第一章
灰色の空が低く垂れ込め、街にはまだ震災の傷跡が残っていた。
半壊したビル、歪んだ道路、倒れた街路樹——。
地面には、変異した草や、見るからに異質な植物が生えている。
ある花は、よく見ると亡くなった人の顔をしていた。
それも地震で亡くなったのではなく、妖魔に食べられた人の顔だ。
さらに、明らかに蔦が触手のように蠢き、生物に巻き付き、蔦から養分を吸い上げるのか、巻き付きかれた生物は、干からびてしまう。
生物も、昆虫からネズミや猫まで、明らかに妖魔化しており、1メートルを超える毛がびっしり生えたムカデや、元はネズミであろう、肉食の足が4本と手も4本ある生物も確認されていた。
ここ数年で、街の一角は人間の支配を離れ、妖魔の影に覆われていた。
「南区の商業街、異界歪み確認。中級妖魔の群れ、こちらに向かっている」
特異隊の指揮所でモニターを見ている隊員がキーボードを叩きながら叫ぶ。
自衛隊の隊員たちは遮蔽物の後ろで射撃態勢に入る。
装甲車の射手が、チャージングハンドルを引いて、初弾を装填させる。
異能班は射撃の邪魔にならないように、自衛隊の後方に位置する。
また特異隊の異能を持たない隊員は、対妖魔用ライフルを構え、異能班を援護する。
視界に黒い影が数体入り、どんどん近づいてくる。
自衛隊の指揮官がインカムで射撃用意の声をかける。
異能班の小隊長、東雲 零も隊員に、すぐに異能を使える態勢をとらせる。
「撃てえー!」
自衛隊が妖魔に対し、機関砲や自動小銃で応戦を開始するが、射線に入り込む妖魔はひときわ俊敏で、普通の弾丸ではほとんどダメージを与えられなかった。
妖魔の手前で爆炎が上がり、瓦礫が舞い上がる。
異能班の一人、宮岡が、炎の異能を放ったが、外したようだ。
黒い体毛と鋭い爪を持つ妖魔が、瓦礫の間から跳ね上がる。
一撃で車を破壊し、建物の壁を抉る。
隊員の一人が足元を掬われ、妖魔に押し潰される。
別の自衛官は飛びかかった妖魔に銃撃を加え、何発か命中させるが、そのまま押し倒され、ボキボキという嫌な音と、悲鳴を上げた。
妖魔が特異隊員に鋭い爪で襲いかかる。
瞬間、空間が刃物で斬られたかのようにズレる。
妖魔の腕が、空間のズレと一緒に切断されていた。
零の異能、空間切断。
「今のうちに、下がって!」
零の指示が飛ぶ。
隊員は下がりながら、妖魔に対妖魔弾を撃ち込む。
妖魔は悶えるが、致命傷は与えられない。
ダメか…
零は軽い目眩を覚えながら考える。
異能者は、異能を使うと身体に何らかのダメージを与える。
それは、異能の力や、本人の能力にもよるが、必ず影響が出てくる。
零の場合、空間切断を3回使うと走れなくなり、4回使うとたち上がるのが精一杯になる。
自衛官と特異隊のメンバーから負傷者が増えてくる。
現場は、黒煙と砂塵が舞い上がり、視界が悪くなっている。
「負傷者は後退! 後退しろ!」
自衛隊指揮官の怒声がインカムに響く。
異能班の平山が手を振り、空間を固める陣を描く。
淡い光が妖魔の足を絡めると、一体は動きを止める。
しかし妖魔の数は多く、すぐに抜け出すと再び攻撃を仕掛けてきた。
一体の妖魔の身体が炎に包まれるが、妖魔は突進してくる。
炎の異能を使う宮岡も、疲労で異能が弱くなっている。
零が炎に包まれた妖魔を空間切断で断ち切る。
自衛隊の装甲車が、機関砲を連射し、妖魔の足止めをする。
通りには、搬送が間に合わない負傷者が横たわる。
血の匂いが風に混ざる。
救助隊は手が回らず、異能班と自衛隊が応急処置をするしかなかった。
今回の妖魔は強い…
もっと力があれば…
「砲撃班、左側の建物にカバーを!」
指揮官の声に従い、装甲車の機関砲が反応する。
だが中級妖魔は予想以上の俊敏さで回避。
妖魔が瓦礫を投げつけ、路面に当たり、砕け散る。
瓦礫の破片が、封鎖地区の脇を避難していた女の子の肩に直撃し、呻き声が通りに響く。
「きゃあ、ユリちゃん!」
民間人の女性が泣き叫びながら倒れた子供を抱き起こす。
隊員が駆け寄り、応急処置を試みるも、妖魔の足音が迫る。
自衛隊の医療班は、恐怖と戦い、女の子の応急処置を施す。
黒い影が跳び、鉄柱を叩き折る。
零は空間切断で、治療中の自衛官に迫る影を断ち切る。
激しい頭痛と目眩が零を襲う。
通りは瓦礫と煙、異界の影でほとんど見えなくなった。
街のあちこちで叫び声が上がり、戦線は次第に押され始める。
「このままじゃ……押し切られる!」
自衛隊指揮官は歯を噛みしめる。
異能班も自衛隊も、懸命に戦っている。
だが、妖魔の数は増え、攻撃も一段と凶悪になっていた。
「お願い…誰か…」
零は星型のイヤリングに願いを掛けた。




