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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第二章

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2-3『再演規定』

数度中断が入った会議が終わったのは昼を少し過ぎた頃だった。

夜の狩りに備えて武官らは休み、文官らは持ち場に戻った。残った羊皮紙をまとめ、わっさりと束ねる補佐官にいくらか指示をだして席を立つ。片眼鏡の風雅な男は俺が退室するまで顔を上げることはなかった。


何も言わず、まとう空気を妙にねばらせる男が不機嫌であることは知っている。幾度目かの時戻りでは、決別し、弓で射られたこともある。腹の内を明かしたことも明かされたこともないが、見限られたこともそのようなものだとしか思わない。補佐官などという職は要するに雑用だ。細かなことに気配りをしすぎるせいで心がきつくなるのも早いのだろう。

労わってやる代わりに、切り結んでやることもできるが、俺たちは所詮水と岩だ。ぶつかりあうだけで消耗するのは向こうだ。俺は当番兵が扉を閉める直前に振り返った。

あいつはまだ人間の指を切り取って入れた守り袋を持っているのだろうか。結局思いつきを言葉にしなかった。出逢った頃に思いを馳せるには耐えがたいほどに遠くなってしまった。時も、俺自身も。


廊下に出ると、窓から吹き込む風が首筋を擦過していった。山の向こうから乾いた空気が届いて、静寂に身を委ねようとしたことを責めるのだ。瞼が痙攣し、俺は燭台の光から目を背けて離れた。執務室はすぐのところにあるが、階下の居住区をみおろせる場所に背を預け、高い壁に守られた小さな町を眺めた。


石畳の広場を子供たちが駆けている。市が立つ曜日ではないので、大きな広場は彼らの遊び場だ。その向こうには馬から荷を下ろす人足や、軒下で藁を打つ細工師がみえる。全員が端切れをつなぎあわせた軽装で、裕福とは言い難いが、好きな色に染められており自由感がある。細工師は背に抱き着いてきた子供に「お前もやってみるか」と道具を渡した。平穏をことさら深く感じずにはいられない。


こうして魔族が集まって、一つの大きな力となっていくのを、人間たちは怖くて仕方がないという。家族を増やし、輪の強固さを増すたびに、自分たちが滅ぼされると考えているのだ。だがそれは侵略を肯定する建前で、王国の狙いは魔族が有する水源や原野、肥沃な農耕地帯なのだ。

それを王国民は知らず、魔族が王国の滅亡を狙っているという意識を植え込まれている。境界での小競り合いに巻き込まれた魔族も人間も住む場所を失くしているが、膨らむのは憎しみばかりだ。

このまま城に引きこもり、防衛に徹していても、いずれ大きな争いがあると誰しも考えていた。今がかりそめの平和だと薄々感じ取っているのだ。


(俺が行きつく(はて)は決まっている……なら俺が死んだあと、この国は……あの子供たちは笑っているか……)


人が吸い込まれていく食堂は活気づき、にぎやかな声が漏れ聞こえている。治癒所の前には旗がなびき、老人が二人、椅子を出して座っていた。痛めた膝を治癒者に診せに来たついでに、ああしていつも話し込んでいる。もうすぐ酒杯を持った女がやってきて、魔族の繁栄を祈るといって乾杯するのだ。

すべて知っている。こうして平和を眺めていると、片足を引きずった男がやってきて窓辺からのんびりと身を乗り出すことも知っている。


「そんなに熱心に何をご覧になっているのですか」

「守るべきものを」


何度返したかわからない言葉をまた返した。彼にとっては一度目の、俺にとっては数千回目の言葉だ。

隣に並んだ男は顎をつまみながら、野外灯のような青い揺らめきの瞳を弾ませた。「てっきり女の寝姿でもあるのかと」と、とぼけるが俺は笑っていない。沈黙をきめこんでいる俺の顔を真似て「うーん、良い匂いのせいで腹が減った」と今度は声色を真似た。鼻を鳴らすほかに言うことはない。

この男は少年のようにくだらない事をし、娘のようにも目敏かった。ひとしきり居住区や王国の噂話を広げて、満足すると一回転して距離を取ると、目を俺に戻した。


底の厚い靴を鳴らして大仰に敬服する姿勢をとった。青い髪を高く結んだ男は、胡乱な目を細めて「我が主」とささやいた。


「時計屋」

「夜のとばりがおりました。時計屋、御前にはせ参じました」

「見たか」

「えぇ、たっぷりと。ですが、せっかく素晴らしいものを眺めても、そのようにしかめっ面をしていては、折々息苦しいのではありませんか?」

「……なら癇癪を起こして、すっぱりと同胞を捨てたりするようなところを見せればいいか? それこそ引きちぎられかねん……」


時計屋は口元に指先をあてて笑った。






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