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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第三章

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3-8『循環』

甲高い音が屋上に響き渡る。剣が空高く弧を描き、石畳の上を滑っていった。

魔王は剣の行方を一瞥もせず、息を切らすルカを見下ろしている。必死の形相のルカに諭すように囁いた。


「……何を取り乱すことがある」

「殺さないと、言った……やめてくれ」


魔王は一瞬顔を歪めた。その表情の意味を測ることはできない。


「……もうすぐ衛兵がやってくる。取り返しがつかなくなるぞ」

「まだ言うのか」

「そう思し召しなのだろう、お前たちの王は」

「ここにいるのは私だ」

「…………お前の……」


階段を駆け上ってくる足音が豪雨のごとく空気を叩いた。屋上になだれ込んできた集団は槍を構えて、二人を遠巻きにしながら左右に広がる。先頭に居るのは片眼鏡の男で、義務的な指示を発したあとルカを睨みつける。


「俺はいつ死んでもいい」


その囁きはルカだけに届いた。


「番兵、前へ!」


全身鎧で固めた猛者たちが距離を詰め、槍の穂先が四方から迫った。ルカは地べたに転がり、突破の糸口を探る。だがどこへ動いても切っ先が追いかけてくる。

短靴で裾を弾き上げて片眼鏡の男が前に出てくる。優男の引き絞る矢はルカの眉間を狙っている。男の鋭い視線が頭のてっぺんから足の先までを均等に貫く。頬が盛り上がり、雨粒さえ彼の顔を避けている。汚物をみるような目は触れるものすべてを焼き尽くそうとしていた。


親指の付け根に衝撃が走り、ルカは剣を取り落とした。男は(あんず)の木のように流麗な動作で次の矢をつがえる。


本能から一瞬抵抗しかけたルカは、伏せた身を起こすと両手をあげた。魔王城に侵入した罪を償おうと思ったのだ。

しかし片眼鏡の男の顔が驚愕に塗れたのを見て、ルカは背後に何かあるのかと振り返ろうとした。男は自分の世界が崩れたのかというほど、悲しみに暮れた顔をしたのだ。束の間、後ろ首を掴まれてルカの体は宙に浮いた。指が柔肌に食い込み、空気の通り道を強制的にすぼめる。喉から短い呻き声を吐きだして、ルカは必死に抵抗した。視界を塞ぐように銀糸の髪がおちてくる。


「時間切れだ」


頭上から低い声が降った。背中で鎧を撫でている。男はすぐ後ろに立っている。構わず跳んで相手の腿や腹を叩くも、その度に首が締まるだけだった。絡まる腕を不器用に引っかくが、手の甲も腕も鎧に阻まれてどうすることもできない。


「お前を牢には入れたくない。死罪になるのは本望ではないだろう」

「何、を…くッ、っ」

「暴れるな……何も企んでは、……いや」


片眼鏡の男がさらに前に出てくる。奥の目が、鋭く魔王に問いかけている。


「アルバとノクスのためだ」

「なっ!」


何故弟妹の名を知っている。問いが頭の中で渦巻いたが、声になる前にルカの体はくたりと弛緩した。魔王はかすかな呼吸を確認したあと、腰を掴み、細い体を腕の中におさめた。


「陛下……こちらに渡してください。始末は私が行います」


補佐官の声は平坦だった。雨脚の方が強い。


「俺の客人だ」


どよめきが広がり、衛兵たちが顔を見合わせた。


「長旅で疲れている。城内に一室を与え、ゆっくりと養生してもらう」

「……何かの間違いでしょうか」


補佐官の視線がルカへ移った。


「その者は貴方の命を狙っていた」

「そうだが、そうでなくなったのだ」

「一度でも剣を向けたなら、裁かなくてはなりません。国民も勇者の破滅を喜ぶでしょう」

「城に滞在させ、不自由ない暮らしをさせる。この女が何をしようと構うな」

「勇者を野放しにするというのですか」

「俺が許可をしている。他に何が要る」


魔王の表情は普段と変わらないものだったが、視線だけは女にいつまでも絡みついていた。

補佐官にはその常変わらぬ顔さえ忌まわしく思えた。


二人の沈黙に周囲は圧倒される。衛兵の一人が槍を引くと動きは伝播して、すべての槍は天を向いた。補佐官は口を閉ざしたまま身を引いた。遅れて気づいた衛兵も魔王の前から退き、道を作った。


――俺が許可をしている


そう言われてしまえば許さぬ都合などなかった。

衛兵たちは互いに顔を見合わせてしばらく一言も発しなかったが、補佐官が解散を言い渡すと逃げるように屋上をあとにした。一人残った補佐官は額を掻いたあと、四つ指で額を押さえたまま動かなかった。


「いつもそうだ……」


それきり言う言葉はなく、矢籠から一矢抜き取ると、気の抜けた夜闇に狙いを定めた。炊事の煙がまっすぐに立ち、その数本の筋の間を矢が飛翔していくさまも描いた。だが描かれただけで、何も起こらなかった。



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