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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第二章

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2-4『再演規定』

「補佐官殿は頼まれもせずに火中の栗を拾うのですから、慈悲の一撃もさぞ重いのでしょうね」

「あれこそ気が短い。だが口に気を付けろ、俺はいいが、お前に量られたと知れば命をちぢめるぞ」

「人の噂といえば時計屋の右にでるものはおりません。ですので私の信頼など既に地の底……なのに細切れにされていないということは、あの方は気が長いのですよ。貴方様が思うよりとても……主様はいかがですか、長生きすると苦多いと聞きますが」

「なにも……お前は忠義面していつもふらりとやってくるが、俺よりも長く生きているだろう」

「さて? 年齢の話をされると鬱してしまいます」

「お前の兄弟は俺の父の肖像画を描いた」

「弟ですね、懐かしい話です。でも貴方様は絵を描いてはならぬとおっしゃった」

「……絵など何にもならないだろう」

「であればわたくしもそうなります」

「お前には時計を与えた」

「えぇ、貴方様がくださった名です。愛しておりますよ」


時計屋は片腕を時計回りにまわして、やがて胸を押さえた。膝を軽く下げて、ふわりと笑んでいる。懐中時計を複数下げた体からいつもの鉄の香りが匂った。


「時計屋は時を報せるのみ。我が主、灰の月二十七日、翳刻(かげりこく)でございます」

「いよいよ来たらしい」

「つまり?」

「時は既におそい」


広場では子供が転んで、立ち上がって、また走り出した。老人たちが杯を傾けて笑っている。

窓辺に片手を翳すと、枯葉がするりと収まった。時計屋は目を瞠った。まるでそこにくると知っていたかのようですね、と確かに言った。枯葉の方寸は委ねられたが、運命までは委ねられているかわからない。一呼吸おいて二枚目の葉が落ちてくるのを待った。そこには空があり続けた。



執務室に戻ると、既に人が立っていた。補佐官は浅くも深くもない、過不足のない一礼をすると、上着を受け取って横をするりと抜けた。


時計屋と、この気難しい男について話したせいか、外套を掛ける背中に不意に視線を注ぎすぎた。何かと目線で問われ、軽く手を振る。面白くないのか、なにごとか呟いてぶつぶつしている。捨て置いて執務机にきっちり置かれた羊皮紙を取り寄せると、追及する気は引き払ってくれたらしい。咎める視線は離れ、補佐官も定位置に立った。


「……お戻りをお待ちしておりました。どなたかと雑談を?」

「待たせたか?」

「時計屋に伝えてください。城入りしたならうろうろせずに顔を見せろと」


この若く見える補佐官が、俺に長く仕えてきた重臣であることは、城内の誰もが知っている。廊下を歩けば住民が足を止めて挨拶し、子供たちが名前を呼んで駆け寄る。物腰は柔らかく、声を荒げることがないから、やさしいお兄さんと呼ばれている。実際は柔らかさの奥に苛烈な芯があって、ひとたび極度に嫌えば、姿を目端に入れることすら拒む。こうしたことは深い付き合いがある者だけが知っている。


「先ほどの会議の内容はまとめておきましたので、後ほどご確認ください」

「あぁ」


わずかに間が置かれる。


「……議題に上げませんでしたが、東の集落について続報がございました。王国軍により集落は壊滅。村外の農場を中心に新たな拠点が築かれています。前季に奪われた村も含め、これで湖より西の農耕地帯はすべて王国の支配下にはいりました」

「住民の安否は」

「全員無事です。事前の手配が功を奏して、前夜の内に全員が避難を終えていました。怪我人も出ず、順調にこちらに向かっていると報告を受けています」


補佐官の頬はぴくりと動き、片眼鏡を挟む頬肉が盛り上がった。眼光を鋭くにらみつければ、自然とそういった顔のつくりになる。怒りと懐疑の混じったものが表れている。


「ただ……更に遠方の集落については間に合いませんでした。詳細は確認中ですが、磔にされた者が出たと。女子供も含めて」

「……そうか」


知っていた。間に合う場所と、間に合わない場所があることも、もっと早く伝令を送れば、その伝令が不慮の事故で死んでしまうこともわかっていた。

救助の境界は何度やり直しても変わることはない。まるで生きるべき命の数が決まっているかのように、不可視の力が働くのだ。


俺は死すべき者を救おうとして、世の理——道筋のようなものを変えすぎたことがある。すべて救えた喜びも束の間、勇者は魔王討伐にくることなく、代わりに王国軍の大群がやってきた。城は非武装の住民ごと蹂躙されて、火の海に沈む。


だから俺はあえて間に合わない伝令を出した。結果がわかっていても、毎回同じ重さで補佐官から報告を聞いている。胸ににじむ痛みは軽くならない。磔にされた者たちのことを思えば、軽くなるものなど一つもないのだろう。






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