表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/30

4-3『毒』

いっそ自分が患えばよかったのだと病身の弟妹を想っていたルカは、解熱とともに記憶の門扉を閉ざし、城内を裸足で駆けたことや細い体を折り曲げて打ちひしがれていたことを覚えていなかった。


衣食住に苦難していた頃からすれば豪華すぎると感じられる部屋の中で目覚めると、体は驚くほど爽快だった。長旅で蓄積していた疲労が肉体からすっかり離れ、心の中であれほど引きずり、まとわりついていたものも消えていた。


室内を意味もなく歩き回って、足裏で感じる絨毯の柔さに瞬くなどした。ルカが知っているのは泥を含んで平たくなったものだけで、黒白二色が織りなす高密度の踏み心地は新雪に足先をそっと落としてみるときの楽しさがあった。人生でもっとも清純なものがあるとすればこれなのではないかと思うも、段々と素足でいることに罪を覚え始めた。


ゆっくりと身を引くと、腰が椅子の背に触れる。机には銀盆に乗ったままの水差しがあり、杯を引っ繰り返して半分ほど入れると唇に持って行った。頭の中で師が大きなため息をついて「毒が入っていたらどうする」とこめかみを指でつついている。頭を働かせろということだ。ついでにいつものように、お前なんて無価値でそこらへんにぺらっと捨てられちまうんだぞという具合に続く。

ルカは妄想には反論しない代わりに重厚な家具を見渡し、いつか土産話に聞かせてやろうと自分と隔絶した輝きを記憶する。


「毒が入っているとは思わないのか」

と、その声は平坦に言った。今度は妄想ではない。


振り返れば、少し開いた扉の向こうに男が立っていた。正確に言えば魔王の黒い鎧がかすかにのぞいていただけで、当人は姿をみせないように気を遣っているようだった。その真っ当なやさしさはルカをおどろかせた。


というのも、ルカは訪問者が魔王その人であることを振り返るより前に気づいていて、あの男がどのような顔で来るのかいくつかの傾向を思い描いていたのだ。

ルカが覚えているのは魔王に「時間切れ」と言われ、体を吊り上げられたところまでだ。片手で掴まれているだけなのに拘束から抜け出すことができず、ここで潰えることになるのかと意識は沈んだ。と思えば目覚めたのは牢獄でもなく、隣に個人用の浴室までついた豪華な部屋だ。


剣も鎧も取り上げられずに、それどころか汚れは拭い取られて細工された様子もない。覚えのない衣服に着替えさせられ、くたびれた衣は新品同様で袖を通されるのを待っている。そんな奇妙な現状からして、全部夢だったと思えと、甘い幻想を用意されていると疑っても不思議ではない。目の前にあるのはルカの知るかぎり幸福だけなのだ。


入室を許可するのを待っているのだろうか。魔王は廊下にとどまったまま動く気配はなかった。


「……どうして生かしておく」と不愛想に問えば

「体調は戻ったようだな」と落ち着いた声が返る。


そう言われてしまうと、あなたのおかげでと返すか、迷惑をかけたことを謝罪すべきか迷ってしまう。


「何だ」と扉の向こうで何かを察した男が問いかけてくる。一瞬緩んだ顔を立てなおし、口に威厳をはめる。


「迷惑をかけた。どうしてこんな待遇を受けているかはわからないが、何か成算あってのことだろう。どうなろうと、受けた恩は忘れない」

「律儀なことだ」

「何かさせたいことがあるのだろう」

「もちろんそうだ。そうでなくては人間の女を、ましてや勇者を寛がせたりはしないだろう。重要なことを尋ねるが、腹は減っているか」

「……それは、……なにを…」

「俺は腹を空かせている者をみると、もういいというまで食べさせてやりたくなる悪癖をもっている。お前もそうだ。だが病人の口に無理やりつめこむことは気が引けたのでな、今訊いているところだ」

「…………」

「わかった。あとで持ってこさせよう」


想像しただけで空腹を感じたのは本当だ。

ルカは所在なく歯噛みし、舌で歯の裏側を撫でた。


(……私は…まやかされている…?)


だんだんと怒りがわいてくるが、混乱からくる炎が薪を求めているだけだと知っている。ルカはおもむろに扉に近づくと、金色の取っ手に手をかけて、先端からほんの少し指先をだした。それから取っ手の形にそわせる。

絨毯は足音を消していたから、扉一枚隔てた場所にいると教えたくて、しかし薄着のまま顔を合わせるわけにはいかず、出した指先だった。幼い所作だと思いつつ、いまできたのはそんなことだ。下層に馴染んだ身では作法など構わなかったが、関わるすべてが善人の世界に属していると思うなと師にいわれたことがある。納得しがたい言葉だったが、仕事と称して連れていかれた場所では善人をみたことはない。


扉を少し押さえ、出ていかないと無言で伝える。向こうで鎧が鳴った。人の放つ熱がほんのりと遠ざかる。魔王は身を引いていた。


「まずは腹に何か入れろ。湯も沸かしておこう。部屋にあるものは好きに使っていい」

「話は終わっていない。聞きたいことがある」

「わかっている」

「……何故わかる? 私に弟と妹がいることをなぜ知っている」

「お前は答えに逢っている。あとで顔を見せにくるだろう。まずは力をつけろ」


はぐらかされるのが我慢ならず、とっさに扉を開こうとした。それが軽薄な考えであると男が感じていることは、きつく閉じられた扉の音で判ぜられた。拒まれている。一切動かなくなってしまった扉に額をつけ、ルカは足元をじっと見つめていた。へばりついて、また弟と妹の名を囁いたから、全身で縋りついているような格好だった。いま自分は、父でもなく、母でもなく、姉でもない。ならば勇者なのかと考え、そうではないと答えた。


-



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ