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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第四章

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4-2『毒』

目が覚めた時、ルカは時間の感覚というものをおよそ失っていた。

高熱を患い、全身が重く、自ら出来の悪さを主張するかのようにどこも言うことを聞かなかった。肘を立てて身を起こすまで、先ほどまで見ていた罪と責任の夢のことは忘れていた。部屋の中はあの日嗅いだにおいと似たものが充満し、さらに分厚い掛け布が窓を覆い、光は一切なかった。自分がどこにいるかは瞬時に判断できず、いかにも狂った夢をみているようだ――、そう心に過ぎらせた瞬間に夢は戻ってきた。


せりあがってきた吐き気を死ぬ気で飲み込んで、掛け布を押し下げて寝台を抜け出した。駆けだそうにも膝が震え、絨毯の上に両手をつく。体内にこもった熱が行き場を失くし、空気をじっとりと湿らせていくがルカの目はもはや涙さえ沸騰し、衰えていた。周囲をおそるおそる眺めれば、家具が輪郭を集めはじめ、広すぎる部屋に身を置いていることが理解できた。


黒い木材で作られた寝台と長机、椅子が八脚並び、黒い大皿の上に果実以外に色はなく、厳かな雰囲気が縁飾りのように全体を引き締めていた。城に入った際にみた他の建物も、石壁は剥き出しで、調度品はどれも頑丈な黒い木か鍛えた鉄でできていた。美しさよりも永く保つことを選んだような、そういう城だ。だからここは自分の居場所ではないのだと、空間のなかにぽつりとある自分自身の異質さがルカの衰弱した精神を貫いていった。


ルカは自身を見下ろしたあと、両手で顔を覆った。


手のひらでつくった闇の中でノクスのこと、アルバのことを考える。

熱は下がったか。咳は続いているか。


(二人の為に生きている。二人の為にここまで……)


だから、倒れている場合などではない。


部屋を出なければ。踏み出した足の裏に、石の冷たさが伝わる。壁際に立てかけられた剣と鎧が見えたが、ルカは目もくれずに廊下に飛び出した。

燭台の火が廊下に等間隔に並び、石壁にあたたかな光を落としていた。その光の中を、獣のような荒い呼吸をした女が駆けていく。どこまでも続く廊下は永遠に続くかと思われた。


何をしているのか、ルカ自身定かではなかった。耐えきれず壁に手をついて、体を支えながら、それでも進むことをやめなかった。とにかく尽きるまで走らなければならなかった。この石の城の内側で膨れ上がる自分を外へ出さねば、吐息と汗の中にうずもれていく気がした。


廊下の先、行く手を塞ぐように赤い柱が倒れていた。剣を抜こうとするも腰を探った手は空を切る。だがルカは手前で足を止めてもう一度目を凝らしてみた。柱に見えたのは空っぽの露台から差しこむ光だったのだ。石壁はそこだけ途切れ、大きく口を開いている。目を細めながら露台に出ると、風が全身に当たって一瞬だけ意識がはっきりとした。


眼下には堅牢な建物が折り重なり、黒い屋根が夜の中へ沈んでいこうとしていた。向こうの山脈の連なりに日が落ちていく。空は真っ赤で、その赤が城全体を染めていた。石壁も、屋根も、塔も、ルカも、全部が血のような赤に塗られていた。


悪夢だ。

赤い世界の中にノクスとアルバの顔が浮かんだ。


「……ごめんねぇ…」


それは弟妹に向けた言葉だった。


「……お母さんなのに……」


嗚咽をいましめる唇から血が流れる。ルカの精神はひとつの頂にのぼりつめ、そして落ちた。膝が折れ、がくんと体が傾ぐ。倒れながらルカは内心笑っていた。謝罪をつぶやくなど暗鬱というにも愚かなことだ、そう思った。ここで謝っても何にもならないのだ。けれどそうすることしかできないことが無性に悔しかった。


身も心も追い込まれていたルカは、しかし石畳の上に頽れることはなかった。後ろから来た腕が支えとなって、体の軸は無効になるどころか、泰然とした心地いい支えを得る。


耳元で抑えた声が水面を叩く雨のように何か言った。疲れた耳朶は揺るがされるだけで仕事を放棄している。かすかに開いた目は銀色の髪をひと房みたが、ルカの意識はたちまち白くなって、おしまいに首を大きく落とした。

男の指が顎から首筋に流れた血を拭いとる。血潮から熱い体をめぐった苦悩がうかがわれて、銀色の髪はいつまでもルカを囲っていた。


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