第四章
数日後。
夜の住宅街。
封鎖線の向こうで、建物のガラスが砕ける音が響いた。
「妖魔反応出ました。」
モニターを見ていた特異隊の隊員が叫ぶ。
待機していた自衛隊と特異隊の隊員が持ち場に付く。
自衛隊の装甲車が通りを封鎖し、機関砲を封印線の内側に向ける。
「妖魔の数…三…いや、五体…。こちらに向かってきます」
インカムに妖魔の動きが報告される。
隊員たちは遮蔽物に身を隠す。
赤い警告灯が、暗い住宅街を断続的に照らす。
零は瓦礫の陰から通りを見つめていた。
今回の妖魔は五体。
だが――
「速い…!」
一体が街灯の上を蹴り、建物の壁を駆ける。
妖魔の叫び声は、人間の悲鳴に似ていた。
「撃てえ!」
自衛隊が銃撃を始め、装甲車が機関砲を撃ち込む。
薬莢が美しい音をたてて、瓦礫の上に散乱していく。
だが。
銃弾を受けても、妖魔は止まらない。
装甲車の機関砲ですら、動きが鈍るだけだった。
「東雲隊長、どうします!」
宮岡が叫ぶ。
零は歯を食いしばる。
空間切断を使えば止められる。
だが、五体相手では足りない。
「宮岡、一体は殺れるか…」
「殺らなきゃ、殺られるんでしょ…」
B級異能者の宮岡には、荷が重いかもしれないがやってもらうしかない。
空間切断!
先頭の妖魔が胴から断ち切られる。
人間の悲鳴に似た叫び声に、耳を覆いたくなる。
爆火!
宮岡の異能が建物の壁を這っていた妖魔に炸裂する。
妖魔の脚が一本吹き飛び、本体も炎に包まれ、建物から落下する。
「いいぞ、宮岡!」
零が想像以上の宮岡の異能に感心し、宮岡を見る。
宮岡が倒れ込んでいた。
「すいません…東雲隊長…妖魔本体を吹き飛ばすつもりで、全異能を使ったのに…」
「いや。お前は、よくやった…。後は任せろ。医療班、宮岡を頼む」
宮岡は、使える異能を全て使って、妖魔を倒した。
なら。
私も。
妖魔が自衛隊と特異隊の銃撃を浴びながら、装甲車に近づく。
そこを突破されれば、封鎖線外。
民間人がいるエリアだ。
それだけは、阻止しなければ…
空間切断!
装甲車に迫っていた妖魔の頭部が断ち切られ、つんのめる感じで崩れる。
異能二回、視界が霞む。身体が重い。
自衛隊の集中砲火を浴びながら突進してくる妖魔を睨む。
空間切断!
妖魔の胴体が断ち切られる。
激しい頭痛と目眩に襲われる。
後…一体…
これで、終わる…
「東雲隊長、妖魔、さらに三体出現」
インカムから、最悪な情報が飛び込んできた。
「援軍は?」
「B級三名が向かってます。到着まで…8分」
長い…
それに…
B級三名では…
もたない。
「了解。急がせてくれ」
負傷者が増えつつある。
どうすれば…
守りきる…
零はライフルを掴むと、おぼつかない足取りのまま妖魔へ近づいた。
指先が震えている。
体力は、もう限界に近かった。
それでも前に出る。
封鎖線の向こうには、まだ灯りのついた家がある。
守らなければならない。
引き金を引く。
銃声が連続して響く。
「隊長、無理です!」
特異隊の隊員が零の前に飛び出した。
無理?
そんなことは百も承知だ。
だが――至近距離から連射を浴びせれば、あるいは。
作戦と呼べるものではない。
それでも、それしか思い付かなかった。
その時だった。
零の歩みを止める隊員の背後で、妖魔がゆっくりと立ち上がる。
隊員が振り返った。
「……逃げ――」
隊員が言い終わる前に、零の顔へ赤い液体が飛び散った。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
隊員の体が、ゆっくり崩れた。
零は、悲鳴を押し殺した。
空間切断を使うには近過ぎた。
零はライフルを構える。
銃口が妖魔へ向く。
妖魔が大きく口を開き、耳障りな叫び声を上げた。
緑色の口内に、赤い液体がべっとりと付着していた。




