2-1『再演規定』
自分が何をして、何を成してはならないのかまるでわからない。時が戻っていることに気づいたあと、熟考した上で心の命じるままに従うことに決めた。だが、失敗した俺の事だ。ルカが死んだことをいつまでも忘れず、喪失の感じだけを掴んで、噛みしめていただけだ。
いつしか元の生涯よりも、日々を繰り返すことの方が長くなっていた。ルカを生かす為に自分の死を望み、ある時はルカが接触してくる前に命を捨てた。彼女を救えなかったことは常に尾を引き、彼女を抱いて、ただ名前を呟くだけしかできなかった瞬間が消え難く残っていた。
何をすべきだったか、そんなことはわからない。ルカに行くなと告げても、彼女は行ってしまう。そしてまた泥の中に倒れている姿をみる。何度も何度も、愚かにも繰り返す死の中に自分を好きなだけ塗りこめていくように埋没し、すがった。死ぬだけだと諭しても、彼女を牢の中に閉じ込めても、なんの意味もなかった。俺が無益を繰り返す数だけ彼女は死に、策を失った俺が死を選んでも、どちらにせよ時は戻された。
ある時から数を数えなくなった。己の愚昧さに我慢できなくなって、奇抜な行動を取っても、ほとんど同じような結果を辿り、彼女は死んだ。
死と目覚めを繰り返す俺は、みるみる下流に押し流されていく。時の濁流の中で、溺れ、記憶が摩耗する。俺は目を剥きだして足掻いた。これから起こる事柄を既に体験している、という最大の利点を活かそうと、休む暇もなく抗い続けた。
そのどれも成功しなかったということを、次の目覚めで知る。俺の生涯は丸くつながった形をしていて、その流れの中に閉じ込められているのだ。溺れ喘いで、諦観が生命の中に自足してしまうと、もう破綻した生活を送るほかなかった。ただその空しさから、また目覚める。また目覚めるのだ。
「——……………」
誰かが数字を読み上げている。蚕一頭あたりの糸の収量、今季の繭の質、乾燥工程での損耗率。淡々と読み上げている。そばに複数の息遣いがあり、相槌や、発言の機会を窺う、つくられた沈黙があった。
俺は目を閉じたまま、流れの中に身を委ねていた。覚醒していたが、確かめることを怖れていた。
時々ただ夢から覚めたのか、繰り返しの起点に還ったのか、疑わしくなる。
突然、おびただしい数の吉祥鳥が川面を飛び立つのをみるかのように、人の世と隔絶した狭間に落ちた身が、誰もいなくなった川べりで目覚める。じっと立ち尽くして、飛びすさったあとの静寂に必死に目を走らせる。今回はどこからだ――ようやく人の姿を見つけ、飯を頬張る男の胸倉を掴む。慌てるあまり飯を噴き出した男は俺の角をみて顔色を変えた。問いただせば砂地の上に腰かけていた男は糸売りで、子を連れて城を目指していると答えた。
赤い石が散乱した河原に石を積み上げて遊ぶ子供がいた。明るくはきはきと物を喋る子供と、あとからあとから振り返ってことさら身を守ろうとする弱気な子供だ。一方が蝶を追いかけ、一方が足を引っかけて転んだ。胸倉から手を放し、俺は倒れた子供を睨んだ。幼い声が離れていった子を呼ぶ。置いていかないで――
耳の上から伸びたらせん状の角は、俺に何かの啓示を与えているのではないかと、思った。あれは幼い俺だった。
今度こそ眠りの底から引き上げられて、覚醒する。河原にいた親子の姿は白い霧の中に散ってみえなくなった。もう思い出すこともないだろう。
魔王城の一室、三方囲みに配置された長机に各部門の責任者が並び、蝋の半分減った燭台を挟んで談論がおこなわれている。
誰も俺の眠りを妨げなかったのは、見て見ぬふりをしているのではなく、本当に気にしていなかったからだ。魔王の役目はあくまで最後の締めくくりというだけで、普段から沈黙を決め込んでいれば執り成しを求められることもない。
肘掛に置いていた指を動かすと、発言していた男をはじめ、複数が一瞬だけこちらをみた。合図でも指示でもないと手首を振ると、また何事もなかったように話が続けられる。
机の上には羊皮紙が何枚も広げられている。小麦の収量表、綿花の品質記録、革製品の出来高。城の外で育てているものと、城の内側で育てているもの、それぞれの今季の成果が細かく記されている。
「蚕の糸については先季より質が上がっています。ただ量が問題で、今の頭数では城内全員分の衣料を賄うには足りません。優先順位をどうするかというところで、前回まで意見が割れています」




