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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第四章

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4-13『毒』

シェリングの体に入っていく茨を掴み、むしり取る。地中に引き込もうとする枝を短剣で削ぎ取る。が、腕がどんどん重くなり、真下をみれば兵士の体からも茨が生えていた。血を孕んだ枝は二人の男をいっしょくたに縛り上げた。鎧に圧され、茨に引き絞られていくシェリングの体からは骨のきしむ音がし始める。

茨だけではなく自分が彼を殺してしまうのだと直感が来て、兵士は泣き叫びそうになった。助けてくれと、神に言いたかった。


白い風が吹く。土塊に剣が突き刺さった。シェリングと兵士のそばに立った白布の人を中心に轟音が立ち、茨は地面に葉脈をこまかく描いて、森の方にひたすらに逃げていった。そしてやさしくて悲しい声が降ってきた。震えて、揺れているように感じられた。


「聞け……子供たちも、一緒だった兵士も無事送り届けた。次は貴方たちの番だ」


外套が一瞬日の光に照ってシェリングの目は白んだ。兵士は身を起こすと、自分たちの体に付着している茨がすでに切断されて死んでいるのを見た。


「っ、うしろ!」


数多の茨が固着し、一本の大きな根となって伸びてくる。兵士の目には黒々とした悪意が白布を貫こうと一挙に押し寄せるさまがみえていた。白布の人は兵士の頭を地面に押し込むと、剣の柄に足をかけて空中に跳んだ。

武官長の目には、空を翻った白布が円を描く姿がうつっていた。咄嗟にあの者のやろうとしていることが理解できて、武官長は叫んだ。


「放て!」————標的を失った茨は鉄騎隊の放った大火のなかに自ら突進していった。枝にうつった炎はたちまちすべてを焼き尽くし、ごく小さな煤となるまで不満げに抗っていた。


あまりの美しさに惚れ惚れとするとはまさにこの瞬間のことである。燃え盛る森を背に、再び剣の上に着地した立ち姿は目に光を満たした。武官長は腹の底から笑った。馬が前脚をあげて、周囲はそのいななきでようやく動き出した。


白布はシェリングの首に手を差し入れ、上肢を支え起こした。彼は激しく咳き込み、涙を流しながら、苦しそうに息をしている。茨による負傷だけではない、彼の口腔から漂うつんとする黄色っぽい臭いに、そばにいた兵士は息を呑んだ。肩を掴んで必死に激励する。これが焔咳病(えんがいびょう)の症状だと、死の病であることを知っていたのだ。

白布の人は外套の中から小箱を取り出すと、液体の入った薬瓶を引き抜いた。薬瓶を口元に近づけ、薄く開き、赤い舌がのぞく口にそっと硝子瓶を傾けていった。兵士のそばにも治癒師が駆けつけ、鉄騎隊の馬が何頭も鼻をよせて、男たちが看病におりてきた。


「薬を、すぐに飲め」

「いい! 俺はいい! うん! それより、うん、先に、このひとを診てくれ!」

「おい、暴れるな! 興奮しているだけで、お前だってひどい怪我をしているんだぞ!」

「やだ! 俺はいいんだ! 俺は!」

「これを打つ、落ち着いてもらわねばどうにもならん」と、別の治癒師が兵士の腕を掴んだ。帯が巻かれて、針が準備される。が、針が折れる。「おい、いきむな! ばかが!」


暴れる二人を手で押しのけ、治癒師はシェリングの口に鼻を近づけた。


「……この匂い……あんたその薬は」


薬瓶がからになると、シェリングの体に残されていた傷は内側からわきおこった不寛容な痛みによって塞がれ、傷のあった場所にはやや引きつった薄い肌があるのみとなった。咳は鎮まり、ぶり返していた高熱も消えて、こわばっていた顔もほぐれていく。それは奇跡にみえた。白布の下でひっそりと息が吐かれる。熱い、吐息が。


「……こんな薬が…」と、兵士が感嘆する。「すごい! すごいな! あんたは神様だ!」


白布はゆっくりともたげていた頭を空に向けた。白布が翻り、顔があらわになって兵士たちはようやくその瞬間を迎えた。


「これは、貴方たちのためにある……貴方たちのための薬だ」


角のない人間は笑いながら泣いていた。彼女の手元に置かれた小箱は空になっていた。



-



尖塔の上でヴェルは瞑目している。

運命は複数の枝葉にわかれ、ときに様々な道筋を選ぶ。


そしていま、彼女は枝葉の一つを選び取った。他の道は死に、道の先にまた別の死が用意されている道を。醜悪な場面を塗り替えたとして、実のところ彼女も、ヴェル自身も死に囚われたままなのだ。この瞬間、彼女の世界にまた一つひびが入った。


(……俺は、これまでの訓戒をひとつも疎かにすることはない……たとえお前の心が衰え、顔色も悪く、悲しみに暮れようとも)


鞘の突端で石畳を突く。剣を支える手がかすかに揺れて、これまで守り通してきたものを伝える。剣と男が相対している姿は種族を慰め、奮い立たせるものである。

だが、今この身は雷にうたれて黒焦げになっているだけなのではないかとも思う。二重瞼が深い月影をまとう。しゃにむに背負う記憶を通して散った怒りが、石畳に跳ね返されて悲しみとなって戻ってきた。間の悪い、好いた女を救えもしない男が投げつけた音が返ってきたのなら、いま生きる場所は知らない道筋だったのかも知れない。だが、音は返ってこない。


息を吐く。ヴェルは従者を引き連れ露台を去った。ルカが投獄されたのはその日のことだった。


-




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