4-11『毒』
シェリングの不安が子供たちを抱く手に力強く表れた。腹の方を掴む幼い手がそれに応えて、もぞと動いた。
――起きてはだめだ。何も、何もみせたくない
茨はシェリングの体を空中に投げ飛ばした。血塗れの片目を開けると、一瞬空が開けて青みの中に包まれる。あまりのうららかさに緊張が失われ、睫毛の先から弾け飛んだ血さえ鮮やかに見えた。そして空にまき散らされていく体を、堅固に掴むものがあった。
梢の上から飛び降りてきた白い人影がシェリングの体を抱いて着地する。シェリングは重傷の自身を気にも留めず、目の前の白い姿に「この子たちを逃がしてくれ」と頼んだ。重要なのは二人のことだけだった。足の感覚を失っている自分よりよほど大切で太陽のようにかけがえのないものだった。
外套に目元を隠した人は黙したままシェリングの手に手を重ねた。同意なのかはわからない、唇がほんの少し歪んで悲し気な面影をみせた気がした。
「貴方も生きなくては。そうでしょう」
背すじがぽっと温かくなるような声だった。木々の向こうで角笛が響いた。救援隊が進路を知らせて、窮民たちを導いている。白布の人が指笛を鳴らすと茨は何故か一方向だけ散っていき、救援隊の一部が音を頼りに駆け込んできた。
兵士がシェリングのそばに膝をつき、もう一人が周囲を警戒する。白布の人は立ち上がって、かたわらの木々に新生しつつある茨を注視する。その佇まいからは何の恐れも焦りも感じられない。明らかに魔族を引き裂く所存で生まれてくる茨からすっと目を離すと、その細い顎をシェリングの体から荷物を引きはがし、背負いこむ兵士に向けた。
「足首が潰れている。彼を抱えていってもらいたい。できるか?」
「むろん!」と、まず子供を受け取った兵士の横で、警戒を続けるもう一人が「あんたの方は」と言いかけるが、言葉を待たずに茨がやってきた。
兵士が前に出て、さらにその前に白布が割って入った。外套から伸びる細い腕、その先に白銀の剣が握られている。大仰な形をした剣だった。まるで達人に与えられたものかのように。
剣閃が真横に走る。茨が、木々が、空気が、総ての命を呑み込もうとする無機質な意識が一閃により断絶する。木々は胴で真っ二つとなり、切り株を残して成人した木が連鎖的に倒壊していった。白布の人物を中心にひとつの空間が蒼然と遠くの立ち木を透かせてみせていた。
何者かと問いかけたくなる気は本当に唖然としている時にはわきおこらないものだ。白布が振り返ると同時に背後でまた角笛が鳴った。先程より遠ざかっている。
「まだ追いつける、行こう」
木々の隙間から飽きもせず次の茨が伸びてきて、またありありと森を構成し始めた。倒しても倒しても終わりがない。もはや一瞬たりとも休んでいられなかった。兵士に担いでもらい、シェリングと子供たちは迅速にその場を離れた。最後尾を走る白布は今しがた自分たちの居た場所が茨に覆われていくのを肩越しにみていた。
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魔王陛下は蹂躙を命じた。窮民と救援隊だけが逃れきれればそれでよいというあしらいではないのだと、鉄騎隊を率いる武官長は嬉々として己の大剣をふるった。
茨に面を叩きつけ、踏み潰し、時には剛腕をもって引きちぎり、いかにも根絶やしにするという気魄を全身にみなぎらせていた。
隊は三方にわかれ、木々を燃やしながら隊の輪の中に窮民らを出迎えていった。数知れず舞い上がった鳥たちのように、子供、老人、荷を背負った男女など一心不乱に駆け込んできて、鉄騎隊の姿をみた嬉しさのあまり両腕を突き出し抱き着いてくる者もあった。みな溺れるように、わななく口で助けてと繰り返していた。
多くを保護したが、幾らかは途中で分断され、別路をよぎなくされたようだった。しきりに角笛を吹くと、森のあちこちから負傷した姿で飛び出してくる。
救援隊も荒々しく乱れ、民を守りながら茨を葬らねばならず、一人を救うのに一人を失うような有り様だった。
普段は獣を餌にして、時を稼いでから通行するが、今日に限って獣の気配は鎮まり、巣穴に火薬を投げ入れても飛び出してくるものはいないのだった。森という森から獣がいなくなることは不審で、少々気にかかるところであるが、そういった些事は武官長の脳裏をすりぬけていく。細かいことはいつものように文官に任せればよいのだ。目端に森を抜けてきた兵士と窮民をみつけ、武官長はぐっと両足を開き、大剣を支えるに全身に力を込めた。
老躯が咆哮をあげる。振り下ろされた剣から衝撃波が生まれ、土塊が弾け飛ぶ。




