メーコンの都市部を過ぎると周囲は再び松林に埋もれ、インターステートと言えど路側灯ひとつ設置されていないとっぷりとした夜道になった。ルイの認識では、単調な夜道のドライブは教科書以上に睡眠には効果的だ。
「フォートローダーデールまでたどり着けば、ヒルトン取ってある。真夜中には着くんじゃない」
軽い衝撃がルイの眠気を霧散させた。
「なんだって?」
「フロリダに入ったら、I-75から有料道路のフロリダ・ターンパイクを使うの。そこまで300マイル。ターンパイクをフォートローダーデールまで250マイル。占めて550マイル、七時間ってとこかな。このペースなら深夜二時に到着予定」
「天国が行き先なら、もれなく到着すんだろ」
食事休憩を挟むとはいえ、十時間近くをぶっ通しで運転した経験などルイにはなかった。時差による寝不足が加われば間違いなく自殺行為。
「ターンパイクのサービスプラザって――あ、インターステートではレストエリアだけど、ターンパイクではサービスプラザって名前になるの。君の国ではなに? ふうん、パーキングエリア――サービスプラザっていいのー、スターバックスが入ってるんだから。有料道路ならでは」
「カフェイン注ぎ込んで運転しろって?」
「料金所の職員の制服ってばアロハなんだからー。そうそうフォートローダーデールはアメリカのベニスって呼ばれてて、タイガーウッズが運河沿いに別荘を」
「俺の話、聞こえてる? アンガスビーフを二度と食べられない運命に直行かもしれないんだぜ」
助手席にひたりと沈黙が降りた。
「君、意外と優しいよね」
「はあ?」
沈黙の時間が連れてきたルイの眠気は、再び霧散する。
「だってもっと近くで泊まらせろとか要求するかと思えば、アンガスビーフの心配なんかしてくれちゃって」
「泊まるつもりは最初からない、泊まるなんて初耳だし。ただ仮眠くらいさせろと」
「……そうやって微妙に論点ずらすのも照れ隠し?」
くすりと喉の奥を鳴らすような笑い声がルイの逃げ場をなくす。
「どうでもいい人間観察なんぞやめて、真面目に考えろ」
「あたしにとっては、どうでもよくない。そうね、どっかで休もうか。君、夜の運転苦手みたいだもん。スピード落ちてる」
指摘どおり、スピードメーターは制限速度ぴったりの時速75マイルを示していた。
「アルマジロだかアライグマだか、夜行性の轢死体がごろごろしてりゃ警戒してスピードも落ちる」
なにしろ、フロントガラスにぶつかってくる虫の体液を拭うために度々ワイパーを動かさなければいけない大自然の中だ。ぶつかってくるのが虫だけであることをルイは願わずにいられない。
反して、彼女は明るい笑い声を立てた。
「そんな小動物が飛び出して来たって、過剰反応しなければ事故ったりしないから大丈夫。下手にハンドル切らないで、そのまま轢いちゃって。でも鹿だったらこっちもマズいかもね」
「おいおいあんた、可愛い顔してさらっと怖いこと言うな」
「へえ。可愛いなんて、こっちこそ初耳」
「怖い顔が怖いこと言ったら冗談にならない」
冗談なの、さあな、と押し問答が続くうち、ルイの眠気は完全にさめていた。