10 Key Largo, FL US-1 Mile Marker95
海が遠のいて砂地が伸展し、ちらほらと建つ平屋の住宅やモーテル、マリンショップが観光地に入ったことを示していた。水着のまま自転車で行き交う観光客の肌は褐色に焼けている。
娘はうきうきとホテルの看板を探しだした。
「この辺りはもうキーラーゴ。四時……まだ泳げる。ホテルにチェックインしたらビーチに直行! ビーチフロントだから部屋からそのまま」
「俺、水着ない。ビジネスだって何回言わせる」
助手席の悲嘆を無視して、ルイはきょろきょろと周囲を見回した。
「それより長袖にジーンズじゃ暑くてしょうがない、まず服を買う店を探さないと」
「水着も買いなさい」
「ビジネス」
「ワーカホリック様、一名ご案内」
娘はビーチを諦めたらしく、ルイの買い物に付き合った。しかし仕返しのように観光地に必ずある地名入りTシャツを熱心に勧め、アロハを選びたがり、水着コーナーに連れ込もうとした。
「君はよっぽど大事な商用で来てるのね」
ホテル内にあるレストランの屋外席。アロハも水着も買わせ損ねた娘は、買い物のあいだにすっかり日の沈んだ暗い海を恨めしげに眺めた。
砂浜のトーチは優しいオレンジ色の明かりでヤシの葉を照らし、波の音が南国特有のゆったりしたリズムを繰り返している。
「別に……そうとも言い切れない」
ルイはシンプルなTシャツとハーフパンツで、ようやく南国仕様になっていた。ライムを落としたコロナをあおりながらメニューをめくる。
実際に、金鎖そのものを欲しているわけではなかった。それを入手するために時間と労力をかけ、目前にして命を奪われた両親。その遺志を片付けないままでは、ルイは女にも仕事にも本気になれずにいただけだった。
金鎖を手に入れるまで、ルイは人生の歯車を錆び付かせておきたかった。
なのに、車中では隣に、車外では目の前にいる娘が歯車を揺さぶろうとしている――軽率な女と思わないで欲しいと言った娘に対する苛立ちの原因を、ルイはそこへ帰結する。
黙りこんだ自分に物問いたげな視線が注がれているのを感知して、ルイは頑なにメニューを見続けていた。
「ねえ、もしあたしが――」
「ご注文はお決まりですか?」
意を決したように切り出した娘の言葉は、ラテンアメリカ系の陽気なウェイターに遮られた。
「あ……うん。コンク貝のフリッターを。それからグルーパーのサンドイッチ」
「それ、俺の注文ね。彼女にはチーズバーガーとダイエットコークで充分だから」
娘の茶色い瞳がまん丸に見開かれる。
「ご不満で? ああ――これは失礼。ピザを忘れてました、ご主人様」
「ちょっと待って、彼の言うこと信じないで! あのね、いくら何でもキーに来たら名産のコンク貝を食べるくらいはさせて」
「このホテルではコーラでシャワーを浴びることは可能ですか?」
「やめてー!」
昼間のあいだは鳴りを潜めている時差ボケも、暗くなればルイの予想以上の睡眠を要求してきた。仮眠はしても宿泊する気はないと言った自分の浅はかさに苦笑して、ルイはクイーンベッドの一つに潜り込む。
瞼の裏に浮かぶエメラルドグリーン。無理矢理それを追い払って、意識を暗赤色へと沈めていく。その降下中にバスルームから聞こえていたドライヤーの音が途絶え、小さな足音が近付いてきた。
足音は背を向けているルイのすぐ後ろで止まり、温められたシャンプーの香りが落ちてくる。
「寝ちゃうの?」
もう寝ちゃうの? もう眠い? 女のそういう言葉が誘いであることをルイは知っている。答えずに眠ったふりを決め込んだ。
「……地名に引っ掛けた、冗談?」
囁く娘が膝か手を突いたのか、ベッドがわずかに傾く。
「地名に引っ掛けた本気かもしれないのに」
ルイの頬に柔らかく温かいものがさらりと触れた。髪か、と眠りの谷底へ向かいながらルイは思う。
「こんな苦しい退屈しのぎさせられるなんて、思ってなかった……」
続いて髪よりもしっかりとした柔らかさ、温かさが触れてくるその正体を、ルイは考えまいとした。