4-1『毒』
勇者の称号を受け取った日、ルカが最初にしたことは弟妹を探すことだった。そもそも闘技場に放り込まれて最後の一人になるまで戦ったのも、家で待つ二人に逢いたいがゆえだった。
死んだと聞かされても信じなかったのは、二人の生存を信じていたからだが、そう言った時の看守の顔が聴き手の反応を窺っていたことからも明らかだった。わざと悲惨な顛末を開陳することで、さらに深みへ突き落そうという卑劣な行為が日常的に行われているようだった。
向かいの牢にいた男は始終陽気な歌をうたっていたが、看守と話したあと陰影を帯びて、果てには床に頭を叩きつけて死んでしまった。言葉は押収されないと押しつけがましく笑う声が響き渡る。自分がどれだけ見事にやってのけたかを見て欲しいという、みじめな誇示をあらわしていた。
自分の運命がどれだけ悲惨でもよかったが、愛しいアルバとノクスだけには満遍なく幸福であってほしいとルカはいつも願っていた。二人がいればそれでよく、自分のことはどうでもよかった。
下層区画を駆けて、裏通りを抜け、家と呼ぶには貧弱な小屋の扉を開ける。部屋の中は灯りはなく、寝台が膨らんでいる。ルカが名前を呼ぶと、アルバが目を開けた。額にはりつく髪を除けると、指の背に灼熱と集められるほどの汗を感じた。
妹の目だけが動いて、おかえりと久遠聴いても愛おしい声が布の下から聴こえてきた。隣ではノクスが咳き込み、重い眠りを覚ました。弟も発熱していた。
吐瀉物の臭いは部屋をおかしていた。
「流行り病だ。治療しなければ死ぬだろう」
そう言ったのは戸口の外に立っていた壮年の男だ。王城から真っすぐに帰宅したルカは幾人かの兵士が付いてきていることに気づいていたが、距離を取り沈黙をしていたので感覚の外に置いていた。物言わぬ兵士たちを従え、銀の鎧に身を包んだ壮年の男は部屋の中に入ってくることはなく、また戸口の縁を靴先で踏むこともなかった。生と死の案内人であるかのように無神経に「死ぬ」ともう一度言葉を変えて言った。
「王国の外から入ってきた病で、今年に入ってから下層区画で患う者が増えている。死に至る病だ」
アルバとノクスの額に手を当てた。二人は「つめたい」とまどろみにあるような拙い口調で囁く。部屋の中を見渡しても食料も水もみあたらない。散らばった容器は空で、何かの残りが固着していた。ルカは鎧を脱ぎ、剣を捨て、空の革袋だけを持って少し離れた場所に在る沼まで走った。すれ違った男は少し身を壁際に寄せて、ルカの行動を冷淡に眺める。
水を飲ませ、空気を入れ替えれば、二人の顔色は幾分か和らいだ。だが熱も咳もおさまる気配はない。姉が帰ってきた安堵が一斉に囁きかけて二人は瞼を閉じた。耳をそばだてるルカはかすかな寝息を胸に刻みつけることしかできない。
「騎士の方、治療はどこで受けられますか」
弟妹の肩に擦りつけていた頭をあげて、ルカは訊ねた。
男は立ち去らずにまだそこにいた。銀の鎧の上に落ちる紫色の外套は、胸元に美しい宝石の一粒を結んでいる。彼はいかにも、こんな不幸はどこにでも転がっていると言いたげに弟妹からルカに視線をうつした。
「薬がある。ただし現状入手が困難で、優先使用が許されているのは治癒師などの各分野の第一人者だけだ。下層の住人に薬が使用された記録はない」
アルバがまた咳き込んだ。小さな体は咳のたびに折れそうになっていた。向きを変えて、それでも苦しく、とうとう寝台の上で膝を折り、拝むような姿勢になった。体中の節が痛いと訴えて、言葉にならない濁音を吐き続けている。
「二人のことは国が責任をもって預かろう」
その代わり、と男は続けた。
「お前には勇者としての責務を果たしてもらう。魔王を倒し、魔族の領地を手にできれば薬の材料などいくらでも手に入る」
ルカはノクスの汗ばんだ体を擦り、痒いと訴える場所を丁寧に何度も何度も掻いてやった。
ノクスが細い声でルカを呼んだ。「おねえちゃん」——弟の体を抱きしめながら、ルカはふいに家に帰りたくて仕方がなくなった。ここではなく、母親と暮らしていたあの部屋が浮かんだ。しかしこの期に及んでそうした回顧は逃避でしかないことも充分に理解していた。病気の弟妹を自分では助けられないことが悔しく、二人が窮地に陥っている間、牢屋に放り込まれていた事実は、自身を無能極まりない女と軽蔑させるもととなった。
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