2-2『再演規定』
「窮民を優先するべきだという意見と、働き手の衣料を先に整えるべきだという意見です。みなさんご存じの通り、噴火と廃液沼の浸食によって避難してきた窮民の多くが負傷しています。この件で落命したものがいないことは唯一の救いですが、彼らは遠くの集落を捨て、身一つでやってきた者ばかりで、まずは治療、その後住居や職業の割り振りを行わなければなりません。同時に噴火と池沼対策もとらねばなりません。王国軍の進軍路とならぬように計画を練っています。武官方からは早々に志願をいただいていますが、装備品が不足し、環境の危険性も増していますのでもう少しお時間をいただけますと幸いです……」
「このように両方に筋が通り、決めかねているというところが前回の会合で決め切れなかった理由です」
「長ったらしい言い訳を。わしが休んだだけでこうも滞るというのか? 窮民よりも働き手を優先するべきだ。窮民には有り物で当座を凌がせればいい」
毛皮の外套を床まで垂らした武官が当番兵が置いていった茶をあおった。杯からこぼれた水ごと、羊皮紙の上に置かれる。命のやり取りを好む男にとっては精密な数字と文字の羅列は食後に使う爪楊枝よりも無価値だ。
対面に座る老女は粗雑な振る舞いにやや目を細めたが、別に怒鳴りはしなかった。というのは、狩りを主体とする武官と、城内での産業を管理する文官とでは根本的な価値観の相違があり、両者の溝は埋まる気配がないからだ。肉弾と剣を尊ぶものに、酪農や畜産の苦労を話しても、女がするような繰り言と片付けられるのだ。
老女は眼帯に覆われていない方の目に軽蔑を浮かべ、鼻を鳴らした。
「フン、あんたは都合の悪いことはすぐ忘れるようだね。誰の代理が話をこじらせたと思っている。狩りのやり方より、暮らしのやり方を覚えさせるべきなんだよ」
「暮らし? あれが見えんか。巻き狩りや、しのび狩りでわしの戦果を超えたものはおらんのだ」
「悪趣味な骨の賞杯のなにを見ろというんだい。あんなもの並べて、老後の細工趣味だと思っていたよ」
僕も尖筆でも飾ろうかな、と独り言を装った加勢が入る。呟いた若き事務官は武官に睨まれると、にっこりと微笑して「陛下の肖像画を飾りましょうよ」と誰も否定できない言葉で鋭い視線を防いだ。その言葉の枕には、「あんなものより」が付いているが笑顔の中に隠されている。
「むかしを誇るのは老いた証拠だよ。いい加減その誇りも干してきたらどうだい。裸をこすってばかりで凍死しても寝物語にすらならないよ」
片眉つりあげた武官は、自分の格好を揶揄されていると遅れて気づき、膝をたたいて快活に笑った。大声が消えると、双眼が光り、深い危機が描かれた。空気がひりついて、誰かが固唾を呑む。
「口の減らん婆だ」
「成果比べをしたいんなら、出ていきな爺」
沈黙。その時、雨が降るような声が遮った。
「お二人とも得物をおさめてください」
線の細い補佐官は、羊皮紙をめくり、束の最初に戻り、整えて置いた。それだけの所作で何かの区切りを他者に与える迫力があった。
鼻背にかけた片眼鏡から細い鎖が垂れ下がり、耳飾りにつながっている。体は長机に向かって規矩正しく在り、同席する誰より気品がある。長年、補佐官を務めてきた男は別の羊皮紙を俺の前にひろげた。
「来季に向けて蚕の頭数を増やす算段についてまとめたものです。養蚕官、話を」
「あ、はい。それについては私が、えっと……」
トン、トン、トン…………
「来季は……あの武官長、なぜ机を叩かれるのですか?」
「ふん」と武官は背もたれに上体を預けながらうなった。うなるだけで机を叩く音はやまない。
対面、老女が今度こそ苛立つ。
「放って置きな。分別くさいことばかり言われて面白くないんだよ」
「え? そんなまさか、それはまた肝の小さい、あ、いや、なんでもありません!」
「貴様!!」
「申し訳ありません。口から生まれたもので、本心がすっとでてしまうのです、決して悪意があったわけでは…!」
「おのれ返す返すも!」
中断。武器が取り上げられ、身の丈以上の大剣を抱えた当番兵が下がると天候の話に移った。
前季は日照りが続いて、城の外の農耕地帯で小麦と綿花の両方が不作だった。収量は例年の七割を下回り、冬の配給を減らすことになった。今季では備蓄の補填をするために増産を目標としていた。
「二季前の余剰分はもう使い果たしたのだな」
「……おっしゃる通りです。切り崩した結果、餓死だけは逃れました。言い返せば、今季に不測の事態があれば対応できないということです」
「小麦がなければ肉を食えばいいのではないか?」と武官。
「…………」
立位していた文官が少し間を置いてから、はいと答えて着座した。扉に一番近い席に座っている若い事務官が羊皮紙に何かを書き付けた。短文で、勢いがある。かと思えば、塗り潰したので悪罵であったのかも知れない。




