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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第四章

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4-9『毒』

城内を駆けていく人影に衛兵のひとりが何事かと目を細めた。

技術区と庭園区をつなぐ長廊下は五階の丈高い家屋の屋上にあり、鋸状の城壁や尖塔に阻まれて昼間でも薄暗い城内のなかでもそこだけはいつも日の光が当たってきらきらとしていた。

朝の霧がようやく晴れて、うってかわって優しく穏やかな青空が広がっている。その優しい光が長廊下になびく白い衣を照り輝かせていた。


通路の左右にねじれ角をもつ牡羊の彫像が立ち、庭園区に縦横無尽に走らされた水路を見下ろしている。

全身黒く毛の長い羊は魔族の守護者だ。その横長の瞳孔で祝福を与えるとして深く崇敬されていたので、評議会にでるような高官でさえ像の前で足を止めて軽く一礼する。領主である魔王と同様に、かの牡羊は魔族の「顔」であるといっても過言ではない。だからこそ人影がその間を平然と通り過ぎたことは不審の念を抱かせるに、これ以上ない動機となった。


だが衛兵は叫ばなかった。影からは、すぐそれと知られる怪しさの他に何かに抗おうという大きな動揺が感じられたからだ。走ることに忙しくしていなければ、払っても払っても追いかけてくる闇が白い裾を捕まえて不自由にされてしまうというふうに。


魔族らは折に触れてその長廊下に集い、婚姻や成人、葬式などの儀式を挙行していた。旗がはためき、派手な衣装を着た住民の行列が庭園まで伸びて、美しいと思う限りの美しさで生と死の門出を飾る。

そのため長廊下に現れた白布は花嫁衣裳をなびかせているようにもみえた。


衛兵は血潮が騒いで、しらぬうちに笑みを誘われていた。顔は白布に隠されているが、肌をしとねに乱れる髪がみえた。


「女だ、しかもとびきり()い」


もっと乱れよと、風にじれったさをぶつける。


衛兵は隣に立つ親友の思考に割りいろうと肩を小突いた。区間を隔てる門を守っていた友は、身心ひとつ緩ませまいとはっきりと無視を返した。拒絶は肘を伝ったが、自惚れを知る男は「おい、エミール」と怯みもせず言うのであった。


「さっきから何を怒っているんだ? 思い当たる節はないぞ」

「……怒っていない」

「それがそうだというんだ」


そう言うと悪に成り切れぬエミールは気おされて渋い顔をした。

長廊下に目を戻せば白布は忽然と姿を消し、庭園区や他の区へ通じる階段に目を凝らしても現れることはなかった。心の中には宝石のように煌めく白だけが残されて、ぬるい溜息が吐かれた。


「ああして一心に疾駆してくれる人が俺の手詰まりを打開してくれただろうに……あれはきっと俺にもたらされるものだったんだ。だけど消えてしまった」


こうしたことは普通の会話である。エミールは同僚からますます心が離れていることを自覚し、暗くなるばかりだった。

親友と思ってくれている男には悪いが、交友を広げ、誰の前でも「君だけが親友だ」などという男とは距離を置きたかった。同僚でなければきっともう友でもなかったはずだが、衛兵は常に二人一組で行動しなければならず、区境の門を守護しながらずっと喋っている男に耐えていた。


今もまた声色に玩具をみせびらかしたい子供のそれが含まれていたから、碌な話ではないだろうと思っていた。この男は衛兵の中でもとりわけ顔がよく、口が上手い。しばらく見ぬ間に誰々が髪を整えたとか、口紅を変えたとか手切れにしたされたという男女の細かな変化に目が利いた。今もまた目尻に笑いを含んで、上役の家にくわわった新しい家族の話をしている。わざと冷淡に扱っていることにも当然気づいているはずだ。だから他人の残酷さを呑み込むことができる男というのは、まるで抜きにくい指輪で、危険ということなのだ。


「お前も何かひとつくらい言ってくれ。たまにはお前の声が聴きたい」


城内は張り詰め、どこからも絶えず緊張が伝わってくる。視線の先、四つの城塔に囲まれた正門はあらゆるものを頑なに退けている。あの門が開く時、隣の男の存在よりも大切なものが戻ってくる。だがエミールの心には喜びよりも不安の方が大きい。

問いかけに黙っていると、興を醒ましたらしい男は次にこう言った。


「魔王様はご結婚なさらないのだろうか。とにかくお逢いになりたいと何人の女が門をくぐったか。あの方もひどいと思わないか?」

「……あの方を誹謗するな」と、うなるように言った。さすがに聞き捨てならない言葉であった。

「は。お前の頭の固さにも驚かされる。根拠はある、この耳で聴いたんだ。応接間に通された女が、あの方の足にしがみついて、娶っていただかなければ死ぬと脅かしていた。俺はな、可哀想だと思っているんだよ。女たちは傷つけられて帰るのだから」


槍を握る手に力が入る。個人の性愛に関する話など一切の興味がない。まして、こんな開けた場所で堂々とされるものでもない。素早く男の顔を睨むと、にやりと口角を吊り上げて「本心ではないさ」と笑った。

苛立ちを感じ、口端がひくつく。対面する男はからりと笑って口を開いたが、半鐘が鳴り響いたことで話自体が途切れた。


二人の背後の塔、屋上に置かれた小型の釣り鐘がかき鳴らされる。胸壁から身を乗り出した上役が真下を向いて、エミールら地上にいる衛士に叫んだ。


「来たぞ! ようやく帰ってきた!」






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