3 Atlanta, GA I-75 Exit235
「さあ、I-75に乗った。次は?」
「この道はね、フロリダまでずっと続いてるの。今の分岐はI-285で言えばExit58だけど、I-75で言えばExit238。それをゼロまで突っ切って」
彼女の腕がまっすぐに前方へ伸ばされるのを、ルイの横目が確認した。
「238だの58だの同一の分岐で数字が違うのが謎だけどな。要するにフロリダに入るまで、この道にいろってことだろ」
「そう。……インターステートの出口の番号がマイル数だって知ってる?」
「知ってたら混乱しない」
ルイは時速85マイルに加速して、一番速い左端のレーンへ移っていく。
「君の受け答えはひねくれてる」
「あんたの質問は馬鹿げてる」
「退屈させない会話をありがとう」
「どういたしまして」
皮肉屋に皮肉を言っても無駄みたいねという呟きを聞き取り、皮肉屋はおかしくなる。
「インターステートの出口は、州の南端あるいは西端からのマイル数になってんの。I-75のExit238は、そこがジョージアの南端から238マイルの距離にあることを示してるわけ」
だけど最初に乗ったI-285はアトランタの環状線だから事情が違って、環の南西の端からカウントしている。だからインターステートが交わる場所は同一地点でありながら、それぞれのインターステートによって番号が違うのだと説明が続いた。
「分かりづらくないか、それ。俺の国じゃ高速道路の出口は地名だけどな」
「アメリカではね、地名より距離数の方が問題なの。目的地まで何マイルあって何時間かかるか、どこでガスを補給してどこで泊まるか計算しなきゃ。だってホテルもファーストフードもろくにない土地が、延々続いたりするんだから」
次の出口周辺にあるガス、フード、ロッジング。店のロゴを並べた青い標識が立っているのを見て、ルイは標識の存在意義を合点する。標識は店を案内しているのではなく、有無を知らせているのだ。
「つまりジョージアとフロリダの州境まで、あと238マイル。時速85マイルで三時間ってとこね」
ひとつの州を出るのに、高速道路を三時間ぶっ飛ばさなければならない。ルイはこの国の大きさに呆れる。
「アメリカじゃドライブ旅行も一苦労だな」
「そう? インターステートはどこまで行ってもタダ、かかるのは時間とガス代だけ。気楽なもんでしょ」
「助手席にいるならね」
運転席からの嫌味に、助手席からため息が漏れる。
「君の受け答えはひねくれてる」
「どういたしまして」
「褒めてません」
「学習してないみたいだから教えとく。その通りだと真面目に頷かれるのが、皮肉屋には一番つまらない反応だ」
ほんとにひねくれてる、と呟かれてルイは楽しくなる。これはなかなか、からかい甲斐のある相手だと察知して。
「復習させてやろうか? アメリカのドライブ旅行は気楽なもんだな、助手席にいるならね」
「その通りです――ああもう。皮肉屋の鼻を明かしたって、気分なんか良くなんない。自分が冷たい人間だって気がするだけ」
「あんたみたいな種族がいるから、世の皮肉屋は機嫌がいいんだよね」
「この話題じゃ分が悪いみたい。話題を変えさせて。Exit235、標識にTara Blvdってあるでしょ」
ルイは話題を譲ってやった。頭上を通過した緑の標識にその文字を読み取って頷く。
「『風と共に去りぬ』のロケ地、ジョーンズボロに通じる道。タラは実在の土地じゃなくて――」
「見たことないんだよね。その映画」
「でもストーリーくらい知ってるでしょ。聖書の次に世界中で読まれてるって言われてる――」
「聖書を読んだことない俺に、そんな比較は無意味なんだけど」
言葉にならない唸り声が助手席から上がる。
「君に声をかけた自分を呪うしかなさそう」
「退屈しない会話をしたかったんなら、あんたが俺を選んだのは賢い選択だったよ」
「どこまで嫌味なの。まあ、でも」
彼女が荷物からトライデントガムを引っ張り出すと、トロピカルツイストの香りが漂った。
「あそこじゃやたらと切羽詰ってレンタカー会社をウロウロしてた誰かさんのスマイルは、あたしをいい気分にさせてくれるからいいってことにしとく」
ルイには、とっさに返す言葉を見つけられなかった。マニキュアの指先がガムの包み紙を灰皿に保存するに至って、ようやく口を開く。
「俺、タバコ吸うから出来ればその灰皿使いたいんだけど」
「……わお。何が起きたの? どうしていきなり謙虚な態度になってんの?」
「いや、別になってない」
じーっと寄せてくる視線を頬に感じて、ルイは顔を前方に固定する。
「あは。もしかして照れちゃった?」
「どうしてそうなる?」
落ち着かずに無意味な車線変更をし、遅い前の車との車間に苛立って元の車線に戻る。一連の行動の裏にある動揺を見透かされていないことを願ったルイだが、彼女の鼻唄に失敗を悟った。
「ふうん。皮肉は防衛なのかもね。他人を寄せ付けずにおかせるための、密かなバリア。キーウェストまでの退屈しのぎに、人間観察も追加」
「よせ」
「禁止する権利なんかないはず。自分の求めてる刺激を知れって忠告したのは、他ならぬ君なんだから。あたしは君に興味が湧いたの」
思い通りになる女ってわけでもなさそうだ。この女とキーウェストまで二人きり――ルイは初めて、オファーに応じたのは早計だったかと、要らぬ忠告をしたかと後悔する。
それでも車は一路、南を目指した。マイル・ゼロへ向かって。